EP11-2 黒銀の鎌の男
月下の闘いを、燃え盛る屋敷から少し離れた場所で見守っていた少女。その足元へ、上半身と片腕だけになった吸血鬼が這いずりながら近付いてきた――。
「血を……血を寄越せぇぇ……」
その凄惨な姿に動じることのない少女に、吸血鬼が長い爪を生やした手を伸ばそうとすると、再び
「ぃギャあぅッ!」
悶え叫ぶ吸血鬼――その首筋にピタリと触れる冷たい黒銀の刃。
「……真祖は……何処にいる……?」と、黒銀の鎌の男レイナルドが訊く。
その声はドロリとした血液に蜜を混ぜたように、ねっとりと低く甘い。吸血鬼の腕からの返り血が彼の頬を伝った。
「|第三世代の私程度の者が――血の主上のことなど……知るはずもなかろう」
苦しそうな呼吸に混じる吐血が止まぬ吸血鬼は、息も絶え絶えにそう答えた。しかしそれを見下ろすレイナルドの赤と黒の両眼には、一抹の憐憫も見当たらない。
「その眼――貴様……やはり
そこで吸血鬼の首が飛んだ。会話を続ける必要が無いと判断したレイナルドが刎ねたのである。
吸血鬼は
「………………」
レイナルドは血塗れの鎌を拭きもせずに、刃の付け根にある留め具を外した――刃の部分が柄の方へ垂れ下がり、折り畳まれる。
「……ロマ」と一言発すると、無言の少女が分厚い革袋を彼に手渡す。
レイナルドはそれを鎌に被せて口紐を縛った。そして少女から黒い
「…………次は?」と、レイナルドは傍らの少女に向けて問い掛けた。
すると少女は胸元から細い銀のチェーンをズルズルと引きずり出し、その先に付いた青く丸い宝石をじっと見つめる。そうした後に「……あっち」と言って屋敷と反対側の方角――西方を指差した。
少女の名前はロマ。――年齢は10代前半。つぶらな瞳と、大きく一本に結われた髪の毛は亜麻色。赤いワンピースから覗く子供特有の肌理細かな白い肌――こちらはレイナルドと違って、生気に満ちた健康的な白である。身長は140センチ程度と年相応で、長身のレイナルドの胸辺り。一方目鼻立ちは年齢よりも大分大人びていて、可憐というよりは佳麗である。ただその表情はレイナルドと同じく乾いていて、感情らしいものが窺えなかった。
「…………エイベルデン……霧の街……か」
そう呟いたレイナルドがその示された方角へと向かって徐に歩き出すと、ロマも無言でその後に付き従う。
二人が離れてほどなくすると、主要な柱を焼き尽くされた大きな屋敷が、火の粉を巻き上げながら崩れ落ちた。
***
一筋の光明も通さぬ真っ暗な空間に、前触れも無く突如として生まれ出る光の粒子――それが集まり輝きと引き換えに、一見グロテスクとも感じられる過程を経て、肉体を内側から構成していくのである。
骨、臓器、筋や腱、血管、皮膚、体毛――そうして現れたのは横たわる人間の身体。見るからに強靭な、獅子や虎を連想させる雄々しい体躯。そして最後に
しかし転移を終えたリアムは、まずその場所の思いがけぬ狭さに戸惑った。
(――む?)
リアムが真っ直ぐと横たわっているその空間は、縦も横も彼の大きさとそう変わらず、殆どと云ってよいほど身動きを取れるスペースが無い。無論立ち上がれる高さも。手を
じめじめとカビ臭い澱んだ空気は何一つ音を伝えず、鼓膜を圧迫するような静寂だけがその中にひしめいていた。
(やれやれ……)とリアム。
彼が閉じ込められている空間を形作るのは、古びた木製の合板――彼はすぐに
「まさか棺桶とは――」と、思わず口に出す。
リアムが出現したのは、人里から遠く離れた墓地の下。何らかの理由によって空のまま埋葬された棺の中であった。
「困ったな……どうしたものか」
棺の蓋は外側からしっかりと鋲で止めてあった。無論彼の力であれば、勢い良く地面もろとも蓋を吹き飛ばして外に出ることなど造作も無いことである。しかしたとえ空っぽであるとはいえ、故人の弔いとして作られた品を破壊するのは流石に気が引けた。
どうしたものかと暫くの間彼が考えあぐねていると、その桁外れに優れた聴覚に、土でくぐもる男の悲鳴が聴こえてきた。
(ひっ、ひぃぃぃ……幽霊だぁ!)
当然この世界はそういう世界であるとリアムは知っている。しかもここは墓地であるし、お化けや魔物がいたところでおかしくはない。しかしこのタイミングであれば、と彼は考えた。
(まさか――彼女か?)
そのリアムの予想は、間もなく彼の入っている棺の蓋が光の剣で切り開かれたことによって、証明された。
――暗闇から一転、外を赤く染め上げる夕陽が彼の目に入る。そこには上から覗き込む少女のシルエット。
「大丈夫デすカ? 出られまスか?」
「ああ問題無いよ、マナ」とリアム。
彼は棺の縁に手を掛けて起き上がると、彼の身長よりも深くに埋められた棺からスーッと無音で浮遊して地上へと降り立つ。すると。
「ひええっ!」
整然と墓石が並ぶ黄昏の墓地に一人の男性――土に汚れたチュニックと麻のズボンという恰好から、農夫か何かであるとすぐに判断できる。
「やあ」と、リアムはとりあえず朗らかな挨拶を試みたものの、しかし腰を抜かして顔を引き攣らせた彼の目は恐怖に染まっていた。
「こ、今度はバンパイアだぁ!」
「? バンパイア? いや私はウィラの――」
「ひぎゃあぁ! 助けてくれぇぇ!」
リアムの弁明など一切聞かずに転がるような勢いで逃げ出す男。途中何度も膝が折れたり躓いたりしながら、それでも彼は一目散にその場から走り去っていった。
「…………」
困り果てた顔で見送るリアムを見て、マナが「捕まえまスか?」と尋ねた。
「いや。誤解は解きたかったが、まあ仕方無いだろう」
夕暮れの墓地で埋もれた棺桶から、黒服を纏った真っ白な少女と空を飛ぶ男が現れたのである。それを見ればこの世界の住人が、彼らを人外の者であると思い込むのは無理からぬことであった。
とは云え元スーパーヒーローとしては得心のいかぬ初登場に、リアムは溜め息を禁じ得なかった。
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