EP5. *Investigation《重なる違和感》

EP5-1 最初の違和感

 昂るコノエの肩、二の腕、腹、太腿など身体中から、煌々と白い輝きを放つ剣がズズズと生えてきた。その数は8本。


「それが『ヘイムダルの頭』の本当の姿か」と、クロエ。


「はい――」


 コノエは前に突き出した右の掌から生えてきた9本目の剣を掴むと、剣先をクロエに向けたまま柄を顔の横へ――右足を引いて霞の構え。8本の剣はコノエが手に持つ剣と同調するように横並びになって、彼女の周囲に浮いている。


「遠隔操作系の殊能者であれば近接戦闘に持ち込む、というのは悪くない判断だが――」


 離れたところに落ちた拳銃を呼び寄せるクロエ。残りの弾丸は1発。


「戦闘自体に対する理解が足りていないぞ? 杠葉」


「何を――っ?」


 無造作に歩いて近付いてきたクロエは、そのまま躊躇いなくコノエの間合いに入った。それに敏感に反応したコノエが気合いとともに斬り掛かり、浮遊する剣達がその剣筋からすだれの如く時間差を伴ってバラリと追従する。例えコノエの一太刀目を防ごうとも、残る剣が次々と襲い掛かるその攻撃を避けるのは至難の業であると思えた。しかし――。


「単調な動きだ」


 クロエはそれを難無くやってのけた。8本の追従する剣の動きを読み切って、紙一重でスルリと躱す。コノエが続けて鋭い突きを繰り出すと、それもクロエは繊細な体捌きのみで避けてみせた。


(なんて無駄の無い動き! でもこれなら――)


 側頭部を狙った横斬り。それに続く8本の斬撃は、クロエの肩から膝下までをなます斬りせんと平行に襲う。しかしクロエはその一太刀を小さなリボルバーの銃身で防ぎ――そしてなんと、そのまま風車の如く真横に宙返りして避けた。


(そんな?!)


 更にコノエが剣を下から返そうとしたところで、その手首は空中で側転中のクロエに掴まれた。


「遅いぞ」


 クロエは着地と同時に手首を捻り上げ、コノエに反応する間も与えずに振り下ろす。コノエの視界が縦に回転し、背中から地面に叩き付けられた。


「あぐっ!」


 痛みはそれほど感じなかったが、その衝撃にコノエの全身の筋肉が反射的に硬直した刹那――額にゴツンと冷えた感触。


「あ……」と声を洩らしたコノエに、銃を突き付けたクロエが手を差し出す。それと同時にコノエの『ヘイムダルの頭光の剣の束』は消失した。


「解ったか? 近接戦闘は殊能の強さ以上に格技自体の技術が重要になる。技術それに歴然の差があるなら、今のように殊能を使わずして勝つことも可能だ」


 クロエはそう言って、倒れているコノエの手を引き上げて彼女を起こした。立ち上がったコノエは土埃をいそいそと払うと、深々と頭を下げる。


「ありがとうございました! 精進致します!」


 シキとは違って敗北した彼女の顔は清々しい表情。むしろ一層クロエの憧憬が強まったようでもあった。


「お前たちへの授業は……まあ、こんなところだな」と、クロエ。


 そして決着がついたとみたシュンとクレトがスタンドから戻ってくると、皆がクロエに礼をした。


 ――クロエには情報犯罪者ディソーダーのあぶり出しという真の目的があったにせよ、あくまでも教育の場という形を崩さぬよう配慮したのであった。そしてその戦闘は勿論訓練であったので、彼女は『ユグドラシルの王アルテントロピー』を些細な殊能を再現するのに使っただけで、戦闘そのものは殆ど彼女自身が培った技と頭脳のみで圧倒したのである。これは完全に、クロエ自身の比類無き戦闘センスの成せる業であった。


 担任シュンの当初の期待通りクロエの強さや巧みさに刺激を受け、普段はそれほど積極的な交流をしない生徒達は、先程の戦闘での殊能の使い方や反省点を話し合っている。その姿を見てシュンが満足げな様子で微笑んだ。


「流石は外佐ですね。こうも簡単にあの子たちを――私の教師としての面目は丸潰れですよ」


「そんなことはない。ただ私は『歩き方』を少し教えただけだよ」と、クロエ。


「それが難しいんですよ、外佐。この学園の生徒達は――いえ殊能者は皆そうなのかもしれませんが、彼らは子供の頃早いうちから力を持ち過ぎてしまっている。だから歩き方を覚える前に、空を飛ぶことを夢見てしまうんです。それは人として危ういことです」


「人として危ういか……。確かにな」


「かく言う私も、ウイングズで外佐に出逢うまでは相当に驕りの強い人間でしたけどね」


 シュンは気まずそうな照れ笑いで頭を掻く。


「そうだったか? お前は最初から聞き分けの良い部下だと思っていたが」


「貴女の強さを目の当たりにすれば、誰でも極めて従順そういうふうになるんですよ。外佐はご自身が思っているより影響が強いんです」


「そうか。それはすまなかったな」


「謝ることではありませんよ。良い影響ですから」


 そんな会話をしながら生徒達を眺めつつも、しかしクロエは浮かない表情であった。


(結局彼らの中には無しか。三人とも情報犯罪者ディソーダーには程遠い戦闘力だ。殊能にも改変の形跡不自然さは見当たらなかった)


 少年少女の成長は促せたものの、規制官の立場から見ればこの結果は正直好ましいものではなかった。もっともクロエは普段から感情をそれほど表に出すタイプではないので、彼女の曇り顔それに気付く者はいなかったが。


 暫く会話をしていたコノエが、何かに気付いたようにスタンド席の時計を見た。


「あら。神堂君、そろそろ時間なのではなくて?」


 するとクレトが腕時計を見て「ああ」と頷いた。彼はバッグを担ぐとシュンとクロエの許に来て、再び一礼した。


「白峰先生、八重樫先生、ご指導頂き有難うございました。俺は検査がありますのでこれで」


「ああ。今日は再検査の日だったな。大変だな」と、シュン。


「いえ、別に。――では失礼します」


 会釈をして去るクレト。その後ろ姿を笑顔で見送るシュン。


「…………」


 しかしクロエの中では、その台詞に含まれていた言葉がプツリと引っ掛かった。


(再検査……いつも? 生徒が皆3ヶ月に一度の定期健診を受けているのは知っているが、そんなに再検査が必要なことなどあるか?)


 そう感じたクロエは隣のシュンにそれとなく尋ねる。


「神堂はどこか身体的な問題でも抱えているのか? そのようには見えないが」


「いえ、特に病気という訳ではないようです」


「ならば何故再検査を? いつもというのは、いつからだ?」


「さあ? 私が赴任した時には既に毎月通っていましたので――と言っても心配するほどの事ではないようですよ。検査内容も採血で血中NgLを計るだけだとか」


(血中NgL……殊能量波を作り出す血液成分か。NgLの低下は殊能の低下にも繋がるが、それに異常があるならば投薬が行われて然るべきだ。採血のみというのは不自然だな……)


 自分の顎を軽くつまむようにして考え込むクロエの横顔を、シュンが不思議そうに見つめる。


「神堂が何か?」


「いや何でもない、気にするな。――では私は帰るとしよう。邪魔したな」


 そう言うとクロエは、コノエやシキにも軽く手を振って訓練棟のグラウンドを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る