EP20-6 天変地異
転移室から発したその激震は、言うまでもなくガァラムとポテュンの接触によるもので、それは建物だけでなくリアムやアマラ達の焦燥をもまた揺さぶった。
(やっぱ来やがったか?!)
メベドの言う
爆音のした方向を彼女が睨むと同時に、そちら側の壁面が一斉に透明化して、破壊の様子をまざまざと見せつけた。
『構内で大規模な爆発を確認。当該範囲を切り離します』――ルーシーの声。
外から見れば巨大な独楽の様な形をしたWIRAは、煙を上げるその一部を白から赤へと変色させて、危険な
傍目にはゆっくりと、しかし実際には時速数百キロで離れていく赤い
「頼む、リアム!」
「ああ!」
返事と同時に真上に飛び立ったリアムは、内壁のデバイスが彼を感知して開くのも待たず、幾層もの天井と床を突き破って一気に外へと飛び出した。――薄らいだ雲海の上。高度は3000メートル弱。
上空から見下ろす赤塗りの構造物は、更に煙と火を噴き上げて落下していく。
「――!!」
するとその壁を破壊して躍り出る、金色の人影――それを追う巨大な火球。
「あれが敵か! ガァラムは――!?」
リアムの声に応えるように、大気をビリビリと震わす竜の咆哮。そして建物から孵化するかの如く、全長にして1キロはあろうかという巨大な漆黒の翼が、崩れ落ちる壁から生え出た。
いくつもの火球とともに
海皇神ポテュンは空中で振り向くと、追いすがる火球を片手で受け止め、拳を握ると同時に消滅させた。そして待ち望んだ戦の愉悦と期待に、思わず彼の口角が上がる。
「ハッ、こっちの世界にも竜がいるとはな――」
ガァラムの口から次々と吐き出される小隕石の如き火球を、彼は軽く手を一振りしただけで全て灰燼と化してみせる。
「だが貧弱過ぎる。こんな攻撃では、八十八柱神の末席にも加えられんぞ」と、高らかに嘲笑うポテュン。
その様を、WIRAの天板上に躍り出たアマラらが見つめる。
「あれがプライミナスの……」とアマラ。
その横で彼を敵を認めたマナは、即座に腕をレールガンへと換装し、照準を宙で佇むポテュンに合わせた。間もなく砲身から溢れ出た青白い放電が、彼女の白い顔を照らす。
「ターゲットロック――排除しまス」
彼女の宣言とともに発射された弾丸が空気を引き裂いて、精確にポテュンの頭部に命中――しかし。
「?!」
ポテュンは微動だにもせず。
「異世界の神とやらが他にいるなら、すぐに呼び出した方が身のためだぞ、黒き竜よ」
ガァラムに向かって平然と話す。その彼の姿にアマラは奥歯を噛む。
「――ッ!(あのヤロー、アルテントロピーが……
その見立て通りポテュンは、マナの存在にも、彼女に攻撃されたことにすら全く気付いていないのであった。しかし潜在的には
「どうした竜よ、人外の力を見せてみろ」
ポテュンが不敵に挑発すると、ガァラムはその余裕が命取りと言わんばかりに、黄色い眼を輝かせ一吼え。そして自身の目の前に幾重にも重なる魔法陣を展開し、そこに雪崩の様な火炎の束を噴きつける――炎は円陣を抜けるごとにエネルギーを何倍にも増し、最終的にはポテュンの視界を全て、白熱とプラズマの波動が埋め尽くすほどに成長した。
太陽を引き伸ばしたかのような眩いエネルギーの柱が、ちっぽけな金色の人影を飲み込む。機甲巨人のビームカノンすら比較にならぬその攻撃は、ポテュンの居場所を歪みなく一直線に貫通し、成層圏をも抜けて宇宙空間へと伸びていく。
しかし全力を尽くしたその攻撃を終えて尚、ガァラムの視線がポテュンの居場所から離れることはなかった。
(これを耐えるか……)
忌々しそうに見つめる先に、先程と何ら変わらぬ状態で空に立つ神の姿。ガァラムの放った破壊の噴流は、しかし波打つ青い頭髪の1本すら焦がすことは出来なかった。
「終わりか、竜よ。――ならば刮目せよ」
ポテュンがそう言って手を上に翳すと、掌から滲み出た拳大の水の球が彼の頭上に飛んでいく――それは数百メートル浮き上がった所で静止。そして発せられる一言。
「海よ、在れ――」
次の瞬間、水は地平の先にまで拡がり、空に海が生まれた。
「これが神の力だ」
瞬く間に一変した世界の様相に規制官達は愕然とした。
「こんな……」とミリア。
「デタラメな改変しやがって」
とアマラが罵る先で、ポテュンは不遜な笑みを浮かべたままガァラムに向かって手を広げる。
「滅びよ」
彼の言葉に呼応し、空に浮かんだ海面が激しく波を立て、荒ぶる海流がガァラムの頭上で渦を巻く。そしてその渦は激流の勢いそのままに、竜巻か錐のように先端鋭く、黒竜の巨体目掛けて落下した。
ガァラムは翼を一振り、その桁外れの体躯からは想像も出来ぬほど素早い動きで、穿たれる水流を躱す。すると彼の体の半分程もある水の
しかしポテュンの攻撃はそれに留まらず、渦は3つ4つと次々に増えて、それぞれが文字通りの天変地異となって世界に降り注ぐ。山を粉砕し、地面を切り裂き、
「アイツ滅茶苦茶だ、これじゃ――」とアマラ。
よしんば界変を逃れたとしても、このままでは源世界のこの星は壊滅的な被害を被ることになる――。
ポテュンは水の攻撃がガァラムに当たらぬと見ると、今度は再び天に手を伸ばし、叫んだ。
「槍なる海!」
すると天空の大海は、水の竜巻を残して一瞬にして消え去る――否、1本の三叉の槍を成して、ポテュンの手許へと収まったのであった。彼はその槍の形をした海を振りかぶると、颶風とともに雲を乱して飛び回るガァラムに狙いを定め、はち切れんばかりに筋肉を盛り上げてそれを投げつけた。
槍は彼の指先を離れると同時に光の速さで飛ぶ――が、それを。
「ほう」とポテュン。
光速を超えて、影すら置き去りにする速さで回り込んだリアムが、両手でその槍をガッシリと抑え込む。尖端が彼の胸に僅かに刺さり、赤い線が胴を這う。
「ッく……!」
尚も突き進もうとする槍の向きを、リアムは必死の形相で徐々に上へと逸らす。そして真上に向いたところで彼が手を離すと、槍は刹那の間に虚空へと飛び去っていった。
ポテュンは微笑む。
「なるほど。貴様が規制官――この世界の神か。面白い、名を聞こう」
「私はリアム・義・ヨルゲンセン。だが訂正させてもらおう。私は神ではない」
「ほう? では何だ?」と興味深げに目を光らせるポテュンに対して、リアムは力強く宣言した。
「スーパーヒーローだ」
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