EP20-7 敵地へ

「スーパーヒーロー? なんだそれは?」とポテュン。


「悪を砕く、正義の体現者だ」


「くだらん。貴様ら紛い物が正義などとは。正義というのは――」


 大気を蹴るように飛び出すポテュン。


「我が行いを謂うのだ!」


 それを迎え討たんと突っ込むリアム。――両者の拳が真っ向からぶつかり、その境目が世界の裂け目であるかのように、行き場を失った二人の力が平面状に拡がり、空を、海を、大地を分断する。

 凄絶な力が拮抗し、互いの拳が退かぬ中で、嬉しそうに笑みを零すポテュン。それに対するリアムの表情に余裕は無いが、彼の瞳は一片の怯懦も見せることなくポテュンの顔を見据えていた。


「プライミナスの神よ、君は間違っている……」


「神に間違いなどない。我こそ善、我こそ正義、我こそ世界よ」


「違う。正義とは人々が幸福へと歩む意志のことだ。君のアルテントロピーでは誰も幸せにならない」


「フン! 幸福を願うなど、弱き人間の証よ!」


 嘲笑うポテュンの肩に一層力が漲り、ジリジリと次第に前進する彼の拳が、リアムの肘を折り畳んでゆく。


「――っ! ……知らないのか? 君もその人間であることを――」


「笑止」


 ポテュンは一息に振り抜いた拳がリアムの顔面を捉える――高速で吹き飛ばされた彼の身体は、海面に激しく叩きつけられ水柱を上げた。


「他愛もないな、スーパーヒーロー」と、見下ろすポテュン。


 遠巻きにその様子を窺うガァラムやアマラ達は、最早その圧倒的な戦いに手を出せず、と云うよりも手を出したところで、彼らの攻撃がポテュンにとって何の痛手にもならぬことを、誰もが理解していた。

 アマラは口惜しそうに唇を噛み、この場にいない彼らの頼みの綱に思いを馳せる。


(くそっ、このままじゃ……。クロエ、お前は何処に――)



 ***



 ――LMー1『神話の世界プライミナス』/天界への門――


 草木の無い灰色の岩山の頂上に、見上げるほど高い荘厳な門だけが建っている。神々の姿が彫られた石枠が、雲間から射す光に照らされ白く輝く。絶え間ない風の中にあっても、その表面には汚れや傷ひとつ見当たらず、まるで昨日今日造られたかのような真新しさであった。門と云えど扉は無く、枠の内側にはそのまま向こう側の景色が――遠くに連なる灰色の山々が観える。


「あれ……? ここは――」


 黒い規制官服に身を包んだユウは、想定と違う景色に戸惑いつつ辺りを見渡した。

 門があるその頂は周辺の山脈の中でも一番高い場所であるようで、360度遮られることのない見晴らしが彼を迎えていた。


(何だここ……)


 彼が転移先に設定した亜世界は、もっと雑多な科学に満ちた世界のはずであった。しかし彼の目に映るのはそれとは違う、明らかな大自然――しかも何らかの災害によって酷く荒れ果てた無惨な光景。こだまする風と、所々で崩れる微かな土砂の音以外、生き物の声など一切聴こえてこない。


(設定、間違えたかな?)と、ユウはこめかみに手を当てる。


[アイオード、ここは何処?]


 とOLSで呼び掛けるも、しかしその思念こえには何の応えも無かった。


「…………?」


 ユウは掌を自分の前でスライドさせてこの世界の地図を呼び出そうとするが、その動作指示コマンドにもOLSは反応を見せなかった。


(どうしよう……困ったな。アイオードがいないと紐付けも解除できないし)


 頭を悩ませつつも、ユウは目の前に聳える門に目をやる。


(これ何だろう? 遺跡……かな?)


 歩み寄った彼は、そっとその表面に手を触れた。すると――。


「?!」


 門の枠内の景色が歪むと同時に白く輝き、その漏れ出す光の中からノソリと現れ出る人影――それは3メートルはあろうかという、狼の顔をした異形の男であった。

 黄金の布で出来た長い肩掛けを腰紐で縛り、剥き出した筋骨隆々の腕には巨大な曲刀。彼は爛々とした金の瞳で、後退るユウを睨みつけながら唸るように言った。


「貴様が異世界の神――規制官か。なんと小さく弱々しい存在だ」


 明らかに敵意ある眼差しに、ユウはすぐさま身構える。


「お前、ディソーダーか?!」


 たちどころにその手に現れる白銀の剣。


「……我をディソーダーだと? 愚かなり!」


 狼の頭を持った神――言うまでもなくそれはプライミナスの神であったが、彼はいきなりユウに向かって剣を横に薙いだ。


「――ッ!?」


 ユウは襲い掛かるその巨大な刃を咄嗟に防いだが、しかし神の膂力は悠々と彼の身体ごと弾き飛ばす。


「ぐっ! こいつ――」


 空中で瞬時に体勢を立て直し着地したユウは、柄を握る手に力を込める。


(こいつ……並のディソーダーじゃない!)


 その驚きの表情に、神の男は牙を見せながら獰猛に嗤った。巨躯から発する桁外れの力の波動が、ユウの肌を掻き毟るように伝わる。


「矮小なる規制官よ。神の力の前に平伏すがよい」


「お前が神?!」


「いかにも。我は八十八柱神が一人、暴虐と鉄を司る者。我が名は――」


 銃声。狼の額から飛び散る光の液体。


「……?」


 その神はそれ以上の言葉を発することなく、重々しく膝を突き、白く輝く粒子となって風とともに消えていった。

 突然の出来事に唖然とするユウの後ろから、聴き慣れた女性の声。


「悪いが神の名その情報に興味は無い」


「クロエさんッ?」


 振り向いたユウの目の前には、いつもと変わらぬスーツ姿のクロエが銃をその手に立っていた。そして彼女の後ろには、黒い長衣を纏った黒髪の少年メベド。


「どうしてここに……っていうか、ここは一体?」


「LMー1プライミナスだ。何故お前がここにいる?」


「え……いや僕もなんでだか……」と、困ったように首を傾げるユウを見て。


(べレクが設定を変えたか)とクロエ。


WIRAウィラには戻れるか?」


「いえ、それがアイオードの返事もなくて、どうしたものかと……」


「そうか――(ならばクリサリスは破壊されたな。ということは、こちらの神が刺客として向こうに行ったと見たほうがいいか……)」


 やれやれと溜め息を吐きつつ束の間考え込むクロエに、ユウは不思議そうな顔をして訊く。


「そういえばクロエさん、ローマ教国に行ったんじゃ……。いつWIRAウィラに戻ったんですか?」


「戻っていない。ここへは教国のクリサリスを使って転移してきた」


「教国の――? じゃあその子は……?」と、ユウはクロエの横に控える少年を見た。


「彼はメベド、私の弟だ」


「やあ」と微笑むメベド。


「……へ? お、弟? っていうかメベドって――」


 何から何まで全く理解の及ばぬ情報と状況に、ユウは頭を抱えて呻いた。しかしクロエはそれに構わず、門に向かって踏み出す。


「説明をしている暇は無い。戻れないならお前も一緒に来い。私の目の届く所にいろ」


「へ? 一緒にって、何処へですか?」


「この世界の神々が住む天界だ」


「天界……ですか。何のために?」


「世界をあるべき姿に戻すために。そして神様気取りの馬鹿な男を殴りにな」


「へ?」とユウが目を丸くしていると、クロエは彼の襟首を片手で掴み、有無を言わさず門の中へと投げ入れた。そしてすかさず自分もその光の世界へと飛び込んでいった。

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