EP2-8 違う景色
「いきます!」
ユウは宣言し、凄まじい瞬発力で跳び上がると、落下の勢いとともに右手の銃で斬りかかった。
「つえぇぇぇいッ!!」
剣の間合いで振り下ろされる銃。その攻撃は見事に――。
「――あれ?」
空振りに終わった。
振り切ったユウの手にあるのはやはり紛れも無いハンドガンであり、当然その短い得物が剣の間合いで届きようはずもなかった。
「………………」と、無言で振り返りクロエの顔を見る。
「どうした?」とクロエ。
「クロエさん……やっぱり僕には――でも、もう少し時間をくれればきっと……」
「甘ったれるな」
懇願するようなユウに、クロエはピシャリと言ってのける。
「これは練習をしているのではない。お前の適性を判断する試験をしているんだ。時間の猶予や次の機会など有り得ん。今この場でできないなら、お前には規制官になる資質が無いというだけの話だ。そしてもし仮にここが現場であったなら――」
クロエは手にしていた銃を上げ、その銃口をユウへと向けた。
「お前は死ぬだけだ。
「な――!?」と戸惑うユウに、クロエは冷徹な眼差しを突き刺す。
「
「く、クロエさん、銃を下ろしてください。なんか本当に撃たれそうな気がして――」
先程クロエが放った弾丸の威力を知ったユウは、身振り手振りで彼女を制しようとした――が。
「撃たれそう、じゃない。撃たれるんだよ」
「え――?」
次の瞬間、クロエは一切の躊躇いもなく引き金を引いた。
「っ!?」
――銃声に重なる甲高い金属音。
「…………」
沈黙の銃口の先にあったのは――白銀の剣。それを斜めに構えたユウの姿。彼は「あっ……」と、自身でも驚きを隠せぬ様子で声を洩らした。
「できるじゃないか」とクロエは微笑んで、拳銃を懐へとしまう。
脳と身体に刷り込まれた経験から咄嗟に剣で身を守ろうとしたユウの手にあったのは、当然の如く彼が愛用していた魔法の剣であった。
彼は無意識のうちに刹那より短い時間で銃を剣へと変化させ、その腹で銃弾を弾いたのである。そしてその身のこなしと人間の常識を超えた反応速度もまた、剣と魔法の世界の勇者であればこそのものであった。
「え……、あっと――できました」
当惑しながらも恥ずかしそうに頭を掻くユウに、クロエは「もう一度やってみろ」と鉄板を顎で示した。
「――はい」
ユウは板へと向き直ると、慣れ親しんだ剣の柄の感触を確かめるように握り直し、深呼吸――。
「ふッ」と息を吐くと同時に、目にも止まらぬ速さで超高速の多段斬り。けたたましい斬撃音の後に、超々硬度の金属板には深い傷がいくつも刻まれていた。
「まだです」
そう言うとユウは、指先に灯した小さな魔法陣を剣の根元から切先に向かってなぞらせる。それに応じて白銀の剣は輝きを増し、パリパリと青白い放電を纏う。
ユウは真価を発揮した魔法の剣を水平にし、腕を交差させて脇腹近くに構えた。そして気合いとともに真横に薙ぎ払う。
「せあッ!」
剣は澱みなく板の中心を
***
――源世界/世界情報統制局『WIRA』/統制室――
白い部屋の真ん中には、真新しい黒いフォーマルスーツに身を包んだユウ。局長のジョルジュと対面する彼は背筋を伸ばし、緊張の面持ちで直立している。部屋の隅の壁際にはクロエがひっそりと佇み、微笑みを隠しながらもその様子を見守っていた。
「それでは本日10:00をもって、登録名ユウ・天・アルゲンテアを、世界情報統制局所属の第三等規制官として任ずる。――頑張ってくれたまえ」
ジョルジュが差し出した手にユウが握手で応えると、彼は小さな黒縁の箱をユウに手渡した。それは以前にリアムが見せてくれた元素デバイスの点眼器であった。
「これは規制官用の元素デバイスだ。結合手術を受けるまではこれを使いたまえ」
「はい。ありがとうございます」
「君が一等規制官――ルーラーを希望していることは承知している。険しい道程だとは思うが、彼女は『
そう言ってジョルジュは隅にいるクロエに目をやった。ユウも振り返って彼女を見る。
(クロエさんが……)
「
再び固い握手をすると、ジョルジュはユウの肩をポンと叩いてから退出を促した。
クロエと二人揃って「失礼します」と挨拶をして統制室の壁を抜けたユウは、相変わらず何も無い真っ白な壁だけの廊下で、嬉しそうに元素デバイスの箱を眺める。黒い枠に縁取られた透明な箱の中には青い液体が入っており、側面には数ミリ程度の小さなレンズ状の半球体が埋め込まれていた。一見すればそれは、文字通り彼の知る
「クロエさん、これ使ってみてもいいですか?」
「ああ。――使い方は解るか?」
「……? いえ、解らないです」
「横にあるレンズを瞬きせずに1秒見ていろ。右利きなら右眼でな」
そのクロエの指示通りにユウがレンズを見つめていると、箱のレンズから彼の瞳に向かって一瞬だけ青い光の筋が照射された。瞳に違和感を覚えたユウは何度か瞬きをする。
「…………? 何も起きないんですけど?」
「最初の任意起動は
クロエは人差し指と中指を揃えて、自分のこめかみに当てて見せる。ユウがそれに倣うと、その右眼が青く光ると同時に彼の視界は一変した。
「わあ! 凄いですね、これ!」と、ユウは興奮した様子で辺りを見回す。
殺風景だった白い廊下の上半分はガラス張りの如く透明になり、そこにはズラリと部屋が並んでいた。中が視えるようになっている部屋では、休憩スペースらしきところで談話している人間や、取り調べのような会話をしている人間、熱心に何か粘土のような物体を手も触れずに捏ねている人間など様々――。
空中には半透明の案内標識が浮いており、頻りに色々なアナウンスが流れていた。そしてユウが遠くで会話をしている者達に焦点を合わせると、彼らの話し声までも聴くことが出来た。
(これが源世界――クロエさんたちが視ている世界なんだ……)
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