EP14-8 旧友
「ああ、腐るほどある
「なんでそんなに……? 転移ってそもそも何なんだ?」
「うーん……源世界の人間はさ? 例えば事故とかで死の危機に瀕した時に、アルテン――あー、情報検索能力が飛躍的に上がるんだ。危機回避のためにな。お前の時代だと走馬燈っつーのかな? まあそれで、そん時に勢い余って亜世界の情報まで見つけちまう奴がいるわけよ。物理次元と情報次元ってのは表裏一体だからな」
「情報次元……?」
「うん。
彼女はタウ・ソクを指差して、「お前みたいにな」と追加した。
「そんなんだからまあ、亜世界だとか転移者なんてのは、それを知ってるうちらの中じゃ当たり前なんだよ」
「そうだったのか……。――しかしじゃあ、なんで僕がそのテロリストに?」
「うーん、事情というか原理は複雑でなー。詳しく説明しても理解できねーだろうけど……強いて言うなら……」
アマ・ラは少し首を捻って考えてから。
「今このタイミングで
***
帝国軍高速巡洋艦クマル。紺色に緑のラインが1本入った、角ばったカヌーを横に2つ繋ぎ合わせた様な戦艦。
――その艦の一室。
水蒸気で曇るガラスの向こうに、シャワーの音。じっと壁に両手をついて霧の様に細かな湯を浴びているのは、帝国軍のエースパイロット、アグ・ノモである。彼はペッタリと張り付いた銀色の短い髪から、鼻の頭へと伝わって流れ落ちる湯を、無意識に見つめていた。
(――解せん。ガー・ラム閣下は何故あんな指示を私に……無論引き受けた以上は守らねばなるまいが)
惑星ジルミランでアグ・ノモは、将軍補佐のガー・ラムから不可解な命令を下された。それは彼の好敵手である解放軍のパイロット、タウ・ソクについてである。
――「よいかアグ・ノモ。もし解放軍のタウ・ソクが『貴様以外の誰かに墜とされそうな時』は、その者を撃て。但し貴様自身がタウ・ソクを討つのであれば手加減する必要は無い。帝国のため、遠慮なく撃墜して構わん」――
(――あれはどういう意図がある? まるで彼の身を案じているようにも聴こえるが……しかしそれなら、私が墜とす分には構わないとはどういうことだ? 私には勝てぬ相手だとでも言うのか?)
これはガー・ラムにすればプロタゴニストを護る保険の一つでしかない。しかし無論そのようなことを知らぬアグ・ノモが、その指示の真意を理解出来ようはずもなかった。
ともあれ彼は、ガー・ラムの命令に従いシギュリウス星系の惑星バハドゥに向かっていた。これは解放軍の参謀コタ・ニアの立てた奇襲作戦を読んでいたからであったが、帝国軍内でこの動きを予測していたのは彼一人だけであった。
(本当に解放軍がバハドゥに来たとすれば、確かに恐ろしいほどの戦略眼ではあるが……あの男、どうにも得体の知れないところがある)
アグ・ノモがシャワーから部屋に戻ると、部屋の壁のスピーカーから到着予定のアナウンス。
「――アグ・ノモ大尉。あと20分ほどでバハドゥに到着します」
「了解した」
巡洋艦クマルの進路の先には、豊かな緑と水の惑星――バハドゥの姿が悠然と浮かんでいた。
***
人工の
バハドゥはこの星系唯一の居住惑星ということもあり、この都市部には一般の商業施設やオフィスビルだけでなく、学校や公園や居住施設もあり、軍事拠点というよりは生活や経済の中心としての役割が大きかった。またこの星系においては、過去に帝国に対する反乱や暴動の類が起きたこともなく、故に軍本部も含めて、ここに住まう者や働く者達には、戦時下のピリピリとした緊張感や物々しさは全くと云って良いほど無かった。
統括本部を訪れたアグ・ノモは、このシギュリウス星系を治めるザ・ブロ将軍への挨拶を済ませたあと、廊下を歩く道すがら旧友との再会を果たした。
「アグ・ノモ――? おお、やっぱりアグ・ノモじゃないか! 久しぶりだなあ、士官学校の卒業式以来か?」
アグ・ノモにそう話しかけたのは、彼と同じ紺色の軍服を着て、短めの栗毛を士官らしくピシリと整えた、いかにも生真面目そうな30代の男であった。
「久しいな、タナ・ガン。見違えたぞ」と、笑顔を返すアグ・ノモ。
「なにを偉そうに。お前こそ随分――いや、変わらないな? その仏頂面は相変わらずだ」
快闊に笑ったタナ・ガンは、アグ・ノモと固く握手を交わしつつ、彼の背中を威勢よく叩いた。
「噂は聞いてるぞ、エース殿? 兵士達の間じゃあ、ことある毎にお前の話題が出ているぞ。帝国最強のパイロットと云えば、などと言ってな。まったくお前は、昔から機甲巨人の操縦だけは上手い奴だと思っていたが……まさかエースパイロットとはな!」
「その言い草は酷い」と、苦笑するアグ・ノモ。
「ははっ、冗談さ。とにかく同期でこんな辺境まで名が聞こえてくるのは、今じゃお前ぐらいなもんだよ。親友の俺も鼻が高い」
「――そういうお前も、大分出世したようだが?」
アグ・ノモは、タナ・ガンの胸に付けられた佐官を示す階級章を、さり気なく見て言った。
「……俺のはお飾りさ。ただ親父の威光で持ち上げられただけだ。――だから
「――平和に勝る軍功など無い。……そうだろう?」
アグ・ノモは自嘲と諦観のタナ・ガンに、諭すような口調で言った。
「フッ……やはり変わらないな、そういうところは」
タナ・ガンがそう言って微笑むと、アグ・ノモは小さく独り言のように呟く。
(……変えなくてはいけないものもあるんだがな――)
「ん? ――まあ
「ああ。構わんよ」
「よし。じゃあ
「了解した。少佐殿」
「やめろよ、そういうのは」
そんなやりとりをして一旦別れを告げると、アグ・ノモは着替えの為に軍の臨時宿舎へと戻っていった。
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