EP6. *Effort and Growth《強化合宿》
EP6-1 クオリアニューロン
――源世界/世界情報統制局『WIRA』/技術開発室――
外の光が遮断され、天井も壁も発光していないその部屋はかなり暗い。そして暗闇の中には所狭しと大小様々な機械の試作品が無造作に散らかっている。元素デバイス製のそれらは、製作者が『必要ない』と判断すれば即座に波打ち際の砂細工よろしく、床へと融けて消える代物である。しかしそれらが形を維持したまま放置されているのは、この部屋の主にとってその乱雑さこそ快適であるからであった。
「ふんふふーん」
部屋の中に小さく響く少女の楽しげな鼻唄――。隅の床に寝転がっている彼女は、決まりの無いメロディーを気ままに口ずさみながら両手を宙に彷徨わせていた。
彼女の名前はアマラ・
アマラはOLSによって視界に投影されたホログラフィを弄り、機械を仮想製作している途中であった。アマラがボールを包み込むような形に開いた両手を左右に離していくと、彼女の視ている機械の映像が拡大する。そうした中でナノメートルサイズの部品を嵌め込んだり、パーツをグニャグニャと折り曲げたりしながら手際良く製作していく様は、子供の粘土遊びのようであった。
彼女には余程
平たい楕円形の機械を組み終えると、先程とは逆の手つきで
「いよぉっし!」
アマラは勢い良く跳び起きると、その
その水槽もどきに彼女が
「にししし」と、綺麗な歯並びで笑うアマラ。
彼女は水槽に手を突っ込んでそれを取り出す。とそこへ――部屋の壁にグニャリと穴が開き、黒いフォーマルスーツの女が入ってきた。アマラはそれに気が付くとニヤリと笑って声を掛ける。
「いよーぅ、クロエ。元気してるかあ?」
「久しぶりだな、アマラ」
入室してきたのは亜世界グレイターヘイムから一時的に帰還したクロエであった。
「まーた、前のとこ行ってたんだって? もう解決したん?」
「いやまだだ。なかなか尻尾を出さなくてな。そこで少しお前に訊きたいことが――」
「あー! それよりほら、これ見てくれよ!」
クロエの言葉を遮って、アマラは手にしている機械を披露した。
「じゃじゃーん! 出来立てホヤホヤの新型アンプだ! どうよ?」
「……IPF
クロエは
「――OLS起動?」と、クロエ。
「携帯型だからな。何でも
「ふむ。黒か……」
自慢気なアマラにクロエが素っ気無く返す。
「いや
――
「だからブラックだろ?」と、クロエ。
「いやルーラーブラックだよ」と、アマラ。
「……ブラックな」
「ルーラーブラック!」
「………………」
――沈黙するクロエと、それを睨むアマラ。
「…………ブラッ「ルーラーブラックだっつってんだろ」」
拘りを理解してもらえないアマラが鼻を鳴らしてクロエから装置を取り上げた。
「――それは使えるのか?」
「試作品だからテストしてからな? だが『性能的に』って意味で整合性の演算とエントロピー縮退効率を見るなら、コイツはアイオードが積んでる
「なるほど、しかし4割とは大したものだ」と、感心するクロエ。
「だろー? 観測ユニットの予測演算法まで見直してさ? アプリオリ波動観測値にコールマン・ベッケンシュタイン臨界値を加味して、転換情報子をルートqビット処理に変えたんだよ。デコヒーレンス時に情報粘度に対してアルテントロピーのロスが少ないからプリゴジンフィールド自体の展開は低いPAでも――」
「ところでアマラ」
クロエはどうやら
「あん?」
「アルテントロピーの発生について訊きたいんだが」
「なんだよクロエ、お前が今更そんな話かよ?」
折角の説明を妨げられて、不貞腐れたアマラは口を尖らせる。
「アルテントロピーってのは、クオリアニューロンを通り抜けた想像の力だよ。んなことは規制官なら常識だろ?」
「それは理解してるが――例えば、Cランク以上のディソーダーに相当するアルテントロピーを、亜世界の人工物で発生させることはできるか?」
「そりゃ無理だ」
アマラは即答して、鼻で笑った。
「ってか理解できてねーよ、クロエ。クオリアニューロンってのはさ? 想像力を持つ知性体特有の情報構造体なんだよ。
「――だよな」
「亜世界は世界として情報が構築されてるから、法則や振る舞いは物理次元とそっくりだけどさ? 実際に物理次元に存在するワケじゃねえんだから、人工物つってもそれは情報構造体には成り得ねーわけよ。解る?」
「ああ」と、クロエは深く頷いた。
「そもそも
「ふむ……」
クロエは理解はできるがどこか得心がいかぬといった顔であった。
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