EP9-8 残された謎
ガラス張りの空港ターミナルに、晩夏の低い陽射しとサングラスのクロエ。ベクターに厳重な釘を刺して戻ってきた彼女を、ユウは飛行場で手を降って出迎えた。
利用客の少ない空港のコンコースを外へと向かって歩く、全身黒ずくめのクロエとラフな私服のユウ。とても同じ職業であるようには見えぬ二人が、横並びに歩きながら話す。
「ところで、僕は――」
ユウの手には小振りのアタッシュケースが1つ。その中には、源世界への持ち帰りを特別に許可された、グレイターヘイムでの思い出の品々――その中にはネストの制服や皆から貰ったお土産などが詰まっているのである。
「あの時ディソーダーを殺してしまったんですけど……あれで本当に良かったんでしょうか……?」
――警察であれば凶悪犯を射殺することもあるが、それと同じように規制官にも亜世界での犯罪者殺傷は認められている。しかし
その疑問に対し、クロエは即答と訂正。
「あれでいい。それに最終的にやったのは私だ」
「それはそうですけど……」
そこまで追い詰めたのは自分である、という認識がユウを苛ませていると。
「何か勘違いしているようだが、神堂マナは死んでいないぞ?」
「――え?」と返すユウに、クロエは呆れた顔で溜め息を吐く。
「亜世界での『死』は源世界のそれとは意味が違う。彼らは死んでも情報が一時的にその世界から隔離されるだけだ。……お前は帰ったらもう一度勉強しておけ」
「はい、すみません……。じゃあディソーダーは――?」
「ああ。源世界に戻れば情報次元から
(そうなんだ……)と、ユウは心の内で安堵した。
「もっとも後者は手続きが面倒だし……、何より禍根を残す可能性があるから、説得するなりして生きたまま連れ帰るのがベストだよ」
「なるほど」と頷いてから、ユウはもう一つ気になっていたことを思い出して尋ねた。
「そういえば――話は変わりますけど、前にクロエさんが言ってた『今回の謎』って何ですか?」
「ああ、あれか――」とクロエ。
「あれは、頭部が丸々残っていたとは云え殆ど
「ディソーダーは必ず人間、ですもんね」
「広義の解釈でな。正確にはクオリアニューロンを有する知性体だ。……頭部だけで無理やり生かされていた以上、神堂マナは人間と云えなくもないが、
「なるほど。……他にも何か?」
「そうだな――神堂マナが脳停止していたのは、恐らく弟クレトが本能的にあれを拒絶したことによる『ウルズの刻』の片鱗だ。しかし単なる亜世界人である神堂クレトが、
「それは確かに……。神堂先輩がいくら強くても、お互い産まれる前ですし、神堂先輩は転移者でも規制官でもないですしね」
「ああ。それに双子のクレトはともかく、その封印を解く鍵となる殊能を、プロタゴニストである鑑マナトが保有していた理由も謎だ」
「でもマナト――
それなら当然なのではと、ユウが問い掛けた。
「だからおかしい、というよりも引っ掛かる。……本来殊能の性質自体は後から変えられるものではないし、選べるものでもない。それに
「というのは?」
「少し出来過ぎだ」
クロエは杞憂であればと思いながらも否定出来ない可能性を口にする。
「私の考え過ぎかも知れないが……まるで
「それってつまり、今回の事件が『仕組まれた
首を傾げてユウが唸った。すると「不可能とは言えないな」と、残念そうに首を振るクロエ。
「少なくとも転移者の情報や亜世界の知識、プロタゴニストという存在すら把握している、神堂マナ以上のアルテントロピーを持つ者――そういう黒幕がいたとすれば、恐らく可能なはずだ」
「それってまさか――」
ユウはすぐに、彼女のその言葉が示す存在が何であるのかを理解して、躊躇いがちに訊いた。
「犯人は規制官……ってことじゃないですよね?」
「………………」
クロエの沈黙が否定であるのか肯定であるのか、ユウが無表情なクロエの顔からそれを窺い知ることは出来なかった。しかし彼女の中では既に、気掛かりは他の
(八重樫やウイングズに確認しても、
「クロエさん?」と、隣のユウが顔を覗き込んだ。
「ん? ――ああ、すまん。考え事をしていた」
二人が空港を出ると、陽射しは更に角度と強さを増した。そこから長く遠くへと続く並木道の先には海の青が観えた。辺りに人影は無い。
「さて。……そろそろ帰るとするか」とクロエ。
「そうですね。なんか名残惜しいですけど」
「まあな」と、クロエが同意するように微笑んでから指先をこめかみに当てると、彼女の右眼がぼんやりと青く光った。
「――では
透明になって付き従っていた新たな
後に残ったのは、未だ冷めやらぬ夏の太陽と海辺から流れ来る潮の薫り、そして蝉達の鳴き声だけであった。
(『転生の勇者、異能者の学園』編・完)
――次章へ続く
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