EP6-4 風呂と欲望
夕食も休憩も終えた皆が、それぞれ部屋に戻ってから暫くすると、マナトとユウの泊まる部屋のドアが四半分ほど開いた――その隙間からヒロが顔を覗かせる。
「おい……。おい、マナト、ユウ」
セミダブルのベッドに寝転がるマナトと、タブレットで勉強をしているユウを、ヒロは幾分控えめな声で呼んだ。
「ん? どうしたんだ、ヒロ」とマナト。
ヒロは廊下の前後を見渡してから、演劇の忍者よろしく素早い動作で部屋に入る。
「どうしたのヒロ? トウヤは?」とユウ。
「真面目な
ヒロは手招きして二人を呼び寄せると、神妙な面持ちで更に声を低くした。
「いいか、お前ら……よく聴け。デカい声出すんじゃねーぞ?」
「何だよ、早く言えよ」と面倒臭そうにするマナトを手で制し、ヒロが厳かに言う。
「今な? ――女子が風呂に行った」
沈黙の後、「…………で?」と、マナトとユウが口を揃えた。
「で、じゃねーよ! 風呂だぞ? 温泉だぞ、温泉」
「温泉だから何なんだよ、
「うん、気持ちよかったよね」
ヒロの言わんとすることを理解できない純朴な二人に、彼は頭を抱えた。
「そうじゃねえぇぇぇぇ! お前ら、さっき露天風呂入ったときに気付かなかったのかよ?!」
「何が?」と、首を傾げるユウ。
「お隣だったじゃないですかーっ!? 男湯と女湯、お隣さんだったじゃないですかー!!」
「なんで敬語で、しかも2回言うんだよ。ってゆうかお前が一番声デカいだろ」
興奮し過ぎて口調がおかしくなったヒロをマナトが窘めた。そして彼の情熱が全く伝わらず、冷静な反応を見せるマナトにヒロが憤慨する。
「バカヤロウ、大事なことは2回言うことになってんだよ。……いいかマナト、ユウ。この時間帯の露天風呂は
再びヒロが声を潜めて話す――。
「つまりだ、今男湯には誰もいない。そして女湯には――解るだろ? 朱宮や不動のあんな姿やこんな姿が……」
「お前まさか――」と、ようやく気付くマナト。
「そう、そのまさかだよ」
ヒロは不敵な笑みを浮かべ天を高々と指差すと、かつてない力強さで威風堂々と宣言してみせた。
「――ノゾキだ!」
***
ホテルの廊下に三人の影――。角から角へと、そそくさと移動する彼らの姿は不審者以外の何者でもない。
「…………よし、
当初反対していたマナトとユウも結局は健康的且つ思春期の男子であり、ヒロほど己の欲求に素直でないとは言え、やはりこのチャンスは逃せないと感じたのである。それに滔々とエロについて語るヒロは、『絶対にバレない作戦』についても力説していた。
――「いいか。万が一、女子に見つかりそうになったときには、俺が殊能で幻覚を視せる。俺の殊能は今まで対象者が二人だけだったが、
初めて見るヒロの男らしく毅然とした姿に感動すら覚えたマナトとユウは、その作戦に乗ることにしたのである。
ちなみにヒロの殊能は、特定の相手に現実と区別がつかないほどの幻覚を5秒間だけ見せる能力であったが、同系統の上位殊能である顕現名『ガングレリの森』との性能差は、その対象人数だけである。つまり仮にヒロが同時に四人にまで殊能効果を及ぼせるようになれば、彼にもその顕現名が与えられることになるのであった。
三人は階段を忍び足で降りて、露天風呂のあるフロアまで来た。そこから浴場の入り口まではおよそ10メートル程である。ふんわりとした柔らかなカーペットの廊下を、彼らが音を殺して駆け抜けていこうとした時である――。
「何やってんだ? お前ら」
(――――っ!!)
マナトとヒロは前を向いたまま『ウルズの刻』でもかけられたかのように硬直する。ビクンッと痙攣するような反応を見せたユウが徐に振り返ると、そこには4年のシキが立っていた。
「お前ら風呂ならさっき入っただろ?」
「こっ……これは天夜っ先輩、ご、ご機嫌うるわしゅう。僕っ僕たちはその――」
「? 何言ってんだお前。って、あーあーなるほど」
勘の良いシキはすぐに、その不審者達の計画を察してニヤけてみせる。
「さてはお前ら――」
「な?! えっ? なんですか? 僕らはただ……」
露骨過ぎるユウの動揺でシキは彼らの企みを完全に悟った。彼は並んで硬直するヒロとマナトの肩を後ろから掴んで、二人の間からノソリと顔を出すと、蒼白になった二人の横顔を交互に見てから怪しい笑みを浮かべた。
「――俺も連れてけ」
あわや作戦中断かと思われたが、しかし逆に思わぬ強力な味方を得たことで、
***
女湯では一足先に湯に入ったホノカとチトセが、夏の夜空に広がる星々を満喫していた。露天風呂は木々と岩に囲まれているが、それらは景色を邪魔せぬよう計算されて配置されており、寧ろ景観を際立たせる様に剪定されていた。
「綺麗だねー」とホノカ。
纏められたロングヘアーにはタオルを巻いて、湯舟に胸元まで浸かる。運動好きなだけあって健康的に引き締まった身体は、10代ならではのハリのある肌。
「はー、極楽極楽ぅ」
同様に髪を束ねたチトセは肘を石縁に掛けて、八つ折りのタオルを頭に乗せている。ホノカより若干細身だが
そこへリンがタオルを小柄な体に巻いて入ってきた。
「わぁ、綺麗な
タオルが作る起伏は控え目ではあったが、肌理の細かな透けるように白い肌は清楚な彼女の印象に良く合致していた。
更にその後ろからアヤメが、形の良い大きな胸を曝け出して入ってくる。豊満なバストやヒップでありながらも腕や腰はしっかりと引き締まっている。
「これは見事な景色……眼福ですね」
「うっわー、アヤメおっぱいデカっ」
チトセがそれに羨望の眼差しを向けて言った。するとホノカが「私だって負けてないし」と、こんな所でもライバル心を顕わにするが、隣に並んで見るとアヤメとの差は歴然であった。
「いやホノカ、あんたも大っきいけどさ……今回は相手が悪いよ」
チトセが首を横に降ってホノカに白旗を促しつつも、「何カップ?」と二人に訊く。
「――D、だけど……」とホノカ。
「Fです」とアヤメが言うとホノカが崩れ落ちた。そして石縁の横で独り膝を突いて現実に打ちひしがれているリン――ちなみに彼女はAである。
そんなうら若き乙女達の無垢な光景を、腰にタオルを巻いて前屈みで仕切り壁から覗き視る
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