EP12-4 蠢く陰謀
「――で、何の用なの? つまらない話なら殺すわよ」
脅しでもなく本気でそう考えていそうなミリアに、メベドは「やれやれ」と苦笑い。
「まったく僕ってやつは、何処へ行っても歓迎の言葉一つ頂けないときてる。旧知の君ですらこの有り様だ」
メベドは美しき少年の顔のまま肩を落とした。
「そりゃそうよ。アンタ根暗だし、やることが狡いのよ」
「……酷い言われようだね。まあ何かを期待してた訳じゃないけど。そんなことより暇を持て余している君には、退屈しのぎに協力してもらいたいことがあるんだ。と言っても、既に立場上巻き込まれてはいるんだけどね」
「何よそれ。勝手に面倒なことしないでよ」
「まあそう言わないでさ。――今この世界には五人のプロタゴニストがいる。でもその内の四人は極めて小さい
「どうせアンタが裏でこそこそやらかしたんでしょ?」
「うん、まあね。彼らの関係性の紐を少しずつ断っていった。だから恐らく近い内に、彼らのプロタゴニスト属性は失効するだろう。そうなれば情報粘度の要は、残った一人のプロタゴニストに集約する形になる。彼には影響力の大きい吸血鬼を大量に排除してもらってるから、それで更に拍車が掛かる」
「ふぅん――それで? 何が変わるの?」
「まだ何も起きないよ。
「だからその内容は何なのよ。最初に言いなさい」
勿体つけるメベドにミリアが苛ついた様子。どうでもいいとは言いながらも、内心彼女はメベドの為さんとすることに興味が無い訳ではなかったのである。するとメベド。
「君には、残った最後のプロタゴニスト――レイナルド・コリンズという人間を殺してもらいたい。それでこの亜世界の情報粘度は限り無くフラットな状態になる」
「………………」
ミリアはその台詞を聴いて、暫くの間意味をじっくりと咀嚼してから訊いた。
「(情報粘度の引き下げ――)アンタまさか、この世界でフラッドを起こす気じゃないでしょうね?」
「うん、そのまさかだよ」と、メベドは不敵な笑いを見せた。
「呆れた。正気の沙汰じゃないわ。意図的にフラッドを起こすなんて……私でもそこまでやらないわよ」
「起こすのは僕じゃなくて君さ。僕はあくまで条件を整えるだけだ」
するとミリアは「はァ?」と気の抜けた声を上げ、話にならないといった様子で首を横に振ってみせた。
「ふざけないでよ。それじゃあ私まで消滅しちゃうじゃない。いくら退屈だって言ったって、亜世界ごと無理心中なんてイカレてるわ。CT−2の二の舞なんて御免よ」
「いやいや大丈夫、君は消滅しないよ――それは僕が保証する。それにCT−2だってその想像者だって、本当は消滅なんてしてないのさ。僕らからはそう見えるだけだ」
含みのある言い方をするメベドにミリアは「どういう意味?」と尋ねたが、彼はフフと微かに笑みを浮かべるだけであった。
「――とにかく、君にはレイナルド君を抹殺して欲しい。これはかつて志を共にした仲間としてのお願いだ」
丁寧に頭を下げるメベドを見下ろしながら、ミリアは不承不承に溜め息を吐いた。
「……フン、分かったわ。でも約束するつもりはないわよ。――気が向いたらね」と、素っ気なくそっぽを向く。
「レイナルド君の人生の目的は、今や君を倒すことだけに集中している。まあそう仕向けたのは僕だけど。それと――」
「何よ、まだなんかあるワケ?」
「注意しておかなくちゃいけないことがあるんだ。まず彼は転生者――今はクオリアニューロンが閉じているからウィラも気付いていないだろうけど、恐らく何らかのきっかけがあれば覚醒するだろう。PAは未知数だけど、多分君が悠長に構えて軽くあしらえるような相手ではないはずだよ」
その言葉にミリアが「へえ」と洩らし、赤い瞳を妖しく輝かせる。
「それともう一つ、今この亜世界には規制官が二人来てる。一人は准規制官、もう一人は
「ルーラーが……。あんなバケモノ、まだ源世界に残ってたのね。皆『アイツ』に殺されたかと思ってたわ」
「ウィラの再編後に方針を変えたんだろう。従順であれば彼らほど強い手駒は無いからね――。それでまあ言わずもがなだけど、そのルーラーには要注意だ」
「……ふぅん。ま、
と不敵な笑みを浮かべる彼女に、メベドは「宜しく頼むよ」と返してから、再びフードを被り瞬く間に老人の姿へと変わると、徐にその場から消え去っていった。
***
エイベルデン東の山上空――ザガに別れを告げ、手に入れた情報から一路西を目指すリアムは山を飛び越え、魔女の森や迷いの森、そしてエイベルデンの町を遥かな眼下に見下ろしながら、そこから北西にあるエイベルデン領主――ガウロス・ギュール伯爵の館へと赴いた。
吸血鬼ガウロスの根城は、エイベルデン地方の大半を占める盆地の北端近く、山裾との境に立つ城であった。人間同士の戦とは無縁な地域であったので、その城は防衛拠点としての山城ではなく、居住目的と貴族権威の象徴としての平城である。
城壁はさして高くもなく、監視塔としての役割を持つはずの主塔の窓は木板で塞がれていた。門番や侍従も誰一人としておらず、城としての機能を果たしているのは、唯一主の寝所がある居館だけであった。
その居館も、格子や石像などはそれなりに意匠を施された建物であったが、無造作に生えるがままにされた蔦や雑草のせいで、陰鬱な廃墟然とした雰囲気である。全体的に漂う退廃的な空気は、貴族らしい華やかさとは対照的であるものの、吸血鬼らしい妖異を演出するには申し分ない印象である。
日没後に
「…………」
静寂を破る返事や出迎えは無く、近くの木に止まっていた蝙蝠がバサバサと飛び去っていくだけ。その飛んでいった蝙蝠が単眼隻脚という不気味な姿であったことに彼が気付いていたかどうかは定かではないが、暫く城の正門の前で佇立していると、やがてギギギと重く乾いた音で門扉が開かれた。
それを伯爵からの歓迎の意と取ったリアムは、見た目以上に暗い陰を落とす吸血鬼の館の中へと、臆することなく入っていった。
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