EP11-9 ロマの告白
宵空の霧の中へと消えたレイナルドとロマは、そのまま月明かりの空を数時間ほど飛び続け、やがて林に囲まれた湖畔にある小さな教会へとやってきた。
石造りの教会は古く、壁の所々が風化していたり、入口の庇の柱が腐っていたり、また横の大きなステンドグラスにはヒビが入っていたりもした。見るからに酷い有り様ではあった。しかし扉に掲げられた銀の十字架だけは細部に至るまでキッチリと磨き上げられていた。それはつまり、ここがどれほど寂れた場所であっても熱心な信仰者が居るという証であった。
赤い翼を静かに畳んでフワリと舞い降りるレイナルド。その腕からロマを降ろす。
夜明けまでの時間はまだ充分に残されていて、たとえその教会に誰かが住んでいたとしてもまだ眠っているであろうと思われた。しかしレイナルドらの到着から間もなく、示し合わせたようなタイミングでその扉が開く。
「おお、レイナルド!」
と中から姿を表したのは、老いた神父であった。――上は禿上がり横と後ろ髪は真っ白な頭。皺ばんだ顔は柔和でその瞳は優しい。
「……エルマン……」とレイナルド。
そう呼ばれた神父は、手にした小さなカンテラでもってレイナルドを照らした。彼のその姿は全身が血に塗れていて、エルマンは痛々しいその様を哀れむように見る。
「何だか胸騒ぎがして出てきてみれば、まさかお前さんとは……しかし何という怪我じゃ」
彼はまだ夜更けであるというのにきちんと
「一体何があったというんじゃ、こんな夜中に――いやお前さんなら夜中の方が何かと都合がいいのかもしれんが……」
「傷の治りが……遅い……。それに――」
レイナルドが差し出した鎌を受け取ったエルマンは、その刃をカンテラの揺らめく灯りの中でまじまじと見る。
「刃が欠けておるな……これほど強化された黒銀が」
それは無論、マナの『ヘイムダルの頭』との僅か一合で被った損害である。
エルマンは「とりあえず中に入りなさい」と二人を教会の中に案内すると、燭台に火を灯し、レイナルドらを長椅子に座らせた。
「お前さんがここに来るなど何事かと思ったが、そういうことじゃったか」
「……直せるか……?
「なんじゃお前さん、真祖とやり
であれば黒銀の鎌がこの様に傷んでもおかしくはない――と思うエルマンであったが。
「……いや、それは……別の奴だ」
「なんと……。真祖以外にこれを破壊できる吸血鬼がおるとは」
エルマンは
「あの人は吸血鬼じゃないわ」
「んむ? ――レイナルド、この娘は?」
エルマンが問うとレイナルドが口を開くよりも先に本人が答える。
「私はロマ――」と言ったものの首を僅かに横に振ってから、ロマはレイナルドに向き直った。
「いえ、私はアーシャ。……アーシャ・春・ハイダリというのが私の本当の名前」
「……?」と、訝しげに彼女を見るレイナルド。
「ごめんなさい、レイ。騙すつもりはなかったの。でも本名を口に出せば『その情報から足がつく』とあの人――メベドに言われていたから……」
「どういう……ことだ……?」
レイナルドは疑問を口にしたが、隣で聴いているエルマンはそもそも何の話かすら解らない、といった様子。
「いいわ、最初から説明するわね。――私はそもそも、この世界の人間ではないの。別の次元にあるルナインダス共和国という国からやってきた、異世界の人間なのよ」
「…………」
突拍子も無いカミングアウトをされ、理解が追い付かず固まる二人。
「この世界――私たちは『ダークネストークス』と呼んでいるけど、私はパパやママと一緒にこの世界の視察に来たの。……実際には観光旅行みたいなものだったけど。そしてその途中で出会ったのよ……メベドという人に」
レイナルドとエルマンは、とりあえずは聴いてみなければという面持ちで、彼女の次の言葉を待った。
「――あの人は何故か私がこういう亜世界に憧れていることを知っていて、私に言ったの。『願いを叶えてあげる代わりに、協力して欲しい』――って。当然最初は凄く怪しいとは思ったわ。だけどどうせ私は源世界に戻っても、また退屈で無意味な人生を送るだけだと思ったから……だからあの人の言う通りに――」
するとレイナルド。
「……あの男は……お前に何を……?」
「別に大したことではないわ。ただレイ、貴方と一緒に旅をして、『彼らの行く末を最後まで見届けて欲しい』って言われたの。それだけよ」
(見届ける――? 何を……? 俺が真祖を殺す、或いは真祖が俺を――か?)
「それと2つ注意を受けたわ。1つはなるべく感情を表に出さないこと。多分はしゃぎ過ぎて人目を引くなってことだと思うのだけれど。それともう1つは、私の世界の単語を口にしないこと。この理由はさっき言った通りだけれど、規制官が探しに来ているのなら、もうきっと無駄なことだわ」
「……規制……官?」とレイナルド。
「ええ。さっき貴方が戦った相手――あの白い髪で黒いスーツを着ていた女の人。自分でそう名乗っていたから間違いないわ」
「そのキセイカンとやらは何なのかね? 吸血鬼とは違うようじゃが」
「規制官は私たちの世界の人間で、この世界みたいなところを管理している人たちのことよ。
「ルーラー……?」
「ええ。ウィラの第一等規制官、ルーラー。世界の
「……
レイナルドとしては、准規制官のマナですら想像を絶する化物のように思えた。その上をいく存在など、文字通り想像すらつかなかった。
「准規制官なんて比較にならないわ。強いとか戦いがどうとかってレベルじゃないはずよ。もしルーラーに捕まったら、たとえ相手が神様であっても、神様であることすら許されない――そういう絶対的な存在なの」
その言葉にエルマンは「おお……」と振り返り、礼拝堂の正面に掲げ上げられた十字に向かい項垂れて、そっと十字を切った。
「神を否定する存在とは――そんなものは最早人間ではなかろう……」
レイナルドは無表情のままその姿を見つめる。
「だからレイ、もしさっきの人や他の規制官の存在を感じたら、迷わず逃げて。私を捜しているということはまだ見つかっていないということだから。私が見つかれば貴方も罰せられるかもしれない」
「………………」
レイナルドとしては完全にアーシャの巻き添えを食った形ではある。とは云えメベドの助言や彼女の持つデバイスによる吸血鬼探知は、彼の『真祖を倒し恋人を蘇らせる』という目的に多いに役立っていた。その為ここで彼女を見放したり、規制官に突き出すというような選択肢が彼の中に有り得ないのは事実であった。
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