EP6-2 行き詰まる捜査
考え込むクロエを見てアマラが問う。
「なんだよ、浮かねー顔だな。
「――ん? ああ。軍事兵器の開発計画で気になることがあるんだが、その関係者にディソーダーは見当たらなくてな」
「なるほどな。それで『兵器自体がアルテントロピーを発生させる装置かも』って考えたワケか」
「うむ、まあそんなところだ」
「推論としちゃあ理解できるけどな。まあでも、亜世界の人工物が改変を起こすことは絶対にねーよ。ディソーダーは転移者――つまり人間だ。それは断言できる」
アルテントロピーの造詣に関しては
(となるとやはり、ベクターのミラー計画というのは今回の件とは無関係……か?)
塔金カゲヒサとベクター・ランドが秘匿していた『M計画』なるものが、どうやら新型アーマードの開発計画であるというところまでは突き止めたクロエであったが、アマラの言葉を聴いて、彼女は大きく溜め息を吐いた。
――クロエらがグレイターヘイムに転移してから既に2ヶ月。クロエとユウがいくらネスト生徒や学園関係者、軍事関係者などを調べてみても、改変の原因となった人物やその改変の内容に関して、彼女らは未だ捜査の糸口を掴めてはいなかったのである。
***
――GPー7『
空に浮かぶ無慈悲な夜の
宵闇に包まれたこの世界の動植物の生態系は、源世界と然程変わらない。そして今草むらからジィィィと響くのはクビキリギスの鳴き声――それを五月蠅いと感じる程度の静けさが、学園のキャンパスを満たしていた。
ユウの自室。机の上に放り出されたタブレットの画面には、『Aクラス夏期強化合宿の案内』と題されたメールが表示されている。
ベッドの上にゴロリと転がるユウは、可愛らしい仔犬の絵柄の部屋着で思考による会話をしていた。ちなみに彼の私服の大半はそういった動物――主にイヌ科の動物が描かれたものであったが、彼の趣味とは程遠いそれらの服は全てクロエが用意したものである。
[――というわけで、しばらくは様子見だ。Bクラス以下でも収穫は無かったしな]
OLSでの会話の相手はそのクロエ。
[じゃあ僕はどうすれば?]
[お前は少し休暇を取って構わん。明日からの合宿に参加の申し込みをしておいたから、ゆっくり羽を伸ばしてくるといい]
[は――――え? 合宿、ですか?]
ユウの顔が若干青褪める。
[なんだ? 合宿は嫌なのか?]
[あ、いえ……いやっ、ていうか――強化合宿って休みなんですか?]
[任務ではないのだから
[まあ、それは……そうですけどね……]
とは言ったものの、納得のいかないユウ。
[そう遠くもないし、海が綺麗なところだぞ]
クロエがデータを送ると、ユウの視界に合宿所のホテルやそこから見える海岸の絶景が映し出された。確かに観光としていくのであれば申し分ない場所であると思えた。
(でも――)とユウは大きく溜め息を吐いて、観念した。
[……分かりました。行ってきます]
[今年は1年と4年の合同だ。日程は6日間。詳しい内容は社から説明がある]
[はい。
[無論だ、休暇だからな。ただ緊急の場合は例外だぞ?]
[それは勿論、承知してます]
[ああ、それと1つ良い情報がある。3日目の昼は自由行動になるんだが――]
何か捜査に繋がる事でもあるのかと、真面目な顔でユウが待つ。
[宿泊地から1200メートルの所に『ふれあい動物パーク』という施設がある]
[はい、了解し――はい?]
ユウは素頓狂な声で返事をしたが、通信は「以上だ」とそこで途切れた。
「…………(その情報は必要だったんだろうか?)」
疑問を抱えながら自分が着ている部屋着に視線を下ろすと、
***
燦々と輝く太陽は夏の暑さよりも晴れ渡る空の清々しさを感じさせる。謂うなれば正に、絶好の観光日和であった。学園の正門前に止まっている紺色の大型バスは、側面に鳥の巣を模した金の校章が描かれている。それはこのバスが学園ネスト所有の物であることを示していた。
そのバスの横にジャージ姿で集まる生徒達と教師二人――。
「はぁーい、皆さーん! 点呼を取りますよー?」
ピンク色のウェーブヘアーを靡かせて、1-Aの担任のリコが手を挙げて元気良く呼び掛ける。猛暑とは云えずとも充分夏らしいこの天候でしかも目的が殊能者としての強化合宿であるというのに、何故彼女が白衣姿であるのか、という事には今更誰も疑問を抱かなくなっていた。もし仮に誰かがその疑問を口にしたならば、皆は「それがリコりーだから」と答えたであろう。彼女の隣には長身でインテリ然とした、縁無し眼鏡に栗毛の教師――4-A担任のシュン。
「じゃあ、
「いや、いらんでしょ」と、すかさず突っ込みを入れるシキ。
彼の横には同クラスのコノエのみ。クレトが合宿不参加であったので、いわずもがな4-Aはこの2人で全員である。
「あとは白峰くんだけかな?」と、周りを見回すリコ。
1年生は初行事ということもあり全員参加となっていた。ユウは別としても、
すると学生寮から走ってきたユウが、門の内から飛び出してきた。
「すみません! 遅れましたっ」
「遅ぇぞー、ユウ」と叫んだヒロは、ユウの肩から首に腕を回して引っ掴む。
「おはよう、白峰くん」と、はにかむアヤメ。
「白峰くーん、遅刻は良くないですよぉー?」
頬を膨らませたリコが人差し指を立てて注意をすると、門の影からはユウに続いてクロエの姿。
「すまんな、社。待たせてしまって」
「ほぇ!? 白峰先生ぇっ?!」
予想外のクロエの登場でリコはあわあわと動揺して後退り。
「いえいえいえ、とんでもないです! 白峰先生ご同行とあらば、きっと何か深い理由があったのでしょう!」
「ああ」とクロエが真面目な顔で答えものの、隣のユウは申し訳なさそうな顔をした。
(全然深くないです、水着の柄で揉めてただけです、すみません……)
今朝になって水着が無いことに気付いたユウがそれをクロエに伝えると、寮まで迎えに来た彼女が、その場で『ユグドラシルの王』によって水着を創造してくれた。しかし
「じゃあ八重樫、社、しっかり頼むぞ。私もあとから合流する」
皆がバスに乗り込むのを見守るクロエに「任せてください」とシュンとリコ。
窓際に座っていたコノエが、窓から見えるクロエに丁寧にお辞儀をしたところでバスがゆっくりと出発した。
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