EP5-9 一件落着
急なショウコの引き留めに、しかし動じることもなく「何か?」とクロエ。
「社さんの罪はそれほど重いものなのでしょうか?」
「……いや。単なる情報置換でしかない為、情報犯罪として見れば最も軽微な部類だ」
するとそれを聞いたショウコは意外な言葉を発した。
「でしたら――彼女を見逃して頂くことはできませんか?」
それに対し「え?」と驚きの声を上げたのはリコとユウである。
「社さんは、確かに彼女は教員として本来の手続きを経た人間ではありません。でも授業を受けている生徒たちの姿を見ていて、そして今彼女の言葉を聴いてみて、私は確信しました。この人は――社先生は1-Aに必要な教師です」
「藤崎先生ぇ……」と、掠れた声を洩らすリコの頬を再び涙が伝う。しかし――。
「悪いがそれはできない相談だ。私は
「そう……ですか……」
無念そうに肩を落とすショウコ。そこへ「だが」とクロエが付け加える。
「無過失の軽微な犯罪且つEランク以下のディソーダーであれば、一定期間の監視という措置だけでこの世界に残留させることはできる。一等規制官の裁量でな」
「じゃあ!」
「ふむ、まあ被害者側がそこまで言うのなら仕方無い。今回はそれを適用するとしよう。――ユウ、監視はお前が行え」
「えっ?! あ、はい! 了解しました!」
「但し情報の復元は行う。よって社リコのこの学校での行為は全て藤崎ショウコの行ったものとなり、社リコの社会的身分は抹消される。あくまでも源世界に連行はしない、というだけだ。これに関しての異論は認めない。いいな?」
「……はい。それは承知しています」と、リコ。
「ではそのように手続きを取る。それと再犯防止及び監視の為、
「……はい」
云わずともクロエの言葉には有無を言わさぬ絶対的な響きがあり、それに異を唱えられる者などいなかった。
***
それから1週間後――。執務室で学園長が戸惑いの声を上げた。
「ええっ?! そんな藤崎先生……いきなり第三校へ転属願いなんて――ここでの業務に何か不満でも? 生徒からの嫌がらせとか?」
それに笑顔で応えるショウコ。
「いえ、そんなことはありません。皆とてもいい子たちですよ。ただ家庭の事情で引っ越すことになりまして、移転先からですと
「そうですか……それは残念です。1-Aの生徒たちもようやく慣れてきた頃かと思いますが――」
学園長が丸い肩をしょんぼりと落としたところで、執務室のドアがノックされ、間もなくクロエが入ってきた。彼女はショウコに見向きもせずに、書類の束を持って学園長の前へ。
「失礼します学園長。少しお話があるのですが、宜しいでしょうか?」
「え、ええ――何でしょう? 白峰先生」
するとクロエは言葉より先に書類の束を手渡した。
「職務経歴書……?」と学園長。
「実は私の知人で先日まで教員をしていた者がいるのですが、今度彼女がこの第一校の近くに転居することになりまして、是非ともこちらで引き受けて頂けないかと」
「ほう、それはなんとも良いタイミングで――丁度今、藤崎先生が転属の話を」
学園長が言うとクロエはチラリとショウコの顔を見る。
「そうでしたか。それは奇遇ですね」と、表情を変えずにクロエ。
わざとらしい彼女の台詞に、ショウコは顔を背けて思わずクスリと笑った。それに気付かず経歴書をまじまじと見る学園長。
「ほうほう、なかなかの経歴をお持ちの方だ。それに白峰先生のご推薦とあれば、お断りする訳にもいきませんな。して彼女は、白峰先生から見てどのような人物ですかな?」
「そうですね。生徒たちから慕われる、教師として充分な熱意を持った人物です」
「なるほどなるほど。それなら是非とも藤崎先生の後任として1-Aの担任をお願いしたいですな」
そう言って学園長は満足そうな笑顔を見せた。
***
「はぁーい、それでは皆さん! 今日も一日ぃ、張り切っていきましょー!」
一段と晴れ上がった野外演習場に響くリコの元気な声が、グラウンドを走るマナトらに発破をかける。
「いやいや……もう勘弁してよ、リコりー」
そう言いながらも誰一人として、彼女を嫌う者はいない。
グラウンドの片隅で、一足先に周回を終えたユウは授業の様子を見に来たクロエに向かって言った。
「ありがとうございます、クロエさん。藤崎先生もとても良い人でしたけど、やっぱりこのクラスには
「別に感謝することではない。私はただ社リコに適当だと思う設定を作っただけだ。それに最初に申し出たのは藤崎ショウコだしな」
「それでもいいんです、ありがとうございます」
つんと澄ました端正なクロエの顔を、ニヤけ顔で見つめるユウ。
「――なんだその顔は。任務中だぞ」と、
「ふふふ……(とか言ってわざわざ見に来るんだから、クロエさんも気に掛けてくれてるんですよね!)」
「………………」
明るい笑顔で生徒たちを叱咤激励する、ピッタリサイズの白衣を着たリコの姿を見つめるクロエ――。如何なる時も冷静沈着で殆ど感情を表さない彼女は、しかしともに行動していれば、その瞳の奥に強い意志だけでなく深い慈愛をも隠しているということに、ユウは最近になって気付き始めていた。
「これでようやく一件落着ってことですよね。でも正直この世界を離れるのは、なんだか少し寂しい気もするなあ。クラスの皆とも馴染んだところだし、『トールの槌』なんて顕現名まで貰っちゃいましたしね」
ユウが披露した勇者専用魔法――巨大な雷撃を操る能力は殊能局から正式に認められ、ユウは『トールの槌』という
「いつ頃源世界に戻るんですか? リコ先生の監視期間っていうのが終わるまで?」
お気楽な顔でユウが尋ねると、しかしクロエは真面目な顔で答えた。
「何を言っているんだ、お前は。任務が終わらなければ帰る訳にはいかんだろう」
「ほへ? だってディソーダーは見つけて、改変はもう修正したんじゃないんですか?」
「片付いたのは社リコの件だけだ。だがあいつが改変をしたのは入学式の2週間前、私たちが追っているのは3週間前に起きた改変だ」
「ええっ? じゃあ今回の件は……」
「任務中に偶然見つけたから処理した、というだけの話だ。そもそも社リコのようなEランクのディソーダー相手にルーラーが派遣されることなどない」
「ええ……。僕はてっきり――ハァ……(お手柄だと思ったのに)」
魂が抜け落ちるような大きな溜め息を吐くユウの頭を、ポンポンと叩くクロエ。
「めげるな。少なくともお前の働きによって、二人の人間が正しく世界と向き合うことができたんだ。それは規制官として最も重要な使命の一つだ」
そう言われて嬉しそうに顔を綻ばせるユウに、遠くからリコが声を掛ける。
「白峰くーん! 休憩終わりですよぉ!」
「はーい! 今行きます!」
クロエに会釈をしてユウが走り出すと、彼女を認めたリコが小さくお辞儀をする。それに手を振ってグラウンドを後にしたクロエの顔には、優しい笑顔があった。
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