EP7-2 ウイングズ

 キャンパス内に設けた指揮所へと向かう、ウイングズの白い軍服を着たクロエ。その軍服の胸から右肩に掛けては、金と黒の紐を交互に捩じった飾緒しょくちょが付いている。その二色が表す階級は無論『令外特佐』である。


(ディソーダーは学園関係者か、或いは学園や殊能に関わる何らかの事象を改変している。つまり目的は我々ではない。アイオードはたまたま見つかり攻撃された、と考えるのが妥当だろう。そしてあいつに調べさせていた例の計画――)


 クロエが合宿所にいる間、AEODアイオードからの報告で得られた情報は以下である。


 ――[『M計画』の正式名称は『第二次セカンド・ミラーズ・プロジェクト』というものでした。第一次計画は元々、ベクター・ランドとは無関係の殊能学者が独自に行っていたもので、その際の名称は『鑑計画かがみけいかく』です。しかしこれは17年前に凍結されています。記録は全て紙媒体であったようで詳細は不明ですが、断片的な情報から推測する限りでは、どうやら人工的に強力な顕現名帯者ネームドを生み出すことを目的とした人体実験であったようです。被験者の名前は鑑マリ、当時24歳]


 ――[鑑?]


 ――[はい。彼女はある殊能者から造られたクローン胚を移植されて妊娠し、それによって生まれた人間がプロタゴニストの鑑マナトです]


 ――[なるほど……。その『ある殊能者』というのは神堂クレトのことか?]


 ――[いえ。神堂クレトは異性一卵性双生児の弟として産まれましたが、出生時に姉の神堂マナは脳停止状態であったようです。その2年後に姉マナは死亡とありますが、極めて稀な双生児の殊能者ということで、遺体は冷凍保存されていたようです。クローンはこのマナの細胞から造られています]


 ――[ふむ。ということは鑑マナトは、神堂クレトのということになるのか――妙な関係だが]


 ――[そうなります。ですが鑑計画によって生まれた鑑マナトの出生時のNgLは神堂クレトに遠く及ばず、実験は失敗とされました。またこの計画は軍の極一部、主に塔金家の人間が秘密裡に行っていたもので、神堂家への情報漏洩を恐れた塔金家の人間は、鑑マリを口封じの為暗殺したようです]


 ――[……よくある話だな。それで、現在進められているセカンドプロジェクトの方は?]


 ――[計画凍結から数年後、塔金家に縁を得てLEAD研へと入ったベクター・ランドが、恐らく過去の資料から計画それを知り、何らかのヒントを得て再開したものと思われます。神堂クレトの採血も恐らくこの計画に関わることであると思われますが、今のところ用途等は不明です。ですが近くベクター・ランドが秘密施設に向かうという情報を得ましたので、今後はそれを追跡し調査を行います]


 ――[解った。任せたぞ]


 そういった会話が二人の間で行われており、そのAEODアイオードが調査中に失踪した今、クロエはこの大会で軍を使って網を張り、犯人を待ち構えることにした。また万一ディソーダーが暴れた場合、AEODアイオードに内蔵されたIPFアンプリファ無しでは被害が拡大する恐れがあり、速やかに生徒や関係者達を避難させなくてはならない、ということも考慮していたのである。


 指揮所の周辺を行き交う兵隊達は、遠目からでも良く目立つその白服と飾緒を見るや否や全ての作業を中断し、着衣を正して敬礼した。

 敬礼と視線の中をクロエが颯爽と突き進むと、グレーのストライプスーツを着たシュンが駆け寄ってきて彼女の隣に並んだ。


「やはり目立ちますね、白服それは」


「そのためのものだからな」と、クロエ。


 ウイングズの軍服がおよそ戦闘に不向きな白色であるのは、ある種の宣言に近い。即ち『ここにウイングズがいるぞ』という宣言である。戦闘に特化した超A級の顕現名帯者ネームドのみで構成されるウイングズは、その存在自体が軍事的役割を果たす。例えば「何処其処こにウイングズを派遣する」と公表されれば、その時点でその地域エリアの制圧は完了しているのと同義で、敵対勢力はそれを前提として動かざるを得なくなる。何故なら彼らを阻止できる武力など、どこにも存在しないからである。故に他国では「戦場で白服を見たら逃げろ」というのが、新兵が最初に教わる兵士の常識であった。


「あれがウイングズの白峰外佐か」


「うは、白服なんて初めて見たよ」


「すっげぇ美人だな……」


 ウイングズは極少数の精鋭部隊であり、また単独行動で各地を飛び回る為実際にその姿を見たことがある人間は少ない。初めて見るクロエの白服と噂に違わぬ美貌に、兵士の何人かは彼女が通り過ぎた後でひそひそと囁き合った。


 指揮所の天幕にクロエが入ると、中にいた全員が敬礼する。


「直れ」とクロエが言うと皆は手を下げた。そして一番奥の席にいた壮年の男が寄ってきて、戦闘帽を脱いで再び敬礼。


「SSF所属、加藤ヒロミツ大尉であります。初めまして、白峰令外特佐」


 ヒロミツの身長はクロエより少し高い程度だが、がっしりとした体格で横幅はクロエの倍近い。年齢は40代後半。色濃く日焼けた顔を綻ばせると目尻に皺が寄った。


「ウイングズの白峰だ。外佐でいい。よろしく頼むぞ、大尉」


 クロエが握手を求めると、ヒロミツは力強く握り返した。


(細い……軍人とは思えん手だ。これが伝説のフェニックス勲章者とは。殊能者は外見では判らんというが……しかし噂には聞いていたが、なんと美しい女性ひとだ)


 クロエの後にシュンもヒロミツと握手をして、挨拶を交わした。


「それで――」と、ヒロミツが切り出した。


「このような規模のイベントでわざわざ外佐から本部要請とは、どのような了見で? ……テロの可能性とはお聴きしておりますが」


「ああ」と、クロエは机に広げられた学園キャンパスの地図を見た。


「大尉、これはテロに対する警戒と考えてもらって構わない。……極めて強力な殊能者によるテロ――そう捉えてくれ」


「極めて強力な――なるほど、了解しました」


 クロエの言葉の重さを理解してヒロミツの顔が引き締まった。軍人らしく毅然とした意志の宿った眼に、クロエが満足そうに頷く。


「八重樫、お前も頼むぞ」


「はい。各学校の生徒と教員は勿論、今日ここへ来る予定者の名簿と顔は、全て認識済みです」とシュン。


 彼の殊能『クヴァシルの血』は、対象を視認するか顔写真とプロフィールを見るなどしてその存在を認識することにより、半径2キロ以内の対象の位置や状態を感知する索敵能力である。彼は昨晩クロエから今日の作戦の連絡を受けた後、夜を徹して全ての来場者をその対象として認識したのである。


「すまんな。私にそこまでの時間は無い。不審者や有事の際の逃げ遅れはお前の『クヴァシルの血』で特定し、私に連絡しろ」


「承知しました」


 相当な疲労があるであろうにも関わらず、シュンはそれをおくびにも出さずに笑顔で応えた。

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