EP14-7 疑問と告白

 解放軍の主力が集結しているザンデバ基地の地上部分では舗装された広大な敷地の周りに、解放軍の機甲巨人が並んでいる。本来であれば戦艦の離着陸場であるその広場は、今は急ピッチで戦力を整える為の作業場と化していた。

 装甲を叩く板金のような音や、機甲巨人の部品を運ぶ重機の音、また機甲巨人自体の歩行音。それに加えて、そこかしこで飛び交う指示や叱咤の声――。

 基地の敷地内では大勢のメカニック達が、鹵獲によって加わった機体や艦を、帝国軍のパープルカラーから解放軍のホワイトカラーへと塗り直しつつ、機甲巨人の装備品から装甲板の規格、果ては配線の互換性に至るまでチェックし、それらを自分達の戦力として活かす為の必須作業を夜通し交代で行っていた。

 このザンデバは見た目こそ赤茶色の山と砂ばかりで殺風景であったが、気候そのものは極めて快適で、一年昼夜を通して気温は摂氏26度前後、湿度も50%程度である。明け方になればそよぐ風の気持ち良さに、騒音も気にせず休憩のまま眠りこけたメカニック達の姿がそこかしこにあった。しかし全体として解放軍の準備作業の進捗が滞ることはなく、彼ら技術者の喧騒と熱は増すばかりであった。


「おい、9番倉庫はそっちじゃねえだろ!」


「50ミリの装甲いたって予備ないの?!」


「おやっさん! このガルジナの腕、ほねが歪んでるよ!」


「白が足りねえって言ってんの! 白がさ!」


「おーい、誰かビャッカの端子持ってきてー!」


 次の奇襲作戦や、いつ襲ってくるやも分からぬ帝国に備えて作業を進める基地の作業場はである。もっとも喧騒それは今に限ったことではなく、戦闘中でも戦闘後の修理でも、常在戦場のメカニックにとってはいつもと変わらぬ光景なのであったが。


 作業場の遠くからアマ・ラが、自身での整備を終えたビャッカ改の足に寄り掛かり、その慌ただしい雰囲気を楽しんで観ていると、彼女を探し回っていたタウ・ソクがやって来た。


「こんなところにいたのか、アマ・ラ。――プログラムの調整はしなくていいのか? バハドゥは重力が違うけど」


 タウ・ソクの乱れた濃紺の髪の毛は、このところ連戦を重ねていた、彼の疲れを表している様でもある。


「あん? 調整そんなのは俺には必要ねえよ」


 アマ・ラは手をヒラヒラと振って、彼の心配を鼻で笑った。


「――何をしているんだ?」とタウ・ソク。


「別に――何もしてねえよ。ただ観てるだけ」


「そうか…………」


 気楽な笑みを浮かべる彼女の小さな横顔を、タウ・ソクはじっと見つめた――。実は彼が彼女を探していたのは、次の作戦でシギュリウス星系へと向かう前に、どうしても確かめておきたい事があったからである。そうとは知らず、独り言のように話すアマ・ラ。


「ああいうの、好きなんだよなぁ俺。何か作ったり直したりすんの。……その時代とか世界によって色々あって、技術が全然だったり、コンセプトが意味不明だったりするけどさ? 人間の手で何かを作るってのは――やっぱいいもんだよな」


(その……世界によって――?)


 無言のタウ・ソクにはお構いなしに、アマ・ラは一人勝手に語った。その間も彼女の視線は、骨格が顕わになったビャッカに、白い装甲板を取り付ける作業に注がれている。


「俺の知り合いにクロエっつー、超が付くほどの堅物女がいるんだけど――そいつがさ? 『人生に選択肢なんて存在しねえ、進むか諦めるかだけだ』っつーんだよ。そいつに云わせりゃ『その意志が自分てめえ人生みちなんだ』ってさ。――まあ口調はこんなんじゃねーけど」


 同じ姿勢に疲れたのか、アマ・ラは大きく「うーん」と伸びをしてから首を回した。


「でも意志ってのは目に視えねーじゃん? だからさ、俺は物を作るのが好きなんだ。……自分で作った物ってのは、目に視える自分てめえ意志みちみてえなモンだからな」


「………………」


 二人の沈黙の間に、作業の音や人々の声が流れる。

 アマ・ラは作業観賞を楽しむ一方、タウ・ソクにはその空気が、自分を急かしているように感じて口を開いた。


「……アマ・ラ」


「ん――?」


「訊きたいことがあるんだ」


「なんだよ改まって。気持ちワリィな……変態的な質問だったらブン殴るぞ? まあ下着の色ぐらいなら――」


「いや、そんなことではなく……君は――」


「そんなことって」


 彼女の冗談はさておき、タウ・ソクは自分の抱く疑念をどう訊いたものかと悩んだが、結局そのまま包み隠さず話すことにした。


「アマ・ラ。その、君は……君も、この世界の人間ではない、のか――?」


 恐る恐る――彼にとってはこれ以上無い、その重大な真実を問う。周囲には二人の他に誰もいなかったが、タウ・ソクの声は幾分抑えたものになった。彼はこの2ヶ月、明らかに普通ではないアマ・ラの圧倒的な強さに疑念を抱いていたのであった。

 するとアマ・ラはその質問に対し、しかし至極当たり前の事のように答えた。


「うん、そうだよ。――ってか今更? お前気付くの遅くねーか?」


「! やはりそうだったのか……」


 動揺と安堵が混ざり合った、複雑な気持ちでタウ・ソクが呟いた。


「実は僕も――」


「転移者だろ? 知ってるよ」と、アマラは平然と言う。


「!! ――何で?!」


「だって俺、お前のボディガードとして来たんだもん」


「へっ?!」とタウ・ソクは、今までの彼らしからぬ素頓狂な声を上げた。


「ボディガード? どういうことなんだ? まさか君は――自由に転生できるのか?」


 訳が分からないといった様子で目を丸くする彼にアマ・ラが当たり前のことのように説明した。


「転生じゃなくて転移な? 意図的に行う転移は、正式には指向性次元転移っつーんだけどね」


「意図的に……行う転移……」


「お前が元いた世界は源世界ってゆーんだけどさ。俺はその源世界の、お前がいた時代よりずっと先の未来から来たんだ。理由は今言ったようにボディーガードお前を護衛するためな? 誰からかってのは――まあ秘密なんだけど、解りやすく言やあ、源世界のテロリストみたいな集団もんかな」


「源世界のテロリストに――? なんで僕が――? 僕はやはり、何か特別な存在なのか?」


 平凡な――彼にとっては現代と呼べる世界で平穏な生活を送っていた自分が、突然こんなアニメのような世界に舞い込んだことには、やはり特別な理由があるのだ――タウ・ソクはそう思わずにはいられなかった。しかしアマ・ラはあっさりとそれを否定した。


「別に転移者お前自身が特別ってことはねーよ」


「え……」


「こういう亜世界――あーっと、亜世界ってのは、源世界以外の世界のことな? こういう世界とこは他にも結構あるし、転移者ってのも、そんな珍しいもんじゃねえんだ。特にお前がいた時代から転移する奴は多いよ」


「そ、そうなんだ……」


 それを聞いてタウ・ソクは何となく残念そうな顔。


「例えばアーマンティルみてえな、つっても解んねーか。……やたら伝説の剣だの禁じられた魔法だのを有り難がる世界がいくつかあるんだけど、そこなんざ何かの流行ブームかと思うぐらい転移者がいるぜ? しかも大抵は何かしらの便利能力チート付きでな」


「剣と魔法……ファンタジー的な世界に、チート?」


 タウ・ソクは転移する前の世界のアニメやライトノベルといったフィクションで、そんな話をよく耳にしたのを思い出した。

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