EP2-6 適性試験
――NU−11『
深緑に囲まれた長閑な湖畔。時折魚が跳ね上がっては潜る水面には、雪解けの山々と青い空があった。耳を澄ませばサワサワとさざめき揺れる草木――の他にも、枝から枝へと飛び移る小鳥のさえずりや、茂みを抜ける山兎のガサゴソという葉擦れの音が聴こえてくる。
そんな自然と生命が充満した森の中に、ユウは前触れも感じられることもなく唐突に立っていた。
「――あれ……?」
自分の肉体や精神には何の異変も感じず、両手の平や甲を回し見ても、そこには一抹の違和感すらない。ただひとつ
「どうした?
不思議そうに自身を確認しているユウに、後ろからそう声を掛けたのはクロエ。一方の彼女は
「いえ、そうじゃなくて。むしろ
「ああ。ここは最近発見された亜世界の1つだ。
「試し撃ち……ですか。――それでここで何を?」
「お前の適性を判断する。試験官は私だ」
そう言うとクロエは懐から
「適性試験? どんな試験ですか? 僕勉強は苦手なんですけど……」
「行うのはアルテントロピーの測定だ。学科的なものは無いよ。知識は記憶するよりOLSを利用したほうが速いからな」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろしたユウが尋ねる。
「アルテントロピーっていうのは何ですか? 僕は何をすればいいんでしょう」
「アルテントロピーというのは端的には『情報を改変する力』だ」
「情報を……改変?」
「源世界と私たちが呼んでいる宇宙は、時空間や物質で成り立っている物理次元と、情報のみが存在している情報次元、この2つで構成されている」
「物理次元と情報のみの次元、ですか」
「イデア、クオリア、ゴースト――人や時代によってその認識は様々だが、純粋な情報というのは『何々である』という本質それ自体だ」
「………………はい?」と、笑顔で首を傾げるユウ。クロエの説明は一瞬にしてユウの思考を停止させた。
「まあ理解できなくともいい。――物理次元で変化を起こす為にはエネルギーが必要だが、情報次元で変化を起こす為にもそれに応じた力が必要になる。それがアルテントロピーだ」
「なるほど(?)」
「そして亜世界とは、源世界とは違い、情報次元のみで構成されている宇宙だ」
クロエは右手にハンドガンを持ったまま、左手を地面に向かって翳す。すると土が50センチ四方の板状に盛り上がり、その板は地面を離れて彼らの目線の高さにまで浮遊した。そして土の板はみるみるうちに、黒い金属板へと変化した。
魔法かはたまた錬金術かというその技は、無論トリックがあるわけではなく、クロエがアルテントロピーによって起こしたほんの些細な情報改変である。
「この金属は
クロエは言いながらその鉄板に向かって銃を向けると、前置きも無く引き金を引く――穏やかな静けさをその銃声が引き裂き、数羽の鳥達がバサバサと羽を撒き散らしながら飛び去っていった。唐突な発砲であったが、流石に戦場に馴れているユウが動じることはなかった。
「――このように、亜世界においても武器は単なる武器でしかない。普通に使用したところで、その亜世界の物理法則に従った現象を起こすことしかできない。当然こんな
彼女の言葉通り、鉄板には微かな掠り傷ひとつ付いてはいなかった。
「だがそれはあくまで、アルテントロピーを使用していない場合の話だ。アルテントロピーによって弾の強度や速度の情報を書き換えれば、その常識を打ち破ることができる。――見ていろ」
クロエは手近な木の葉を一枚毟ると、それをユウに見せた。
「――?」
すると彼女の掌中で葉っぱが丸く圧縮し、ユウが「あっ」という間にそれは植物の種子に変わった。
「今私は、この葉が『葉である』という情報を『種である』という情報に書き換えた。アルテントロピーは充分な強さ、そして理解と直観視を備えていれば、このような情報改変すら可能だ。『水である』という情報を『ワインである』という情報に改変すれば、水をワインに変えるなどという芸当も容易い」
更にクロエは掌の上の種子から蔓を発芽させた。蔓は数本に枝分かれすると複雑に絡み合いながら伸び、20センチ程のL字の塊になった――丁度クロエがもう片方の手に持つハンドガンと同じ形、サイズである。
「ちなみに情報次元に時間は存在しない。従って本来であれば、情報の改変にかかる時間はゼロだ。物理次元と情報次元を1枚の紙に喩えるなら、表を破いたと同時に裏が破れるのと同じようなものだな。しかし実際にはアルテントロピーを使う我々や亜世界には時間という概念が存在してしまっているので、その変化には本人の情報処理能力や想像力に依存した時間を要する」
クロエが作り出した木製の銃がフワフワと宙に浮いて、ユウの手元に届けられる。それが途中で鈍い光沢を帯びて金属へと変わっていき、ユウが受け取った時には完全に本物のハンドガンとなっていた。
「破壊しろ」とクロエ――それは今しがた彼女が『破壊できない』と説明した鉄板を、ということである。
(ええ……)と困った表情で彼女を見たユウであったが、冷たい視線が彼の主張を拒否した。
クロエが無言のまま鉄板に向かって押し戻すようなジェスチャーをすると、宙の鉄板は音も無く、ユウから5メートル程の距離にまで移動した。ユウは仕方なしに、素人なりの構えで銃を鉄板に向けた。
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