EP10-5 ランクA
「?!」
しかし粉々になりかけたビル群は一旦空中で静止し、そして逆再生される映像の如く、徐に巻き戻されていく。その不可思議な光景の中に、リアムは複数の黒スーツを着た者達が立っているのを見た。
「…………」
サラを片手で抱えたまま空へと飛び上がったリアムは、そのスーツの集団を訝しげに見つめる。するとその中の一人の男性が口を開いた。
「亜世界ジャスティスフィアのリアム・ヨルゲンセンだな。貴様はディソーダーとして認定された。我々と一緒に大人しく――」
言いかけている途中で、リアムの瞳から放たれる
「うわっ!」
黄金の光の筋は横に薙ぎ払われて、彼らの周囲のビルまでも切断した。熱線で断たれた建物は崩れかかった後に、その領域を包む視えない力によって復元される。だが直撃を受けた規制官――それは言うまでもなく
「マルクス! こいつ――!」と他の規制官。
想定を遥かに超えた攻撃力に戸惑う彼らを後目に、リアムは興味無さげな顔で、爆音と衝撃波を残して遥か彼方へと飛び去っていった。
***
青空の下に聳える雪山。それを見下ろすリアムは、眼から発したビームによって山頂の一部を丸く切り取る。立ち昇る蒸気と破壊の衝撃で巻き起こる雪崩など意に介さぬ様子である。
彼は切断した隙間に潜り込んで、逆円錐形に切り抜いた巨大な
「サラ……君がいつか来たいといっていた山だ。ここからならオーロラが観える……」
プロポーズした時の服のままであるリアムは、ジャスティスのコスチュームである赤いマントで彼女を包み、その亡骸をどこからか運んできた棺桶に大事そうに寝かせる。そして自身の残りのコスチュームと、かつて彼女から貰ったペンダントを棺に入れて蓋をした。
「もうこの星に未練は無い――」
リアムはそう言って
「………………」
上空に佇みながら哀しみに暮れた顔で暫く景色を眺めるリアム。するとそんな彼に、今しがた蓋をした山頂から声を掛ける者があった。
「それで満足か? リアム・ヨルゲンセン」
「…………」
リアムが無言で見下ろすと、そこには一体いつどうやって現れたのか、黒いスーツを着た黒髪の女性の姿があった。
「君たちは何者だ……? 街でも見かけたが」とリアム。
「私はクロエ・白・ゴトヴィナ。
「ウィラ――? 新たな
「いや、私は
「ルーラー? ……まあ何でもいい。私はもうスーパーヒーローではない。――サー・ジャスティスは死んだんだ……」
サラとともにジャスティスの衣装も葬った彼は、力無くそう呟く。するとクロエ。
「
そして彼女がジャケットから取り出した拳銃を向けると、リアムは憮然とした表情で言った。
「……君は私の正体を知っているんだろう? 銃など無駄だよ」
クロエは「そうか」と言って躊躇いなく引き金を引く。――轟音とともに発射された弾丸が、リアムの肩を貫通する。
「ぐっ!?」と仰け反って、ついぞ味わったことの無い激痛に肩を抑えるリアム。
「
そっと手を離して見ると、掌には真っ赤な血がベッタリと付いていた。そして目の前の女性はどうやら只者ではない、と認識を改めた彼の眼に闘志が宿る。
「――ここでいいのか?」とクロエ。
その台詞は『恋人の墓標を戦場にしても構わないのか?』という意味であった。
「いや、場所を変えたい」
怒りを抑えながらそう返したリアムは、凄まじい速度でもって更に北へ飛び立つ。山々や農村を瞬間的に飛び越えて、間もなく辿り着いた場所は、見渡す限りの氷の平原――真横から射す陽光が極寒の極地をキラキラと輝かしている。
青白い大地に降り立ったリアムが振り返ると、既にそこには平然と立つクロエの姿があった。
(どうやってついてきたんだ……?)という彼の疑問はさておき、クロエは無表情で語り掛ける。
「お前はランクAのディソーダー。PAだけ見れば一等規制官レベルの危険な存在だ。……大人しく私とともに来い」
「君の言っていることは理解できないが、私が行くべきところなどもう何処にも無いし、行くつもりも無い。帰ってくれ」
「そうか。ならば殴ってでも連行させてもらうとしよう。頑丈そうだから多少手荒でも構わんな?」
「何を――」
とリアムが言いかけた瞬間に、彼の目の前からクロエの姿が消えた――と同時に横から彼女の拳。リアムの身体は水平に飛ぶミサイルの如く、遥か彼方に吹き飛ばされた。数百メートル先に転がされて、雪氷の煙を上げる。
「……な……ごふッ」
地面に這いつくばって、上体だけを起こしたリアムの口から吐き出される血――真っ白な氷の地面が鮮やかに染まった。彼は生まれて初めて味わう拳の痛みに驚きつつも。
(なんて威力だ……人間ではないのか)
銃の威力はともかく、クロエ自身はどう見てもただの人間――それも美しき女性であった為、正直のところリアムは彼女をナメていたのであった。
しかしフワリと浮遊して起き上がったリアムは、体勢を整えると、胸を張るようにして堂々たる構えを見せた。
(ならば本気で――!)
女性に危害を加えるなどというのは、ヒーローという立場を捨てた今ですら躊躇われる――しかし、クロエの圧倒的な力を見せつけられた以上、そんな余裕を見せている暇などなかった。
リアムは悠然とした動作で遠くから歩いてくるクロエを見据えると、一旦その瞳を閉じる――瞼の隙間から漏れ出す黄金の輝き。そしてその光る眼をカッと見開くと、太陽の如き眩い閃光はすぐに細く集束して、金色のビームとなる――氷の大地を細長く蒸発させながら、二条の破壊光線が一直線にクロエの顔面を捉えた。
しかしそこには何の手応えも存在しなかった。弾かれる様子も爆発したり燃えたりする反応すら無いのである。
「?!」
なんとリアムの眼から発したビームは、そのままクロエの瞳に吸収されていた。そして彼女はそんな状態で平然と歩いてくる。
リアムは「くっ」と直ちに照射を止め、攻撃を肉弾戦へと切り替えた。
その場から飛び出す彼の初速は音速を優に超え、スタート地点の地面を粉々に砕く。その激震よりも速くクロエに到達したリアムは、刹那の超加速を加えた、隕石すら砕く破壊力のパンチ。――それが片手で受け止められる。
「なにッ?!」と驚いたリアムの表情が、直後に苦痛に歪んだ。
クロエは止めた彼の拳を、この星のどんな物質よりも硬いとされる骨ごと、難無く握り潰したのである。
「――っッッ!」
悲鳴や叫びこそ上げぬものの、リアムは歯を食いしばり顔をしかめた。そしてクロエは合気道の達人よろしく、軽い手首の返しだけで彼に両膝を突かせる。
「その程度か?」とクロエ。
微塵も表情を崩さぬ彼女の涼し気な顔を、リアムは悔しそうに見上げながら訊く。
「……ぐっ……君は――一体何者なんだ……?」
すると。
「言っただろう? 私は規制官――世界を護る者だ」
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