EP6-3 夏合宿

 ユウ達の乗るバスが合宿所のホテルに着いたのは午前中。出発の少々の遅れは到着時間に影響はなかった。

 正面玄関のピロティに停車したバスから、ぞろぞろと降りる1年の生徒達。


「はぁー、すげえ豪華……」と、ヒロがホテルを見上げて吐露した。


「――なあ? マナト」


 合宿の宿として使われるのは、白と青のコントラストが映えるモダンなデザインの40階建てのホテル。海を正面に構えたL字型の建物からは、どの部屋でも絶景が楽しめる所謂超高級リゾートであった。ここは神堂家が出資し運営されているホテルだが、神堂家と学園理事を務める塔金家との付き合いの関係で、第一校の海合宿は例年ここで行われていた。


「ああ……合宿っていうから、もっと小汚い感じの民宿みてえなのを想像してたけどな……」


 マナトがヒロに同意すると、トウヤも「たしかに」と頷いた。その彼らの横を通り去りながら、しかし女子達が口々に言う。


「そうかしら?」と、ホノカ。


 ――朱宮家は神堂家の分家としてこの国の五指に入る名家であり、彼女はその当主となる予定である。


「うーん、普通じゃないでしょうか?」と、アヤメ。


 ――彼女は門下生10万人を抱える世界屈指の剣術道場、不動流居合術宗家の長女。


「綺麗な所ではありますけどね」と、リン。


 ――彼女の父親は国会議員で、母親は海外の一流ファッションブランドのデザイナーである。


「何回か来たことあるなー、ここ」と、チトセ。


 ――本人は隠しているつもりだが、彼女が国内屈指の重機メーカー三城島重工の社長令嬢であるというのは、クラスの全員が知るところであった。


「なんか俺らって……入る学校間違えてねーか?」


 一般庶民マジョリティ富裕層マイノリティの逆転に閉口しつつ、マナトと一緒に唸るヒロ。


「なあ、ユウ? うちら庶民としちゃ――あ……」


 庶民派代表としてヒロが、ユウからも賛意を得ようと声を掛けたところで、彼はクロエユウの姉がフェニックス勲章持ちの国家的英雄であることを思い出した。


「っう――裏切者めッ!」


「へ???」


 話を聞いていなかったユウは、一人勝手に憤慨しているヒロの口撃に困惑した。

 一方、4年生のコノエは例年通りの合宿先に特に感慨を抱くこともなく、マイペースなシキはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、眠たそうな目をさらに細めて欠伸をしていた。


 ロビーに入るとそこは広々とした空間で、毛足の長い一枚物のレッドカーペットが鏡面仕上げの大理石の床に長々と続き、壁には巨大な絵画や白磁の巨大な壺が飾られていた。吹き抜けの天井を見上げると数メートルはあろうかという煌びやかなシャンデリアが彼らを見下ろしており、その輝きが白い壁にしっとりと反射していて、それは宮殿めいた美しさを見せていた。


「はぁぁ……」と、半ば呆れた様に息を吐く1年男子一同である。


 ユウはその絢爛な景色を見回しながらも「なんかトラエフの城みたいだな」と、勇者の時代に出入りしていた王城を思い出す。


 そんなこんなで全員が整列したところで、引率のリコ。


「じゃあ皆さーん、4年生も聴いてくださぁい。各自部屋に荷物を置いたらぁ、またこのロビーに集合でーす」


 引率の責任者はシュンであったが、彼は張り切るリコの経験になればと、彼女にこういう取り仕切りを任せることにしていた。生徒達はリコの指示の下、バス内で知らされた部屋割りに従って各自荷物を置きに行った。

 その後に全員でミーティングを行い、ホテルの施設やプライベートビーチ今回使われる訓練場の案内などを経て、午後からは全員がその浜辺で基礎訓練を行った。基礎訓練とは云っても、ネスト第一校は殊能者の大会で過去最多の全国優勝を誇る強豪校である。日頃の授業ですら相当にハードであるのに、ここに至ってはAクラスの強化合宿という名目であり、その内容は生半可なものではなかった。

 短・中・長距離それぞれの走り込みや筋力トレーニング、無差別級での格技の組手や果ては瞑想に至るまで、フィジカル・メンタル・テクニックの全てを強化するフルコース。真っ白な浜辺がオレンジ色に染まるまで、一頻りのメニューをなんとかこなした生徒達はヘトヘトになりながらホテルに戻った。



 ***



 高級ホテルらしいディナーを済ませ、食後の一時いっときを貸し切りの休憩スペースで過ごす、浴衣姿のマナトとヒロ――。


「あー疲れた……。初日でこれはないわー」と、ヒロがうだる。


「これで基礎って言うんだからな」とマナト。


 二人は沈み込みそうな柔らかさのソファでマッタリとくつろいでいる。


「こりゃマジで地獄の合宿だぜ。4年と同じメニューやらせるとかよ……まさかリコりーがあんなドSだとは。1年うちら皆死んじまうぜ?」


「あと5日とか、こりゃ身が持たねえな」


 マナトとヒロがそんなふうに駄弁っていると、その前の廊下をジュース片手に通りかかった浴衣姿のホノカが足を止めた。


「あ、バカ二人発見」


 ずけずけと二人の前に歩み寄ってきたホノカは、長く紅い髪を後ろで束ねてうなじを見せている。


「だ――誰がバカだよ……」


 と返しつつも、マナトはその色気に一瞬ドキリとして目を逸らした。


「何よ、まだ部屋に戻ってないの?」


 それに気付かぬホノカは腰に手を当てて、ソファにくつろぐ二人を覗き込むような姿勢で言った。僅かに開けたホノカの胸元に、マナトの心臓は一層激しくなってゆくが、彼はそれをひた隠しにして素っ気なく横を向く。


「べ、別にいいだろ。ちょ……ちょっと休んでんだよ」


「ふぅん。ま、今日はもう自由時間だけどさ。でもアンタたちそんなダラダラしてないで、もう少しシャキッとしなさいよ。白峰君なんて全然疲れてなかったじゃない」


 ホノカが「情けないわね」と付け足すと、ヒロが細やかに反論。


「お前こそバカか。俺らをあんなフィジカルモンスターと比較するんじゃねえよ……」


 それを横目にマナトが「朱宮は何やってんだよ」と問う。


「私? 私たちはこれからお風呂よ。リコ先生と杠葉先輩が出てからね。アンタたちはもう入ったの?」


「ああ、俺たちはさっき出たとこだよ。星とか超キレーでよ、すげえ気持ちいい露天風呂だったぜ」


「へえー、じゃあ楽しみね!」


 ホノカが満面の笑顔で無邪気にはしゃぐのをチラリと見たヒロの眼は、密かに妖しく光っていた。

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