EP9-3 舞い降りる勇者

 XM1の持つ謎の力によって――言うまでもなくそれはアルテントロピーによって拡大強化された殊能であったが、その改変の力によってホノカの『スルトの火』は一時的に無効化された。


「マナト!」とホノカは当惑し、助けを懇願するような瞳で彼を見つめた。


「朱宮!」


 それに応じて後ろから殴り掛かるマナト。しかし彼の拳はXM1の表面でピタリと止まった――どころか、その手は視えない接着剤で固定されたかのように、そこから引き剥がすことが出来ない。


「クソっ、離しやがれ! 朱宮!」


 必死の形相でもがくマナトを気にも止めず、XM1は恐怖に染まり動けぬホノカへと、ズルズルと長い首ケーブルを伸ばして顔を近付けた。


『アぁケみやぁ……』と嗤う、神堂マナの顔。


 客観的に見れば、クレトの端正な顔と同じである故に美しく感じるはずのそれば、しかし人間の顔貌をしながら到底人間とは思えぬ、正視していればこちらの気が狂いそうなほどの、悍ましき何かであった。


「ひっ――イヤ……」


 涙を浮かべ顔を引き攣らせるホノカ。その恐怖を堪能すると、XM1は満足そうに顔を元の位置に戻し、鎌を振り上げる――。


「朱宮、朱宮ぁっ!」


 マナトが限界を超えるほどの殊能を引き出し、固定された拳の一点に『アイギスの盾』を集中させる。


「この――クッソぉぉぉがああぁっっ!」


 マナトの拳が激しく輝く。するとようやくその手が引き抜かれ、彼は後方に勢いよく転がった。が、すぐさま立ち上がってホノカへと向けて走り出す。しかし振り上げられた鎌は既に、彼女の首を薙ぎ払う為の無慈悲な動作へと突入していた。


「朱宮ぁぁぁッ!」


 無意識に絶叫するマナトが、まるでスローモーションの様に感じる刹那の中で、ホノカに、手を、伸ばす。


( ち く し ょ う ―― )


 じっくりと、着実に、ホノカの細く滑らかに白い首へと、鎌が近付く。眼前の僅か8メートルが、果てしなく遠い。


( 間 に 合 わ ―― )


 そして二次元平面の様に鋭利な刃が、彼女の生命を刈り取らんとする、寸前――。


(!!)


 ガラスを爪弾くような音が響いて、一本の西洋剣が鎌を止めた。


「ユ……」


 間一髪でホノカの前に割り込んだ、白銀に煌めく美しい刀身。その剣を握る少年の髪もまた、剣と同じく澄んだ銀色をしていた。


「――ユウ!」


 剣の主ユウはその声に応える代わりに、軽く息を吐く一瞬の内に数回剣を振った――細かく刻まれた鎌の刃が地に落ちる。


「遅くなってゴメン」とユウ。


 そして強烈な後ろ回し蹴りでXM1を数メートル吹き飛ばす。砂埃を巻いて転がるXM1を尻目に、彼は滑らかな動作で剣を鞘に納めてから、マナトらに頭を下げた。


「迷惑を掛けてゴメンなさい。そして生きていてくれてありがとう……本当に――」


 もしここでホノカや他の誰かが死んでいれば、自分はもう強くあろうとすることを諦めてしまったかもしれない――ユウはそう思った。そしてまた、かつてフェメという女の子を失った時の絶望的な喪失感を、彼らにも与えていたかもしれない。


(良かった……今度こそ間に合った。もう僕は――)


 強い意志と自信をその胸に抱くユウ。


「マナト……朱宮さん……。ディソーダーここから先の戦い規制官ぼくらの仕事だ。君たちにはもう危害は加えさせない」


 ユウはそう宣言してから、遠くで徐に起き上がるXM1に顔を向ける。


超能力者の世界グレイターヘイムの神堂マナさん、ですね? 僕は世界情報統制局――WIRAウィラの第三等亜世界情報規制官、ユウ・天・アルゲンテアです」


「ウィラ……? アルゲンテア……?」


 と疑問を口に出したのはマナトだけであったが、当然ホノカもユウの台詞は理解出来なかった。


「――貴方は『物理法則の改変』及び『亜世界存在への過干渉』の罪で、情報犯罪者ディソーダーとして認定されました。直ちにアルテントロピーの使用を止めてください」


 すると神堂マナの口から、またあの薄気味悪い声が洩れ出した。


『うぃラァぁ……ゆめにマデみタせかイ? まァなァと、ワタしノをおトぉとおぉォ』


 まるで意味不明な発言それを聴いて、ユウが首を振って溜め息を吐く。


人格崩壊話が通じないみたいだな……。念の為言っておきますが、警告に従わなければ武力を行使します」


 その台詞を理解している様子も無いXM1に、ユウは剣先を真っ直ぐ指し向け、魔力を高めた――切っ先に現れる紫の魔法陣。そして呪文詠唱。


捕えよ深淵の鎖カヌ厶・エス・イムド!」


 魔法陣から突出する半透明の鎖の束。それが高速で飛び掛かりXM1の全身に雁字搦めに巻き付くと、先端に付いた鉤爪が地面にしっかりと食い込んで固定される。


『まナぁとォォォ!』と叫び暴れるXM1であったが、魔法の捕縛は揺るがない。


 その状況を言葉を失ったまま見ていた二人に「マナト、朱宮さん」とユウが声を掛ける。


「え? あ――ユウ、お前は一体……」


「ごめんマナト。ワケ分かんないと思うけど、とりあえず皆の傷を治すよ」


「え――?」


 ユウは剣を逆手に地面へ突き刺すと、その周りに巨大な金色の魔法陣を展開した。


星霊よ癒しの加護をイェル・アゥ・リ・へーイン!」


 ユウの呪文に合わせて、魔法陣から浮き出た蛍火の様な光が皆を包んだ――。ホノカの額の傷は瞬く間に消え失せ、シキの腕の流血は完全に止まり、クレトの両腕の火傷や、外見では判らぬ骨折までをも完治させる。


(なんて暖かい光なの……まるで神様に抱かれてるような――。でもこの力は一体……)


 どう見ても殊能とは思えぬ奇跡の力。ホノカは目の前に立つ見慣れたネストの制服を着た勇者ユウを、神でも見るかのような眼差しで見つめた。


 ユウが再び白銀の剣を抜いて、XM1の前に立ちはだかる。その分かり易い振る舞いにXM1は激昂して、肌を伝わる様な奇声を発した。


『マぁあサァかァぁきイィー!』


 徐々にアルテントロピーを増していくXM1は、その絶叫とともに魔法の鎖を断ち切りレールガンを――電圧のチャージなど関係無く、無造作に乱射した。四方に散らばる弾丸は、自在に操られ軌道を変えながらユウに殺到する。彼はそれらを紙一重で躱し、幾つかの弾丸を剣で弾き返した。


「くっ!(――速いし重い!)」


 弾丸は建物を幾つも貫通する威力と速度である。それを弾いて尚折れぬというのは、ユウの剣がアルテントロピーで創り出された、謂わば『折れない設定』だからこそ出来る芸当である。

 そしてその反応も、視覚や勘に頼るのではなく、情報そのものをゼロ時間で認識している規制官だからこそ可能なのであった。


「マナト、早く先輩達を!」


「分かった!」


 マナトとホノカが、傷が癒えてもまだ意識が戻らぬシキとクレトを二人掛かりで運んでいく。そうはさせまいとXM1がレールガンを彼らに向けると、ユウが目にも止まらぬ速さで間に割り込んで弾丸を弾き返した。


「無駄だよ、僕にはお前の弾が


 それを示すように、ユウはXM1が弾道を定めるより速く、その射線を塞いで見せた。


『ひイいぃィィイぃぃいユぅゥぅゥゥ!』


 神堂マナの口が顔の面積の半分ほどに開かれ、その恐ろしい瞳が禍々しく光る。


「そうだ、僕の名前はユウ……。僕はもう二度と大切な人たちを失わない。その為にお前の前に立っているんだ」

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