EP9-7 皆との別れ

 学園ネスト第一校の広々とした正門前――。ベタ塗りの青空に威風堂々と立ち上がる白雲は、今だ夏を象った山脈である。


「もう行っちまうのか」と、マナト。


 大きな電動追走式のキャリーバッグを2つ傍らに置いたユウに、制服姿の彼が名残惜しそうにそう言った。


「うん、飛行機の時間があるからね」


 ユウは薄手で袖の無い白のパーカーにジーンズとスニーカー。


 ――規制官としての姿を見せてしまったクロエとユウは、マナトらに対して、実は自分達はウイングズ以外の更に特殊で機密性の高い組織に属している、と説明したのであった。そして確かにその言葉に偽りは無かった。だが無論そのことは他言無用であると言い含めてあり、他の人間には『またクロエの仕事の都合で海外に転校しなくてはならない』ということにしていた。


 正門前にはマナトの他にもクラスメート――『女湯ノゾキ隊』の名誉隊長ヒロ、剣道を辞めてボクシングを始めたトウヤ、最近益々女の子らしい可愛げが増してきたホノカ、不動流とは別に『菖蒲しょうぶ流』という新たな剣術を創立したアヤメ、軍隊ではなく医者になることを決意したらしいチトセ、相変わらず影は薄いがハッキリと自己主張するようになったリン、そして担任として再び皆からの信頼と敬愛を獲得したリコ。

 つまり1年Aクラスの全員が、その場にユウを見送りに来たのであった。


 リコがいつもの胡散臭い演技に磨きをかけて、ハンカチで目尻を抑える。


「あうあうぅ……せっかく仲良くなれたのにぃ、泣いてはいけないと解っていてもぉ、先生の目からは溢れる涙が――」


「全然出てねぇけど?」とヒロ。


 すっかり見慣れた寸劇まんざいを横目に。


海外向こうに戻っても、元気で筋トレやれよ!」と、トウヤ。


「――うん。筋トレはともかく、トウヤも元気でね」


 笑顔で返すユウ。


「あのさ……今更だけど、初日にキツいこと言ってゴメンね? まさかあんなに強い人間がいるなんて思わなくって」と、ホノカ。


「――気にしないでいいよ、朱宮さん。僕こそ空気読むの下手でごめんね」


「鑑君のお陰で剣士としての良い目標が出来ました。次に会った時には、必ずや1本取ってみせます」と、アヤメ。


「――僕も不動さんに負けないように精進するよ。新しい流派でも頑張ってね」


「短い間だったけどさー、なんだかんだ楽しかったよ。(でもノゾキはもうすんなよ?)」と、チトセ。


「――げっ(バレてた)……ぼ、僕も楽しかったよ、三城島さん」


「も、もっといっぱい……おは、お話……しておけば……ふぇぇーん」と、泣き出してしまうリン。チトセがよしよしとその頭を撫でる。


「――泣かないで、黛さん。……またいつか、どこかで逢えるよ、きっと」


 その場しのぎのようなありきたりの台詞ではあったが、ユウには本当にそう思えたのであった。

 最後にマナトとヒロが握手を求め、ユウがその手を強く握り返した。


「痛てててて、痛ぇよバカ。ゴリラかなんかですかお前」と、ヒロが大袈裟に騒いだ。


 ユウは苦笑いで「ごめん」と頭を掻いた。すると仕切り直しでマナト。ヒロと三人で肩を組み、小さな円陣を作る。


「じゃあ、またいつか――だな?」とマナト。


「うん、またいつか、ね」


「いつかノゾキを、だな?」とヒロ。


「それはもう止めとこうよ」


 そうして晴々とした爽やかな笑顔で友との再会を誓ったユウは、大きく元気に手を振って学園ネストを後にした。――その背中の、パーカーに描かれた模様を見送りながら皆は思うのである。


(なんでいつも犬の絵柄なんだろう――)、と。



 ***



 広大な砂漠と見える土地の真ん中に、のっぺりとした台形の建築物。コンクリート造。周囲一定範囲の地面も同じ様にコンクリートで平坦に整備され、短めの滑走路までもが併設されていた。建物の名称を示す標識が一切掲げられていないことから、その場所が何らかの秘匿性の高い、研究なり開発なりに携わる施設の入口であることは容易に窺い知れた。

 厳重な警備を施された入口の周りには、頑強な鉄柵と有刺鉄線――柵には『高電圧注意』と『進入禁止』。

 そして軍仕様の強化繊維でできたグレーの戦闘服を着た二人の歩哨が、物々しい雰囲気とライフルを携えて立っていた。砂を防ぐディスプレイゴーグルは、望遠機能の付いたモニターにもなっている。


「ん――?」


 歩哨の一人が、遠方から歩いて来る人影に気付いた――ゴーグルの横のつまみを回して、その姿を拡大する。


「なんだ、あいつは――?」


 歩いて来るのは一人の女性であった。――黒い髪は短めのボブカットで、黒いスーツの上に黒いロングコートを羽織っている。遠目にも判るほど整った顔と抜群の美体型スタイル


「おい止まれ、貴様! 所属を言え!」


 近付いてきた女性に向けて歩哨が銃口を突き付けてそう告げたが、彼女は一向に指示に従う様子がなかった。



 ***



 守秘義務などお構い無しに、XM1のデータと『M計画』の資料を根こそぎ持ち出したベクター・ランドは、早速新たな殊能兵器の開発に着手していた。


(神堂マナでは失敗したが、もっと強靭な精神を持つ殊能者――素人ではなく退役軍人や或いは犯罪者を素材にすれば……)


 地下の研究室で実験装置に囲まれながら、一心不乱に数式を書き殴るベクター。

 その部屋が地響きとともに揺れ、天井のコンクリートの欠片が、彼のデスクにパラパラと降ってきた。


「――?」


 施設はシェルターとしての機能も兼ねていた為、壁も扉も充分に厚かったが、部屋の外の状況を知らせるスピーカーからは銃声や爆発音が聴こえた。


「――戦闘? なんだ?」


 怪訝な顔のベクターが内線の通話機を取ろうとしたところ――。いきなり鋼鉄製の部屋の扉が、発破を仕掛けられたかの如く部屋の反対側の壁まで吹き飛んだ。


「なっんっ――!?!」


 ベクターが喉を詰まらせるほど驚愕して、丸くなった目を入口に向けると、無表情なクロエが旧式拳銃ハンドガンを片手にツカツカと押し入ってきた。

 そして間もなく手当り次第に、部屋の装置やコンピュータを銃で撃ち抜いて粉々に破壊してから、朗らかな声で挨拶。


「おはよう、ベクター」


「しっ、白峰――!」


 クロエはずかずかとベクターの前まで来ると、左手を勢い良くデスクに置いた。と次の瞬間には、机上そこの書類やタブレットが全て砂に変わって崩れた。


「なな、な、何の――」


「用かは解るだろう?」とクロエ。


 ベクターが握り締めていたペンを、固まる彼の手からクロエがそっと取り上げる。


「殊能とアーマードの開発から手を引け。本来私が干渉すべきことではないが、また犯罪者面倒なモノを生み出されては困るからな」


「か、開発を? し、しかし、それでは私の仕事が……」


「仕事なら他にもあるだろう? ……飼育員やトリマーとか――むしろ私がなりたいぐらいだが」


 指先でペンをクルクルと回しながらクロエはそんな提案。


「ト……トリマー?(なんで動物関係そんなものばかり――)」


「とにかく警告はしたぞ。二度目は無い。次会った時にお前が兵器開発くだらんことを続けていたら――」


 クロエはベクターの顔を見向いたまま、ペンを先程破壊した扉に向かって投げた――プラスチック製であるはずのペンが、鋼鉄の扉に深く突き刺さる。


死刑だこうなるからな?」


 無論それは単なる脅しに過ぎなかったが、ベクターはそれを見て絶句し、無言で何度も頷いた。

 クロエは「ではまたな」と明るく手を振ると、軽い足取りで部屋から去っていった。

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