EP4-10 1対2

 クレトの驚くべき変化を見たシキは、内心驚きを隠せなかった。


白峰この女――何をしたんだ? あんだけキレてたクレトがなんで?)


「おい、天夜」とクロエ。


(『ウルズの刻』の間に何があった? それにあの刀はどこから――?)


「返事をしろ」と、クロエがシキの額を指で軽く突いた。


「はッ!? すみません」とシキ。


「それと杠葉」


「は、はいっ! なんでございましょうか?!」


 クロエに名を呼ばれただけで頬が紅潮するコノエ。


「神堂だけでは不公平だからな。お前ら二人は稽古をつけてやる。どんな手を使っても構わないから、私を倒してみろ」


 無論この稽古というのは方便で、クロエは二人の戦闘からアルテントロピーの判断をしようというのである。


「白峰先生が直々に!? (――え、でも二人まとめてって……)」


 クロエの言葉に表情を明るくしながらも、コノエはその提案に疑問を感じた。普通であればいかにウイングズとは云え、トップクラスの顕現名帯者ネームドをまとめて相手にするなど完全に自殺行為である。にも関わらず――。


「では外佐、私と神堂は向こうにいますね」と、シュン。クレトも指示に従ってスタンド席まで下がっていった。


 殊能に造詣が深いはずの彼らが、クロエのその無茶とも云える提案を止めようともしないのである。


(それだけこの女が化け物ってことかよ)と、シキ。


「ふむ。このタレットは片付けてもいいが――天夜、お前どんな武器が好みだ?」


「は? 武器ですか? 銃器であればサブマシンガンと相性が良いと考えてますが」


 素直に答えつつも、シキにはクロエの問いの意図が解らなかった。武器庫は管理棟の地下にあり、今から取りに行くのではそれなりに時間がかかる。しかも生徒の銃器の使用は1週間以上前の申請が必要なので、いきなり行ってすんなりと借りられる物でもない。例えクロエの権力を持ってしても、顧問という立場上学園のルールを曲げられるとは思えなかった。


「サブマシンガンだな。……杠葉、お前は武器は要らんな?」


「はい。私は必要ありませんけれど……。何故でしょうか?」


 コノエもシキ同様、クロエの考えが解らずに首を傾げた。


「ん? 必要な物があれば用意する必要があるだろう?」と、クロエ。


「それは……仰る通りですけれど――(どこにそんな準備があるのかしら?)」


 クロエは二人の疑問にわざわざ答えることはせず、黙って左手を広げてタレットに翳すと、手を触れることなくそれを持ち上げた。同時に右手は残りの3台のタレットに向ける。するとクロエの殊能によって、最初の1台は先程クレトの刀を作った時のようにバラバラと分解し始めた。


(物体操作――?)


 更にクロエは右手を払う様にして、3台のタレットを同時に操作して運動場の隅に移動させると、今度は左手でパーツを変形させて、瞬く間にサブマシンガンとリボルバーを1丁ずつ組み上げていく――その様は、まるでオーケストラの指揮者の如くである。


「な――!?」と、シキは言葉を失った。


「凄い……。操作・変質・変形の殊能を同時に行うなんて……」


 コノエは、ネームドが最低三人は必要であろう芸当を事も無げにこなすクロエに、単純に感動してしまった。


「天夜、お前はそれを使え」


 滑るように飛んできたサブマシンガンをシキが受け取る。


「は、はい……(多重顕現者なんてのがマジでいるとはな。しかもこりゃ最新式のPFAピーエフエーじゃねえか)」


 シキが受け取ったそれは、軍の特殊部隊で採用されているPFAという特殊規格シリーズの兵器であった。一つ一つの独立したパーツ(バレル、レシーバー、ストック、グリップ等)は全て薄型の長方形でデザインされており、それらを用途に合わせて自由に組み換え可能な可変汎用銃器である。

 シキの手にあるPFAは、長方形の一部をくり抜いたところにグリップがあり、上部には細長いモニタースコープ。横からの外観は凸の字に近い。そして火薬を必要としない電磁投射式の弾丸は、シンプルな直径2.4ミリ球体で、1弾倉マガジン当たり200発という自動小銃サブマシンガンとしては脅威的な装弾数であった。


「私はこれでやる」


 一方それに対するクロエが手に持ったのは、博物館に展示されているような骨董品リボルバー


「私のはペイント弾、天夜おまえのは実弾だが、構わず撃っていいぞ。それとだ。主義だからな」


 そう言って彼女が込めた弾丸は、たったの2発だけであった。つまり――。


(1人1発で充分、てことかよ?)


 クロエは振出式弾倉シリンダーを横からしっかり押し込むと、不敵に嗤った。


(白峰先生……とんでもない自信。でもいくらなんでも、私たち二人を相手にというのは傲りだと思います!)


 コノエは声には出さずとも、自身のすぐ傍に六角形の光の障壁を出現させることで、その戦意を示す。


 グラウンドを取り囲む電磁防壁が張り巡らされる。その中スタンドの最前列に座るシュンとクレトは、黙ってその顛末を見守っていた。

 かつてウイングズでクロエの部下として、その恐ろしいまでの力を目の当たりにしてきた八重樫シュン。学園ネスト最強と称されながら、クロエの前に成す術も無く屈した神堂クレト。――その二人の表情には、彼女を気遣う様子は微塵もなかった。


 運動場の真ん中に並び立つコノエとシキ。相対するクロエとの距離は15メートル。


「どうした? 遠慮はいらんぞ。いつでもかかってこい」


 クロエは銃を構えもせず、両腕をダランと下げて直立して待っていた。剣の達人であるユウもそうであったが、戦いにおいて極みと呼べる域に達していると、一対多の場合などは構えないのが理想形なのである。或いは自然体こそが、あらゆる状況に対応出来るよう最適化されたひとつの構えとも云えた。


 シキがその飄々とした顔に、微かな苛立ちをみせる。


(いくらなんでも、リボルバーにたった2発の弾でネームド俺ら二人ろうってのは――)


 サブマシンガンの側面に付いた安全装置セーフティを素早く解除するシキ。


「ナメすぎだろーよっ!」


 初手から意表を突いて、シキは自分の頭上を薙ぎ払うように銃を掃射すると、直後に殊能『オレルスの弓』を発動した。

 扇状に発射された弾丸は空中で軌道を変えながら反転し、クロエの頭上から降り注ぐ。その弾幕は彼女の立つ位置を精確に貫いた――。


「なにっ?!」


 ――はずだった。


 クロエはその場から一歩も動いてないにも関わらず、弾丸は全て彼女の足元に着弾。クロエには1発も当たっていなかった。

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