EP10-2 盲目の老人

 ――『サー・ジャスティス、宇宙飛行士を救う!』――


 その見出しの付いた新聞を、害虫を見つけたかのような勢いで机に叩き付ける男。


「まったく……ジャスティス忌々しいバケモノめっ!」


 毒づく男の名前はギール・オルセン。42歳。――歩くのも難儀そうな太った体。栗毛色の長い髪を整髪料でガチガチに固めたオールバック。汗染みの白いワイシャツを着て、茶色いチェック柄のスラックスをサスペンダーで止めている。頬に餌を貯め込んだ不機嫌なリスの様な顔で、極端に偏った見方をすれば愛嬌が無いとも云えないが、どうにも眼つきが陰険過ぎて、女性受けするかと問われればそんなことはないと断言出来る。

 彼はこの亜世界『ジャスティスフィア』において、ヴィランと呼ばれる悪の天才科学者(自称)であった。そしてスーパーヒーローであるサー・ジャスティスを一方的にライバル視しているのである。


 ギールが居るのは、都市からは大分離れた小さな町外れにある自分の会社――『オルセン商会』。建物は古くはないが、整理整頓という言葉とは無縁な、60平方メートルの事務所用途の一室。ちなみに会社といっても当然、悪の天才科学者(自称)が決まった商いで生計を立てているはずもなく、悪巧みに利用するだけの名義会社隠れ蓑である。

 彼の趣味しごとは専ら、自作の戦闘マシーンや科学兵器などを使って、サー・ジャスティスことリアムに下らぬちょっかいプライドを賭けた戦いをすることで、その度に返り討ちにあっていた。


 ギールが独りで悪態をそこら中にバラ撒いていると、部屋のインターホンが鳴った。


「お、ピザ屋の奴、今日はいつもより速いな?」


 彼は15分程前に好物の宅配ピザを電話で注文したところであった。

 しかしギールが嬉々としてインターホンのモニターを見てみると、そこに映っていたのはピザ屋の配達員ではなく、白い全身タイツを着た逞しい男の姿であった。『彼』はギールが覗くカメラに向かって、気さくに手を振る。


「クソッタレ!!」


 そのリアムが映るモニターに向かって唾と汚い言葉を飛ばして叫ぶギール。そしてモニターが取り付けてある壁の下の方を、単語を一つ発する毎に、短い足で蹴った。


「なんで! あの! 野郎が! また! ここに!」


 その間も嫌がらせかと思うほど、しつこくインターホンのチャイムが鳴らされ続ける。


「うるせぇぇえっ! ――何の用だッ!? この野郎!」


 堪りかねてインターホンのマイクに向かい怒鳴るギールに、あっけらかんとしたリアムが答える。


「やあ、ギール。少し訊きたいことがあるんだが――」


「星に帰れ、宇宙人がっ! そして二度と来るんじゃねえ!」


 そう言ってギールがモニターを切ると、再びチャイムを鳴らすリアム。だがしばらくすると、その音が止んだ。


「ふぅ……やっと帰りやがったか――」と、ギールが落ち着いたのも束の間。


 いきなり入口からバガンッ!という重たい音――ギールが耳を塞ぎながらそちらを見ると、鉄のドアの真ん中には黄色いグローブが生えていた。そして蝶番が弾け飛ぶと同時に、ドアは折れ曲がりつつ丸ごと引き抜かれた。

 それを無造作に外に投げ捨てて、代わりにリアムが顔を出す。


「おはよう、ギール。少しいいかな?」


「いいわけねえだろ! テメェがそのドア壊すの何回目だと思ってやがるんだっ?!」


 怒鳴り散らすギールの問いに、リアムは腕を組んで片手を顎に当てて、数秒考えてから答えた。


「――3回だったかな?」


「8回目だ、バカ野郎!」と、ギールがデスクの上のコーヒーカップを投げつけた。


 カップがリアムの胸に当たって砕け散る。


「それは悪かった。でも君が素直にドアを開けてくれないからだ」とリアム。


「この前はいきなりブチ破りやがったじゃねえか」


「そうだったかな……?」と恍けて見せるリアムに、今度はコーヒーメーカーが飛んだ。


 一頻り思い付く限りの文句を言い終えると、汗だくになったギールはデスクの椅子に図体を投げ込んだ――ミシミシと背もたれが悲鳴を上げる。


「で――何の用だ? 訊く事聴いたらさっさと帰れよ? お前の顔なんぞ見たくもねえ」


「ありがとう。……実は2週間程前から起きている連続銀行強盗なんだが――」


「俺じゃねえぞ?」


「解ってる。君に訊きたいのは、その犯行に使われた道具だ」


「道具だと?」


「ああ。金庫の電子ロックが難無く開けられている。……監視カメラのデータも同時に改竄されているらしい」


「ふーん、そりゃ大したもんだが……俺はそんな小賢しい物は作らねえよ」


「そうか」と、深く考え込んでからリアム。


「何か心当たりは――?」


「ねえよ。……ん? あ、いや、ちょっと待て。そういや一月ぐらい前に変な男がここに来て、発明の手助けをしたいとか言ってやがったな。何でも出来る機械がどうとか――まあ、からすぐに追っ払ったが」


 どの口が言うのだ、という感想をリアムは抱きつつも。


「……どんな男だ?」


「顔ははっきりとは憶えてねえが、ジジイだ。目が視えねえ様子だったぜ? かなり年食ってたようだが、その割にはしっかり歩いてやがったな」


「盲目の老人か……。――分かった、ありがとう」


 そう言ってリアムはギールに背を向けた。素晴らしく風通しの良くなった入口から出る前に「ああそうだ」と振り返って一言。


「もう少しダイエットした方がいい」


 分厚い本が宙を走る。


「放っとけ! とっとと帰りやがれ!」


「じゃあまた」と、轟音とともに飛び立つリアムを、いつもより遅くやって来たピザの宅配員が物珍しそうに見送っていた。



 ***



 月が翳る深夜2時過ぎ――眠りについたビル街。

 黒い大型の箱車フルサイズバンが、電動モーターの甲高い音を静かに響かせて、銀行の裏手に止まった。運転席と助手席に目出し帽を被った男達、そして荷台には三人の仲間。計五人の強盗団である。荷台の中には大きなアタッシュケースが8個と、パソコンが1台、それに接続されたモニターが2台。

 後部ドアが開くと、男の一人が4枚翼の遠隔操縦機ドローンを持ち出した。ドローンには小型のカメラと黒い小さな箱が搭載してある。男がドローンのスイッチを入れ、小さな羽音を響かせてそれが飛んでいく。荷台の片側のモニターには、ドローンが視る映像が映し出されており、男はその画面を確認しながら、慎重に慎重に、手元のゲーム用コントローラーでドローンを操作している。他の男達も固唾を飲んでそれを見守った。


 点々とした外灯を跨いで、危なげない動きでドローンが銀行の裏口に到着――そこの出入りを監視する防犯カメラの前にドローンを寄せると、操作している男はコントローラーの赤いボタンを押した。するとドローンの積んでいた箱が青く光り、監視カメラの動作ランプが一瞬点滅した後、荷台のもう1台のモニターに、監視カメラの映像が映った。


「よし、ハッキングに成功したぞ」


「スゲぇな、本当に一発じゃねえか」」


 別の男がモニターの切り替えボタンを押すと、銀行内に設置されている他の監視カメラの映像も洩れなく確認することが出来た。――営業を終えた銀行内は暗く、動くものは何一つなかった。

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