EP12-3 カル・ミリア

 血晶城の玉座の間は最上階であるが構造的に高い位置にある訳ではなく、塔の高さの上から四半分辺りにある。そして天井が吹き抜けになっている為、玉座から建物の上端までの距離は途方も無い長さで、真上に顔を向けなければ天蓋が視界に入ることはなかった。円形の広大な広間に柱やはりは一つも無く、それが建材となっている赤い結晶の強度を物語っていた。結晶は鏡面の様な平坦さで、僅かな透明度を持つその素材は外の光を通し、内面で乱反射するその光が照明となって城内に赤く妖しい灯りを漂わせていた。


 広間最奥にある壇上の中央――背もたれが3メートル程もある荘厳な意匠の玉座に、真祖カル・ミリアの姿があった。

 静脈を流れる血液のような暗赤色の髪は、立てば膝下まである長さ。深夜の猫を思わせる大きな瞳は、燃え燻るような緋色。そして横顔に映える高く端正な鼻。ぷっくりとした厚い唇がいかにも婀娜あだっぽい。金や紅の見事な刺繍が施された黒いドレスは、胸元から臍の辺りまでがV時に開けており豊満な胸を強調している。スカートの裾から惜しげも無く晒される白い美脚。その先には真紅の結晶で造られたハイヒール。

 顔立ちこそ20代前半といったところだが、逆にその若々しさを持ち合わせた上で、妖艶という言葉がこれほど似合う容姿は稀有であろう。


 その妖艶な真祖の女王――カル・ミリアは足を組み、肘掛けに重心を預けて頬杖を突きながら、退屈そうに欠伸をした。

 カル・ミリアの横に立つ側付きの若い男性吸血鬼が、彼女のその様子を見て、謁見中の中年の吸血鬼に言った。


「もう良い、下がれ」


 目の前の吸血鬼おとこは、献上品として連れてきた腰布一枚の色白の少年を引き連れて渋々と退出していった。


「――次」と、側付きの青年。


 入ってきたのは気弱そうな痩せた吸血鬼と、頭に黒い布袋を被せられた、見るからに屈強そうな男三人。彼らも腰布一枚と革のサンダル、頭には布袋――袋は目の部分だけ穴が開けられており、前が視えるようになっている。


「あ、あの……わ、我らが血の主上――麗しきカル・ミリア様におかれましては――」


 男達を連れてきた細身の吸血鬼が恐る恐る話し始めたところで、男達はいきなり布袋を自ら取り、サンダルの底に隠していた銀のナイフを取り出した。


「覚悟しろ、カル・ミリアっ!」


 三人の屈強な男達は横で怯えていた吸血鬼を蹴り飛ばすと、獰猛な大型肉食獣よろしく鍛え抜かれた脚力でもって、一斉にカル・ミリアへと飛びかかった――が。


「控えろ下郎」と、頬杖をついたままカル・ミリア。


 彼女が言葉を発すると、男達は上から視えないハンマーで叩き落とされるように地面にぶつかり、巨人に踏みつけられるが如く、うつ伏せになって床にめり込んだ。


「ぐっふ……!」と呻くことだけが、辛うじて彼らに許された行為――指先の骨に至るまでが圧力によってミシミシと音を立てる。


 カル・ミリアは赤い眼冷ややかに男達それを見下しつつ。


「顔を上げよ」と一言。


 すると屈伏させられていた彼らの顔が、強制的にカル・ミリアの方へと向けられる。すると彼女は苦虫を噛み潰したような顔でそれを見て。


(うっわ、ブッサ……)


 そのように気の毒な表現をされるほど、男達の顔は醜悪ではなかったが、彼女の男性に対するハードルは相当に高いようであった。

 カル・ミリアが追い払う様に手を振ると、全身がボロボロになった三人の刺客は、側付きに呼ばれた吸血鬼達の手によって早々に連れ出された。――扉が閉まると、部屋の外で彼らの断末魔が響いた。


「はぁ……」と、溜め息のカル・ミリア。


(――100年ぶりに目覚めた起きたのに、全然変わってないじゃない。何この世界。ロクな男はいないし、吸血鬼こいつらは根暗ばっかだし……)


 カル・ミリアは再び気の抜けた大きな溜め息を吐いて、顎で側付きの言葉を促した。


「次――」


 その言葉でまた扉が開き、今度は背の高い縦枠に顔が隠れるほどの毛むくじゃらの大男。彼は首と両手首に頑丈な鉄輪と鎖を付けられていた。先導する吸血鬼がその鎖を引くと、全身が白い体毛に覆われた大男は枠を潜るように広間に入り、ズシリズシリと巨大な足で付き従う――大人しくはしているが、その小さな瞳は獰猛さを隠しきれてはいない。

 長い長い広間の道を真っ直ぐと歩み出た吸血鬼は、玉座の階段の手前で膝を突く。


「我らが血の主上に御拝謁賜り、真に恐悦至極に御座います。此度はこれなる怪物――巨足の雪男ビッグフットを苦労の末ようやく捕らえました故、是非とも――」


「潰れろ」とカル・ミリア。


 途端にその大男の巨躯が、グジャリと気味の悪い湿った音を立てて、その場でぺしゃんこになった。周囲に飛び散る肉塊と臓物グロテスクの欠片。


「あ……」と言葉を失い立ち尽くす吸血鬼に、側付きの青年が「下がれ」と一言。


「次――」


「もうよい、飽きた。下らぬ」


 カル・ミリアがそう言ったからには、誰も一言も食い下がることなく、そそくさと全員が広間を出ていく。最後に側付きが扉の前で振り返り、「失礼致します」と深々とお辞儀をして去ると、広間には玉座の彼女だけがポツリと取り残された。


(はーあ……くっだらない。馬鹿みたい。何が覚悟よ、何がビッグフットよ。誰か一人ぐらい『爽やかで頼り甲斐のあるイケメン』でも連れてこいってのよ。まあ私が頼れる男なんてこの世界にいるワケないけど……)


 するとそんな彼女の前に、何も存在しなかった空間からじんわりと滲み出すように、白い貫頭衣ローブを纏いフードを被った老人が出現した。


「やあミリア。退屈そうだね?」


「……あらメベド。随分と久しぶりね。500年ぶりかしら? まだ生きてたの」


 言うまでもなく老人はメベド。そして彼はカル・ミリアの辛辣な挨拶に苦笑を返した。


「何を以て『生きている』とするかによるけれど、僕の肉体は20万年前に滅んでいるよ。まあ流石にそろそろアルテントロピーアートマンとしての寿命も尽きてきたけどね」


「ふぅん……にしては元気そうね。早く死ねばいいのに」


「はは、手厳しいね。でもまだ死ぬ訳にはいかないよ。僕は世界のあるべき姿を護らなくちゃあいけない」


 そう宣言するメベドは徐にフードを上げる――するとそこにあったのは盲いた老人ではなく、艷やかな美しい黒髪の少年の姿であった。しかしカル・ミリアはその変化にすら動じる様子がなかった。


「あっそう。まあ私はそんなの、もうどうでもいいけど」


「つれないね……、とは思えない台詞だ」


「いいのよ私は。だってんだもの。何をしたって無駄よ。『界変かいへんのアルテントロピー』なんかに勝てっこないわ」


「…………」


「世界がどうとかもう沢山。私は好きに生きるし、『その時』がくれば消滅だって受け入れるわよ」


「そう達観してるわりには、不満そうな顔だね?」


「当たり前じゃない。神の力チートだって1000年も使ってれば飽きるわよ。楽しめるのなんてせいぜい最初の100年ぐらい。転生無双こんなものでいつまでも遊んでられるのは餓鬼バカだけよ」


 カル・ミリアは手をヒラヒラと振って、心の底から呆れたような不平を洩らした。

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