第二章『正義の鉄人、黄昏の吸血鬼』

EP10. *Super Hero《無敵の超人》

EP10-1 正義の体現者

 ――2267年12月。

 RJ−6『正しき守護の世界ジャスティスフィア』/衛星軌道上――


 大自然の景色を前にするといつも、その圧倒的なスケールに神の御業を想起せずにはいられない。そして同時に、人間じぶんの生の儚さや無力さを痛感させられる――宇宙飛行士のデヴィッドは、よくそんなことを口にする。


 衛星軌道上にある国際宇宙ステーション付近。EVA船外活動を行うデヴィッドはISSステーションの実験モジュールの壁面にフンワリと辿り着くと、宇宙服のマイクを通して仲間にまた同じことを言った。すると停泊しているスペースシャトル内のアリッサが応えた。


「同意だわ。場所それが宇宙空間で、景色みわざが地球という奇跡の塊なら、その感慨は尚更よね。でも神様は宇宙のゴミ掃除まではしてくれないわ」


 抵抗の無い宇宙では、飛来する数センチの大きさの破片デブリですら人間やその建造物の脅威となる。デヴィッドが今行っているのは、正にその小さな脅威によって破損した、国際宇宙ステーションの修理作業であった。

 スペースシャトルから運び出した予備の電源装置を、モジュールの老朽化した装置それと交換しているのである。


「ケーブル接続完了――どうかな?」


「――問題無しよ。お疲れ様、デヴィッド」


 アリッサの優しい声を聴きながら、デヴィッドはISSの小さな窓から手を振る乗組員の姿を見る。


「お疲れ。じゃあシャトルに――」


 戻ろうと彼が振り返った瞬間、超音速のデブリが彼の腕を掠め、背中の推進装置まで破壊していった。――宇宙服にも僅かに穴が空く。


「デヴィッ!」と、アリッサの悲痛な叫び。


 宇宙服から漏れ出す空気――デヴィッドは焦燥に駆られながらも、腰に付けた修理用の銀のダクトテープを咄嗟に引き千切った。それを大急ぎで袖に空いた穴に貼り、さらにテープでその腕をグルグルと巻く。


「だ――大丈夫だ……」


 乱れた呼吸でヘルメットが曇り、また急速に晴れる。気圧とともに宇宙服の中の温度も大分下がっていた。


「すぐに戻って。EVAは中断よ」とアリッサ。


 彼女の言葉に従って、デヴィッドはもう1つ交換する予定だった電源装置の予備を持ってシャトルに向かう、その時である――。

 デヴィッドの横を背後から通り抜けた新たなデブリが、シャトルの尾翼を派手に吹き飛ばした。思わず身を竦めた彼の横を、更に数個のデブリ達が通り抜け、シャトルの荷物庫部分カーゴブロックを弾丸の如く貫いた。


「アリッサ!」と、今度はデヴィッドが叫ぶ。


 シャトルの内部では計器類がアリッサを煽る様に騒ぎ立てている。彼女は衝突の衝撃で体を打ちつけられながらも、その痛みと音にシャトルの命運を悟り、迷わず脱出装置に乗り込んだ。

 デヴィッドの目の前で、エメンタールチーズの様に穴だらけになったシャトルから、三角コーンの先端を切り落とした様な形の脱出装置ポッドが飛び出す。しかし本来この装置は宇宙空間で使用する物ではなかった。気密性はともかくとしても、耐熱性に優れた物ではない。

 アリッサの乗ったポッド苦し紛れの一手は、予期せぬ慣性モーメントを得て地球へと落下していく。


(あのままでは脱出装置アリッサが――)


 大気圏に突入した際に発生する断熱圧縮による熱の壁の中で、彼女はポッドとともに焼け死んでしまうだろう――しかしデヴィッド自身も、今や他人の心配をしている余裕など無かった。

 推進装置が使えない彼の帰還手段は、シャトルに繋がる命綱だけであったが、そのシャトル自体が既に破壊されているのである。果たして壊れたシャトルに命綱を引っ張られ、彼は唯一避難出来そうなISSから遠ざかっていた。


 デヴィッドは不規則に震え回る手で何とか綱を結ぶハーネスを外したものの、慣性は無情にも彼の身体を徐々に虚空の彼方へと導く――。


「嗚呼っ! くそっ、どうにか……なんとかして――」


 しかしそうやって足掻く彼の視界に、眼下の青い星から飛来する小さな白い影が映った。


「――?」


 その影は信じられないスピードで上昇してきた。余りの速さである為、デヴィッドがその影の正体に気付いた時には、既に彼の身体は『彼』に抱きかかえられていた。


「サー・ジャスティス!」


 デヴィッドと、それを見ていたISSの乗組員も同時に叫んだ。

 彼を助けたのは、筋骨隆々の逞し過ぎる体躯を白い全身タイツで包んだ若い男性であった。

 ――年齢は20代後半。髪の毛は金色のミディアムカールで、瞳は穏やかなスカイブルー。凛々しい目鼻立ちと太い顎。黄色いロンググローブにロングブーツ。足首まである長い真紅のマント。胸には薄雪草エーデルワイスの雄しべを剣に見立てた黄金色のシンボルマーク。

 彼はこの世界最強にして全人類の希望の星、スーパーヒーロー『サー・ジャスティス』であった。そしてこの時の彼の本名は、リアム・ヨルゲンセンという名である。


 サー・ジャスティスことリアムが、落ち着き払った様子でデヴィッドに微笑みかけると、彼はホッと胸を撫で下ろした。『彼』が来てくれたからには、もう何も心配する必要などなかったのである。

 リアムがISSにデヴィッドを連れていき、気圧調整室エアロック出入口ハッチを軽くノックすると、すぐに扉が開かれた。彼を乗組員に預けるとリアムはすぐさま踵を返し、アリッサが乗るポッドを追う――その速さは、初速で脱出装置の落下速度の100倍以上。デヴィッド達の目には殆ど瞬間移動にすら視えた。



 ***



 脱出装置内の温度計が摂氏60度に差し掛かろうというところで、苦しそうに息を上げるアリッサは己の最期を覚悟した。しかし急に――ポッドの落下速度が緩やかになり、それに合わせて温度も下がり始める。

 アリッサが何事かと困惑していると、ポッドの横の小さな丸窓をノックする音が響いた。


「ああ――!」と、アリッサが感激の余り涙ぐむ。


 そこには爽やかなリアムの笑顔があった。彼女は神とその正義の鉄人スーパーヒーローに心から感謝した。――やがて、地獄の落下から一転して頼もしい遊覧飛行へと移ったポッドは、たなびく赤いマントとともに最寄りの空軍基地へと着陸した。

 ポッドから飛び出たアリッサがリアムに抱き着いて、際限なく感謝の言葉を並べる。そこへ基地の軍人達が集まってきて、皆のスーパーヒーロー、サー・ジャスティスの栄誉を称えた。空軍兵士の一人が自前のモバイルフォンのカメラで、その感動の場面ワンシーンを捉えると――その写真は翌朝の新聞の一面トップを飾ったのであった。

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