EP4-2 剣聖

(正直このレベルだと負けるにしても……難しいな)と、ユウ。


 大人が幼子と勝負して、手を抜いていることを周りにバレないよう気遣うようなもので、そんなことは土台無理な話である。


(しょうがないよね。稽古をつけるつもりでやるしか――)


 ユウの懸念を他所に「では、試合開始ぃ!」とリコが手を振った。


 トウヤはロッドを前にして斜に構えつつ少し腰を落とす。基本に忠実であり、最も無難な隙の少ない構えであった。しかし一方のユウは正面を向いたまま脱力した状態――素人目には、構えというよりただ立っているだけに見える。


「どうした、構えないのか?」


 トウヤが笑うと、ユウは真面目な顔で「どうぞ」と答えた。


「じゃあ遠慮なく――」


 トウヤは様子見のつもりでロッドを素早く斜めに振り下ろす。ユウがロッドを目一杯伸ばしているとはいえその身長差は歴然である。チトセとリンの試合がそうであったように間合いの広さは大きなアドバンテージであり、リーチを活かした攻撃は捌き難い――というわけでもなかった。

 カァンッとあっさり初撃を撥ね退けるユウ。しかしロッドには闘志の欠片も宿っていないことにトウヤは気付いた。その振る舞いに彼の眼つきが変わった。


(やる気が――無いのかっ!)


 そして公式試合の如く全力で気合を入れて打ち込むトウヤ。しかし――。


「くっ!」


 ユウの動きはとても緩慢に見えたが、トウヤの続け様の打ち込みを全て難なく払っていった。トウヤが更に攻めの速度を上げ、突きや切り上げといった攻撃を織り交ぜてバリエーションを増やしても、ユウはゆったりとそれらを弾き、いなし、避けていく。


「何なの……あの動き……」と、ホノカ。


 他の皆は呆気に取られ声も出せないまま。特に剣に秀でたアヤメはその技術に舌を巻いていた。しかし何より驚きを隠せずにいたのは、紛れも無くトウヤ本人であった。


(何故当たらない!? 白峰こいつの動きは俺より遅いはずなのに!)


 アヤメが独り言とも、ホノカへの返答とも取れるように呟く。


「完全に見切ってるんだわ……。視線、呼吸や重心も、それに心理状態すら完璧に――」


 アヤメの言う通り、ユウはトウヤが行う次の動作を掌握していた。トウヤが攻撃目標を決めて動き出そうとした瞬間には、既にユウは防御の為に動いているのである。

 トウヤがロッドを振り上げ、反転させ、力を込めて振り下ろす――彼の攻撃がその3つの動作を行っているのに対して、ユウは1つ目の動作でその攻撃地点に最適な角度でロッドを置いているのであった。その為緩慢に見える動きでも対処が可能なのである。


 4分間、トウヤの攻撃をほとんどその場から動かずに受けきったユウには、開始前と何ら様子に変化がない。比べて只管攻撃し続けていたトウヤは、動きの激しさに中天程近い太陽の暑さも加わり、既に疲労困憊であった。


「ハァハァ……くそっ(――たったの1発も、当たらねえ)」


 するとユウはタブレットに表示されている時間に目をやった。


(残り1分……。風見君の動きも大分雑になってきたし、もういいかな)


 ユウはトウヤが最後の力を振り絞って打ち込んできた大振りな袈裟切りを軽くいなすと、ロッドの先端で彼の肩をトンッと突いて重心を崩した。間を置かず半歩引いて、クルリと側面に回り込みながら横胴に神速の一撃――余りにも速過ぎる剣閃に、視ている者達はトウヤの身体が2メートル程飛ばされるまで、攻撃が行われたことにすら気付くことが出来なかった。


「いっ――? 一本いっぽぉん!? 勝者、白峰くん!」


 トウヤの胴プロテクターが赤く光ってから、リコが困惑しながら勝利宣言を告げた。


「………………」


 ――理解すら及ばぬ決着。圧倒的過ぎる技術の差を見せつけられ、生徒達は勝者であるユウへの拍手すら忘れ呆然としていた。ユウは鞘に納めるようにロッドを腰の横に持ち、丁寧に一礼した。言葉を失いつつそれを見つめるホノカ。


(何なのこれ。巧いとか強いとか、そういう次元の話ですらないじゃない。神堂クレトお義兄様だってデタラメに強いけど、白峰アイツは――)


「マジで。ホントに人間かよ」と、ヒロが苦笑した。


 その横のマナトは真面目な顔で、気まずそうにしているユウを注視する。


(風見は決して弱くなかった――むしろかなり強え部類だ)


 しかしそれを一撃で倒したユウが、実際にはその実力をほとんど発揮していないということも、彼の息一つ乱さぬ余裕の表情から一目瞭然であった。


(なのに、何だったんだアレは……神堂流アイツとも鑑流うちとも違う流派……? いやそもそも技らしい技すら見せてねえ。あれはまるで――)


 剣聖、という言葉がマナトの頭を過った。

 クレトやホノカが使う神堂流剣術、アヤメが使う不動流居合術、そしてマナト自身が使う鑑流古武術――彼が知るこの3つの流派は、元々『剣聖』と謳われる一人の男が創り上げた戦闘術から枝分かれしたものであると聞いたことがあった。想像を超えたユウの強さに、マナトはその男の存在を思い起こさずにはいられなかった。

 しかし無論、ユウはその男ではない。彼がこの亜世界グレイターヘイムに来たのは初めてであるし、そもそも彼は自分の闘い方を体系付けられるほど論理的に戦ってはいなかった。ホノカやマナト達がそれを知る由も無いが、それでも少なくともユウの力はまだ底が知れない、というのは肌で感じ取れたのであった。


 仰向けに倒れて空を仰いでいたトウヤが上半身を起こしたところへ、ユウが駆け寄った。


「大丈夫? 加減が分からなくて……ごめん」


「ああ大丈夫だ。それにしても……フッ――、かよ」


「あ……ごめ――」


「やっぱり相当手加減してくれてたんだな? いや、謝らなくていい。あそこまで差があると『本気を出せ』なんてとても言えたもんじゃないからな」


 ユウの手を貸りて、トウヤが立ち上がる。


「お前の200人斬り言ってたこと――俺たちは冗談だと思ってたけどさ、あれ多分本当なんだろ?」


「……うん」とユウが申し訳なさそうに頷くと、「やっぱりな……」とトウヤは溜め息。


「俺さ、去年の大会5位止まりでな。周りはそれでも充分だっつうんだけど、俺はマジで優勝するつもりだったからさ、もう辞めようかって悩んでたとこだったんだ――けどこれで踏ん切りがついたわ。やっぱ剣の道は諦める。お前みたいなのがいたんじゃ、優勝なんて絶対無理だよな」


 トウヤは爽やかな笑顔を見せつけるように言ったが、その声は少し震えていて、彼の悔しさを隠しきることは出来ていなかった。――全国大会5位。そこに至るまでの彼の努力は、決して並大抵のものでも一朝一夕のものでもないのである。


「白峰、お前今年の剣道大会には出るんだろ?」


「あ、いや、僕はそういうのには……」と、首を振るユウ。


「そうか……勿体ねえな。まあ俺が決めることじゃねえけどさ」


 そう言ってトウヤは哀しげに笑った。

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