EP5-8 尋問と告白
教室棟の1階の廊下をクロエ、リコ、ユウの三人が歩いていくと、クロエが「ここだ」と足を止めた。ユウが室名札を見上げるとそこには『面談室』の文字。ドアを開けて中に入ると、教室の半分ほどの広さの部屋の真ん中にはロの字型に並べられた長机があり、そこの椅子に一人の女性が座って待っていた。
ユウは彼女を見てその名を呟いた。
「あ――藤崎さん……」
藤崎ショウコはユウの顔を見上げると、「あら」と柔らかな微笑みを浮かべた。そしてその後に不安げな顔で俯くリコを見た。
「貴女が、社リコさん――ですね? 私は藤崎ショウコと申します。ご存知かも知れませんけど」
「…………」
立ち上がって丁寧に挨拶をするショウコに対して、リコは顔を伏せたまま沈黙していた。彼女は既に状況を理解しているようであった。
クロエは二人に向かい合った席に座るよう促すと、ユウには「お前はそこにいろ」とドアの前を示して、自身も立ったまま話を始めた。
「まず自己紹介をさせてもらおう。私は
「? 規制官――って何? 白峰君も……?」
リコが全く聞き覚えの無い言葉に思わず二人の顔を見上げた。
(ウイングズじゃないの?)というリコの当然の疑問に、ユウは何と説明すればよいのやらといった困り顔。
「我々はこの世界とは別次元の世界の人間だ」
「!?」
リコはクロエがそう表現した意味を即座に理解し、そして驚愕した。
「当然ウイングズやネストの生徒というのは仮の姿、白峰という名前も偽名だ。――別の世界、という意味は解るな? 社リコ」
「(じゃあこの人たちも――)……はい」と、微かな声で頷く。しかしその返答に一番驚いたのはユウであった。
(リコ先生……やっぱり、そうだったのか)
「では話は早いな。我々規制官は、お前のように別の世界から転移した人間が、その世界で犯す転移者特有の犯罪を取り締まる仕事をしている」
「犯罪を取り締まり……警察みたいなものですか……?」と、リコ。
「そう考えてもらって構わない。この世界の警察機関などとは無関係だが」
「…………」
クロエが淡々とした表情で話していると、その重々しい空気に耐えかねたと見て、リコはポロポロと涙を零し始めた。
***
――リコ先生の話はこうだ。
先生がいた源世界は話からすると僕がいた頃の源世界と時代は大差ないらしく、そこの所謂IT系の会社でプログラマーとして働いていた、とのこと。でも過労と心労が重なって心の病に罹り、ある日ふとしたきっかけで電車のホームに飛び込んだ。正直僕と似た状況だったから、これに僕が同情しなかったとは言えない。そして死亡したはずの先生は、気が付いた時にはこの超能力者の世界『グレイターヘイム』へと転移していた。それが学園ネスト入学式の2週間前。
最初は当然めちゃくちゃ戸惑ったらしいけど、言葉も通じるし文化の違いもそれほど大きくなかったから2、3日で慣れたらしい。ちなみにクロエさんの話では、転移というのは言語の認識ごと亜世界に関連付けられるから、大抵の場合は異文化世界でもコミュニケーションに齟齬は生まれないらしい。
源世界のしがらみから解放されたと感じたリコ先生は、自分にも電磁気を操る殊能があることを知り、それで試しにハッキングをしてみたところ、かなり厳重なセキュリティですら容易に突破できることを知った。そして本人曰く『昔から憧れていた』学校の先生になってみたいと思い、この学園ネストの教職員名簿を書き換えてみた。
本来はこの時、新規採用予定者として自分の情報を入れるつもりだったらしいけど、本人の意識していないところでアルテントロピーが発動して、リコ先生の情報と元々在籍していた藤崎先生の情報の関連付けが差し代わり、結果として二人の立場や経歴が交換されてしまった。これはクロエさん曰く『社リコの思い描く理想の教師像が藤崎ショウコという人物像と一致していたんだろう』とのことだった。
***
リコは自分よりも大分背の高いショウコの手をしっかりと握り、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら何度も謝った。
「本当はぁ……ちょっとの間だけと思ってたんです。きっと私は、誰かの築き上げてきたものを横取りしてるんだって――でも……でもぉ……」
泣きじゃくるリコの頭を、ショウコはまるで彼女の先生かのように優しく撫でながら言った。
「解るわ。きっと皆、とてもいい子たちだったのよね……?」
「はい……」と、小さくコクンと頷くリコ。
「生徒たちは皆本当に素直で元気で……。こんな――人生から逃げ出してしまった私のことを『リコ先生』って笑顔で呼んでくれて。私もそんな皆にちゃんと教えられるようにって思って、毎日本気で殊能の勉強をしてるうちに――」
「生き甲斐を見つけたのね?」と、ショウコ。
「はい……。『私の居場所はここなんだ』って思っちゃったんです。本当はあなたの居場所なのに……本当にごめんなさい、藤崎さん。――ううん、藤崎先生」
その様子を黙って見ていたユウは、胸を締め付けられるような思いでひっそりと拳を握っていた。
(そうだ、リコ先生の気持ちは解る。僕も一度は逃げ出したんだ――自分の命を絶つことによって、現実という世界から逃げた。だから
チラリと覗いたクロエの横顔には、ユウとは違って同情の色も感化された様子も無かった。そして果たして彼女の台詞は、彼の想像通りのものであった。
「社リコ。お前の情報の関連付けは、私が元通り藤崎ショウコへと戻しておく。そしてお前は情報犯罪者、ディソーダーとして更生プログラムを受けてもらう」
仕方ないことだとその言葉を受け入れたリコは、もう一度深くショウコに頭を下げ、クロエの方へと足を向ける――そこでショウコが「待ってください」と声を掛けた。それはクロエへと向けた言葉であった。
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