EP18-8 金皇宮

「大分減ったか……?」とアマラは呟きつつ、OLSを開く。


[――アイオード、ディソーダーの反応は?]


 彼女は最後に残った戦闘母艦カンガムイの艦橋に取り付き、ビャッカ改の髪を這わして、艦の火器管制を完全にシャットダウンさせながら訊いた。


[現在のところ、規制官のお二人以外に情報改変の形跡はありません]とAEODアイオード


「そうか――(これぐらいの戦力なら、残りはリ・オオたちでも何とかなるよな)」


 エネルギーの尽きかけたビャッカ改は、その敵母艦の甲板に降り立って周辺を見渡す――。圧倒的な数を誇っていた帝国の主力部隊は殆どが沈黙し、僅かに残ったガルジナにビャッカ達が攻勢をかけている。

 遠くに浮かぶアーガシュニラもビームカノンの残量が尽きたと見えて、ガァラムも彼らの掃討には手を貸さずに周囲の戦況を窺っている様子であった。


 すると、その二人の頭の中に直接響く少年の声――。


[やあ、お二人さん]


(――コイツ!?)と、その声に眉を顰めるアマラ。


[お前がメベドか?]


[うん、そうだよ。よく解ったね]


 隠しもせずに飄々とそう応えるメベドに。


[バカにしてやがんのか?]とアマラ。


[いやいや、褒めているのさ。思ったよりは大分早く辿り着いてくれたからね。充分な洞察力だし、それに戦力としても優秀みたいだ]


[……貴様の目的は何だ?]


 ガァラムが問うと、メベドはOLS越しにクスリと満足げな笑いを零した。


[フラッドが目的でないことは理解しているようだね――合格だ。僕らは君たちと話がしたい]


(僕ら……? やはり一人ではないのか)


[言っておくけど、話し合いを断るというのは愚かな選択だよ? ここが世界のターニングポイント、真実を受け容れない人間に未来は訪れない]


 メベドがそう告げると同時に、残っていた帝国軍の機甲巨人達の動きが一斉に止まった。――解放軍の面々は戸惑いつつも距離を取り、警戒したままである。

 ガァラムは目を細めて周囲に気を配っていたが、どうやら本当に戦う意思が無いようだと判断すると、再び尋ねた。


[何のつもりだ?]


[言った通り、そのままの意味だよ。僕は話をしたい――真実の話を]


[真実……だと? それならば――]


[君が規制官になって知ったのは、単なる『亜世界の真実』だよ、ガァラム君。転移者からすればそれはそれで充分に価値あるものだろうけど、僕が話すのはそれじゃない。――源世界を覆う陰謀の話さ]


[…………]


(コイツは一体何を……)と、訝しむアマラの警戒を解くように。


[君らがその話を聴いた後に、どう進むかを決めるのは自由だ。だが愚かな選択はしないで欲しい]


 メベドがそう言うと、ガァラムは解放軍が用いる通常回線を開いてアマラに問う。


『どうする? 罠かも知れんぞ』


「……行くっきゃねーだろ。少なくとも何らかの情報は得られる」


 その会話を待って、メベドがまた語り掛ける。


[決まったようだね。じゃあまずは金皇宮に来るといい。そこから降りればすぐだよ。勿論攻撃なんてしないから、安心してくれていい。僕らはで待っている]



 ***



 惑星ゼドの大気圏内へと突入してきたインダルテは、メベドの言葉通り帝国軍から一切の攻撃――どころか検閲や通信ひとつ受けることなく、すんなりとその金皇宮の頂上付近にまで降下することが出来た。

 自然という自然が何も残されておらず、鋭角のピラミッドが地平の彼方まで延々と続く、針山のような黄金の景色に、ブリッジから外を眺めるタウ・ソクが息を呑む。


(これが帝都――僕らの戦いの最終目的地か……)


 その感慨めいた表情は、リ・オオをはじめとする他の解放軍のメンバーの顔にも同様に見られた。


(帝国皇帝グス・デン。まさかこれほど簡単に降伏してみせるとは)


 と怪訝な表情で物思いに耽るのはアグ・ノモ。――充分に苛烈ではあったものの、アマラとガァラムの桁外れな力のお陰で、解放軍は圧倒的な勝利を収めてしまった。しかし如何に帝都まで攻め入られたとは云え、各星系にはまだ多くの帝国軍が残っており、それをかき集めれば解放軍を根絶やしにすることも不可能ではない。にも関わらず容易に帝都を明け渡し、たかが1隻の解放軍に休戦を申し出るという、皇帝の愚策とも取れる選択――それは彼にとって、永きに渡る宇宙戦争の決戦ラストとしては些か物足りなくも感じてしまうのであった。


「……あそこですね」と、リ・オオが皆の沈黙の中で口を開く。


 するとその視線の先で、ピラミッドの斜面の一部が徐にスライドして開き、三角形に空いた穴から巨大な桟橋のような板が迫り出してきた。管制官の指示も誘導する兵士の姿も無いまま、インダルテはその無人の橋の上へと着陸する。

 強風が吹きつける中、インダルテの側面から地面へと斜めに伸びる階段。そのドアを開く前に、アマラは振り返ってリ・オオらの顔を見た。


「悪いけどさ? 皆はインダルテで待っててくれねえかな。行くのは俺とガー・ラム、それとタウ・ソクだけだ。こっちの用事が済んだら連絡するからさ」


 その申し出にリ・オオは、コタ・ニアらと顔を見合わせてから頷く。


「分かりました。私たちはここで。何かあればすぐに連絡をください。貴方も仲間なのですからね、アマ・ラ」


「あいよ、ありがとな」


 アマラはにっこりと微笑んでからドアを開いた。そして嵐に近い突風をものともせずに、確かな足取りで階段を降りる。それに続いてガァラム――。タウ・ソクは風に目を細めながら慎重にその後を付いていった。


[そのまま真っ直ぐ進んで]とメベドの声。


 アマラとガァラムはそれに従い、桟橋から金皇宮の中に入っていく。――正三角形にくり抜かれた通路は、機甲巨人ですら立って通れるほどの広さ。全面が鈍い金色に輝く金属で出来ており、床の動線が一定の長さで白く光っている。照明としては心許ないものの、先頭のアマラが一歩踏み出す度にその光の先端が延びて、彼女らに進むべき順路を示してくれた。

 20メートル程進んだところで、入ってきた扉がゆっくりと重々しく閉まり始める。タウ・ソクが振り返って、徐々に小さくなる外光と風の音を不安そうに確認していたが、アマラとガァラムがそれを気にも留めずに進んでいくので、彼は慌ててそれを追った。


「………………」


 真っ直ぐに続く光の道を辿り、無言で歩くアマラ達。――内部には人影が無く、微かに地底から染み渡ってくるような、ゴゥンゴゥンという機械音がこだましていた。


(暗いな……)とタウ・ソク。しかし緊張のためか言葉は出なかった。


「………………」


 そうして暫く無言の旅が続くと、その沈黙を割ってメベドが語り掛けてきた――と云ってもOLSの会話であったので、実際には誰一人口を開いていない。


[君たちは世界について、何をどれだけ知っているのかな?]


 それについて答えたのはアマラである。


だ。――次元の成り立ち、宇宙の始まり、神の不在。そんでそれらを一元化した真理ってやつは、あと200年もすりゃあインテレイドが解析を終える、だろ?]


[そうだね。宇宙というのは、単独では何の意味も無い情報子サンヒターが結び付いて、そこに発生した関係性と整合性によって情報次元から始まった。やがて――という言い方も変だけど、サンヒターは『何も無いという情報』から転じて『存在』を生み出し、存在という概念は時間や空間、そして物質やエネルギーに変化していった。この経緯に従って物理次元という、所謂『この宇宙』が誕生したんだ。故にその成り立ちに『神という誰か』は介在しない]


[んなことは解ってるよ。『在る』っていう情報が反映された結果が物理次元を象ってる。その情報が、関係性や整合性を充分に満たしてりゃあな]


[うん。だから人間が行う想像という行為は非常にユニークだ。物理的な具象化を伴わずに、情報だけを発生させる]


[だから亜世界こんなとこが生まれたんだろ]


[そうだね。一人の人間では到底構築しきれない『世界という情報』を、フィクションという想像共有テンプレートを用いることで存在足らしめた。でも人工知能にそれはできない。彼らは人間より確かな予測や推論をすることはできても、想像することはできない。クオリアニューロンを持つインテレイドでさえ、ね]


[……何が言いたいんだ?]


 アマラら規制官にとっては当たり前の事実を語るメベドに、彼女の表情は不可解の色を露わにした。するとメベド。


[ただの確認さ。『知っている』ということと『理解している』ことは違う。ましてや『』ことなら尚更だ]


 彼がそう言ったところで、アマラらの足が止まった。――目の前には巨大な扉。


[そこから昇れば終着点ゴールだ。少なくともこの亜世界ではね]


 その台詞とともに扉が開いた。

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