EP4-11 ユグドラシルの王

 確かに命中させたはずの弾丸――少なくともシキの目にはそのように視えた。


(軌道をずらされた感覚は無え。つまり精神作用系……幻覚の殊能か?!)


 シキはクロエからの反撃を警戒しつつ、彼女を中心に時計回りに動いてコノエから離れた――2対1なら直交攻撃クロスファイアが有効という判断である。


「反抗的な恰好の割りに、戦い方は基本に忠実セオリー通りなんだな」と微笑うクロエ。


 シキに向かって無雑作に歩いてくるクロエに対し、彼は走りながら何十発もの弾をバラ撒きそれを横から上からといった軌道で変則的に撃ち込むが、やはり弾丸はクロエをすり抜ける様に空を切った。


「くそっ、『何が手札は見ての通り』だ、幻覚まで使えるなんざ聞いてねえぞ!」


 思わず毒づくシキ。様子を窺っていたコノエはそれを聴いて。


(幻覚? だから天夜君の『オレルスの弓』が当たらないの? でも――)


 闘いを始める前にクロエは『隠し事はしない』と宣言していた。それは素直に受け取れば『未知の殊能は使用しない』ということではないのか? ――コノエはそう考える。


(幻覚なら確かに、肉眼で相手の位置を捕捉する『オレルスの弓』には有効だわ。でも白峰先生がそんな真似をするかしら? そもそも私たち二人を相手に弾丸2発あんな装備で闘うという時点で、先生にはっていうこと。そして先生がさっき使っていたのは、操作と変形・変質……)


 考えつつもコノエは、シキの攻撃を援護するように横から『ヘイムダルの頭光の障壁』を、カッターの様に回転させ一直線に飛ばす――。するとクロエはそちらを見向きもせずに、左手を上げた。その動きに呼応して地面が分厚い板状に次々と突き上がり、クロエとコノエを遮る長い壁を作った。飛来する障壁がそれに突き刺さる。


「(攻撃を)読まれてるっ?!」とコノエ。


 壁に妨げられクロエを見失う。しかし同時に疑問が浮かぶ。


(でも防いだということはつまり、ということ? 横や上から飛んでくる弾丸は防がないのに、弾丸より遅い私の攻撃が当たるのは何故? それに攻撃を防ぐだけならあんな目隠しのような壁を作る必要は……。――目隠し?)


 一方で、壁に分断されて援護を失ったシキ。


「ちッ、地面を硬化変形させて防護壁とは……何でもありかよ!」


 すると壁の向こう側から「天夜君!」と、コノエの叫ぶ声。


「『オレルスの弓』を使わないで! 先生のは幻覚じゃないわ!」


「なんだと?」


 コノエからの謎のアドバイスに戸惑うシキ。彼は舌打ちしながら、銃のモニタースコープに表示されている残弾を確認しようと、ほんの一瞬だけ目線を下げた。そこへ。


「気付いたか。しかし遅かったな」と、微笑むクロエ。


 シキが即座に視線を上げた時、10メートルは離れていたはずのクロエは彼の目の前にまで接近しているように視えた。


「――う!?(いつの間に?!)」


 シキが咄嗟にクロエそれを撃つと、弾丸は虚像クロエを歪ませながら貫通した。


(こいつは――錯覚か!)


 シキがようやく答えに辿り着いたところで、消え去る虚像の脚元から地面すれすれの体勢でクロエが懐に飛び込む。間髪入れず、彼の銃を蹴り上げて弾き飛ばす。


「っく!(なんて蹴りだ!)」


 巨大なハンマーでかち上げるかのような蹴りの威力に、シキは思わず手首を抑え、ビリビリと痺れる手に奥歯を噛む。彼が怯んだその隙にクロエが拳銃を撃とうとすると――。


(だが! 銃を弾き飛ばすのそういうパターンは想定済みだぜっ!)


 シキは蹴り飛ばされた飛翔体マシンガンを『オレルスの弓』で操る――銃はすぐさまブーメランの如く旋回して戻り、それが逆にクロエの拳銃を弾き飛ばした。


「フッ」――と笑むシキに対し、「惜しいな」とクロエ。彼女は這うようにして懐に飛び込んだ際に、シキがそれまで外した弾丸の一粒を拾っていたのである。

 クロエはそれを飛ばされた自身の拳銃に向かって投げた。そして宙に舞う拳銃の銃口がシキの方へと向いた瞬間に、投げられた弾丸は拳銃の引き金に当たり、銃口からペイント弾が放たれる――。そしてそれは見事にシキの額のど真ん中に命中した。


「っくそ……」


 シキはそのペイント弾が命中する直前、『オレルスの弓』でそれを操作して回避しようと試みたが、弾は彼の殊能を受け付けなかった。


「畜生――なんで……?」


「『オレルスの弓お前の殊能』が操れるのは単純な飛翔体だけだ。ペイント弾は発射と同時に私が物体操作で動かしてる、つまり条件を満たしていない。――手札はさっき見せてやっただろう?」


「あ……」とシキが先程の光景――クロエが彼らの前で、空中のタレットの遠隔操作を行っていた事を思い出した。


「最初に見せた殊能しか使ってない……ってことですか……?」


「ああ。杠葉は途中で気付いていたようだぞ? だろう、杠葉」


 クロエが自身で作り上げた壁の方を振り向くと、長大な光の板が壁を貫通し、それが一気に薙ぎ払われて壁を斬り裂いた。光が縮んで消え、ガラガラと崩れる壁の向こうから現れたコノエが答える。


「はい、でももっと早くに気付くべきでした。地面から生やした壁は変質と変形、最後のペイント弾は物体操作――白峰先生は、事前に『こういう殊能で闘う』という情報を与えてくれていたんですね。だからあんなパフォーマンスのような真似を……(でもそれなら、あの時点で私たちとの仮想戦闘シミュレーションを終えていたということだわ)」


 洞察力や推理力が優れているなどというレベルではない。どれだけの戦闘経験を積んでいればそんなことが可能になるのだろう、とコノエは驚嘆せざるを得なかった。


「そうか。俺が精神作用系の幻覚だと思ってたやつも――」と、シキ。


「あれは単なる物理的な操作だ。空気密度を変化させて、お前と私の間に透明のレンズを作っていたんだよ。遠近感を狂わす為にな。側面からよく観察すれば解るし、何より変に軌道を変えず、馬鹿正直に真っ直ぐ撃てば関係無い」


「そうか、だからコノエは『オレルスの弓』を使うなと……。そして壁は『ヘイムダルの頭』を防ぐと同時にトリックを見破るのも防ぐ為だった、ってわけですか。(最初から出さずに、敢えてコノエの攻撃を防ぐタイミングで壁を作ることで、目隠しという役割に気付かせないってワケか)」


「これが『ユグドラシルの王』か……」と、項垂れるシキ。


「さすが白峰先生、お見事です。けれど――いえ、だからこそ」


 仁王立ちをしたコノエが、嬉しそうに集中力を高める。


「私も全力でいかせて頂きます!」

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