EP18-9 明かされる真実
アマラら三人が招かれた部屋は極めて広くはあったものの、銀河を束ねる支配者の御所とは思えぬほどに簡素な装いであった。かつてガァラムが粛清隊の任を拝した謁見の間とは違い、その広大な四角錐の空間には、軍旗も敷物も装飾の類も存在しない。ただ継ぎ目の無いのっぺりとした金属の壁と床。そして狭まった天上近くに小さな三角の窓が一つだけあり、そこから斜めに真っ直ぐ射し込む光が、部屋の奥に立つ二人の人間を際立たせていた。
「やあ、よく来てくれたね」
という少年メベドの声は、OLSも拡声器も通さぬものであったが、思いの外その空間によく響いた。その彼の隣で黙している仮面の男は、言わずもがな皇帝グス・デンである。
「随分若返ったみたいじゃねえか。聞いてた話とは大分違うぜ?」とアマラ。
彼女やガァラムが
「これが僕本来の姿なんだ。だけど
メベドがそう言うと、隣のグス・デンが徐に仮面を取り外し、その素顔を晒した。――そこにはアマラやガァラムの知る盲目の老人の顔があった。
(こいつが皇帝……)
タウ・ソクはゴクリと唾を飲み、食い入るようにグス・デンを見つめる――。ガァラムもまた、その知ったる顔の老人を睨みつつ、改めてそこに視える気配が人間のものではないことを確かめる。
「…………」
しかしアマラだけは、その老人の顔よりも少年の方に目を向け、暫くの間まじまじと見つめていた。そして何かに気が付いた様子で目を丸くしつつ、メベドに尋ねた。
「お前――アルファ・コールマン……か? 200年前に情報次元論を提唱した、量子情報学者の」
するとメベドは意外そうに微笑んだ。
「おや? よく知っていたね? 僕の個人情報はOLSのデータベースには残されていないはずなのに」
「こう見えて俺も学者の端くれなんでな? 一度だけ本物の紙の論文を読んだことがある。その資料に写真も載ってたぜ? ――弱冠13歳にして新時代の宇宙理論を考え出した若き天才、アルファ・コールマン博士、ってな」
「へえ、まだそんなのが残ってたんだ。驚きだな」
と言いつつ大して興味も無さそうな表情のメベドを、アマラは怪訝な目で見据える。
「だがなんでお前がここにいる? アルファ・コールマンは最初のインテレイド『アダム』を開発した後、AI戦争のテロに巻き込まれて死んだって話だ。仮にその時生還したとしても、当時の科学で200年以上も生きられるワケがねえ」
するとメベドは、自分の存在をアピールするように両手を広げて答えた。
「僕はこの通り存在しているよ。
「アートマンとして……? まさか肉体無しで生き延びてるってことかよ。そんなこと――」
「可能だよ。……肉体を失えばクオリアニューロンも無くなるから、無限に生き続けるというのは流石に難しいけどね。ちなみに仮の
「仮の器?」とアマラ。
そこへガァラムが口を挟む。
「……インテレイドか」
「ご名答――って言うほどの問題ではないかな? 僕がクオリアニューロンを持つインテレイドを作った理由の1つは
「……そこまでして――」と言いかけたアマラに、メベドは先んじて頷く。
「何故生きることに拘るのか、だね? 勿論、自己保存の欲求やナルシシズムなんかじゃないよ。寧ろ僕は長く生き過ぎてるぐらいだ」
「…………」――無言のタウ・ソク。
メベドとの会話をまるきり理解出来ない彼は、ただ成り行きを見守るだけであった。そんな彼を置き去りに会話は続く。
「――もう何十万年と存在している僕が、それでも自身の消滅を許さないのは、僕以外に本当の意味で真実を知る者がいないからさ。――今のところはね。だから僕は、真実を知るもう一人の人間に伝えなきゃいけない。僕の代わりに――いや、僕が代わりに行っていた戦いを終わらせ、世界をあるべき姿に戻せる人間にね」
その台詞の言葉ひとつひとつは紛うことなき真実であったにせよ、彼の含みを持たせた言い回しに、ガァラムは微かな苛立ちを見せた。
「勿体つけるな。核心を話せ。我々が判断するには
そう言い切る彼の顔を、メベドは真面目な顔で暫し眺めてから、そっと目を閉じて小さく息を吐いた。
「……うん、そうだね、じゃあ本題に入ろうか。まず君たちが源世界と呼んでいる世界は、本来あるべき姿の世界じゃあない」
「なんだと――」
「そして君たちが知らされている史実も偽りの歴史だ。あの世界は『
「………………」
全員沈黙。――アマラとガァラムは、言葉の真偽を疑うよりもまず、その台詞の内容を理解する為に口を噤んでいた。
メベドは反応を確認するように改めて全員の顔を見やり、彼らにその時間を与えた上で、張り詰めた空間の中――静かに告げる。
「そして世界はもうすぐ終わる。再び起こされる界変によって、源世界も亜世界も統合されて創り変えられるんだ。だけど――」
毅然とした瞳。
「だけど僕らは抗う。
その強い意志を秘めた眼差しは、正しく規制官のそれと同じであった。
***
金皇宮から飛び立たんとするインダルテの前で、タウ・ソクはアマラに声を掛けた。
「ありがとう、アマラ。もう戻らないのか?」
「多分な。ちっとばかし問題がデカ過ぎるからさ? 源世界に帰って色々やらなきゃだ」
「そうか……」
台詞以上に深刻な顔で溜め息を吐くアマラに、タウ・ソクの横に立つリ・オオ。
「複雑な事情がお有りなのは理解しました。貴女に本来やるべきことがあることも。ですがアマラ、やはり貴女は私たち解放軍の仲間――そう思っています」
年下であるにも関わらず、リ・オオは母親のような優しげな笑顔を向けてそう言った。それに釣られてアマラも笑みを浮かべる。
「うん、俺もさ? まあ色々あったけど……良い勉強になったよ。ありがとな、リ・オオ」
そしてアグ・ノモ。
「君は不思議な少女だが、素敵な女性だ。もう逢えなくなると思うと残念だよ」
「なんだ口説いてんのかよ、ジェラートの兄ちゃん」
「そう受け取ってもらっても構わんよ。だがその呼び名はもう勘弁して欲しい」
八重歯を見せて茶化すアマラに、彼は不器用な笑顔を返してみせた。そして遠くに佇むガァラムに向かって敬礼をする。
「じゃあ、皆にも宜しくな!」
そう言ってスッパリと背を向けるアマラの表情は、しかしすぐに険しくなった。彼女の脳裏にメベドが告げた言葉が浮かぶ。
――『僕らの敵である界変のアルテントロピー。奴は今、べレク・
(
第一等亜世界情報規制官、べレク・宇・エンリル――。WIRA創設時から所属する最古参の規制官として、局長ジョルジュに並ぶ発言力を有する唯一人の男。彼はクロエにアルテントロピーの扱い方を教えた師であり、また彼女を含む全ての者が『絶対的』として認める、最強の規制官でもあった。
(『星海の少女、災いの竜』編・完)
――次章へ続く
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