EP13-7 それぞれの結末
エルマンのいる寂れた教会――。ひび割れたステンドグラスから射し込む暖かな陽光が、そこで祈る老齢の神父の背中に、明暗の斜線を引いた。
木板を打ち付けて補修された扉が開き、その神父エルマンが振り返ると、入口には3つの人影。
「おおレイナルド、それにロマ。さっきまで遠くから、それは恐ろしい地響きがしておってな……お前たちも気付いたじゃろう? ――そちらのご婦人は?」
彼の言う地響きとは、レイナルドとミリアの戦闘によるものであったが、彼らはそれには触れなかった。
「……彼女が……フェリシアを助けてくれる……らしい」とレイナルド。
「なんと――」
エルマンは、教会にあって殊更神々しく映るクロエの美しい姿を、まじまじと見つめた。
「貴女がフェリシアを……?(なんという美しさ……)神の御使いであらせられるのか――」
「いや、ただの人間だよ」と、あっさり答えるクロエ。
レイナルドがエルマンに目配せで促すと、彼は腰に付けた鍵を使って、礼拝堂の講壇の後ろにある隠し扉を開けた。
「こっちだ」
エルマンに続いて三人は隠し部屋に入る――階段を降りた狭い部屋の中央には、白い棺。その蓋を徐に開けると、中にはブロンドの若い女性が死んだように眠っていた。
クロエは
「なるほど。本当にただ眠っているだけだな。……覚醒に必要な情報を改竄しつつ、代謝を極限まで低下させて仮死に近い状態を保っている訳か。呪いではなく改変だな」
クロエが数秒意識を集中させると、フェリシアの瞼がピクリと動いてから徐々に開かれた。
「…………。ここは――? あら、おはようレイ。ごめんなさいね、私ったらまた居眠りを?」
傍で見守っていたレイナルドに気が付いて、フェリシアは昔と寸分変わらぬ様子で穏やかに微笑んだ。
「……フェリ……シア――」
レイナルドの表情に安堵が訪れ、愛情に満ちた優しい人間の瞳から、一筋の涙が零れた。おぼつかない身体で起き上がろうとしたフェリシアを、彼は静かに強く抱き締める。
「ちょっとレイ、どうしたっていうの? 他の方がいらっしゃるのに――」
狼狽する様子の彼女を見て、エルマンはホッと胸を撫で下ろし、ロマもその感動の再開に笑顔のままで涙を流していた。
***
血晶城の玉座の間では、ガウロスが狼狽を隠し切れずに、身振り手振りで混乱を主張していた。
「べっ――!? 別世界と仰られましたか?!」
「そうじゃ、別の国でも別の大陸でもない。幽世の如く断絶され、リアム様とその連れの者しか往けぬ世界よ」
ミリアは悦に入る様に答えた。
「――そ、それでは……いつ頃お戻りに?」
「戻らぬ。妾はリアム様と伴にある。……二度とこの地には戻らぬ」
「なんという――」
身勝手な、とは口が裂けても言えぬガウロスは、恨めしそうにリアムを見た。リアムは気不味そうに咳払いをした。
「一応、訂正させてもらうが……ミリアは元々私たちの世界の人間だ。つまり行くと云うよりは、帰ると言う方が正しい」
「なんと――!? それは真に御座いますか?」
ガウロスは衝撃の事実に耳を疑ったが。
「うむ。妾はこの世界の存在ではない。カル・ミリアという名もかりそめに過ぎぬ」
「おお、何たる事か……。では我ら、御方より生み出されし吸血鬼は、この後何方を主と仰げば――」
「そんな
「妾が去れば、真祖はヴェイラッドのみじゃ。奴に仕えるか――それが嫌ならば、レイナルドにでも仕えるが善かろう? 彼奴も一応真祖の血は入っておるし、何より妾と引き分けるほどの強さの持ち主じゃ。レイナルドが王となれば、妾が去ったとて手を出してくる種族はおるまい」
「し、しかしヴェイラッドの一族とは、長きに渡り敵対しておりましたし……それにダンピールのハンターが主などと……それでは、吸血鬼としての誇りが――」
ガウロスのまくし立てるような異議申し立てに、
「あーもう、っさいわね!! 一族とか誇りとかどうでもいいわよ! 要するに好きにしろっつってんのよジジイ!」
「そんなに従いたければ……いいわ。じゃあ真祖として最後の命令をしてやるわよ。よく聴きなさい――」
ミリアは胸一杯に息を吸い込むと、城全体に殷々たる声で告げた。
「真祖カル・ミリアの名に於いて命ずる。今この時より、我が眷族は総てレイナルド・コリンズの配下となるべし――以上!」
「なっ――」と言葉に詰まり、口をパクパク動かすだけのガウロス。
「ふぅ……スッキリしたわ」
髪を払いながら爽快に笑うミリア。そこでクロエからリアムに通信が入る。
[リアム、こちらは片付いた]
[――了解した、ありがとうクロエ]
するとミリアは「リアム様」と呼び掛けた。
「何か?」
「もしレイナルドに伝言を残せるなら――『あとはよろしく』と、お伝え頂けますか?」
「ああ、承知した」と、リアムがそのままの言葉をクロエに伝える。
「それだけでいいのかい?」
「ええ、充分ですわ」と微笑う彼女の顔は、吸血鬼というより小悪魔である。
「では、戻るとしようか」
「――はいっ!」
ミリアはリアムの太い腕に幸せそうに絡みつくと、ガウロスに向かって言った。
「じゃあね、ガウロス。元気でね」
慌てふためく彼に茶目っ気たっぷりのウインクをするミリア。
[――これより帰投する。アイオード、
リアムがそう指示を出すと、間もなく二人はダークネストークスから消失したのであった。
***
――2276年3月。
源世界/WIRA本部/転移室――
真っ白な部屋の中央に座する大型水槽の様な球体、
そのゼリーにチカチカと
クリサリスに繋がれた大型のパイプからゼリーが排出され、新たに透明な液体が満たされると、その浮力によって持ち上げられたクロエが、球体の上部からしなやかに上がる。階段状に盛り上がった床を降る彼女の右眼が、ぼんやりと青く光りながら、その視界に『OLS再起動中』の文字を表示させた。そこへ――。
部屋の壁の一部がポッカリと開いて、ユウが慌てた様子で入ってきた。
「クロエさん! ――あ……せ、すみません!」
クロエの裸体を見て、すぐに顔を引っ込めるユウ。
「構わん。どうした?」
部屋の外側の壁に背を付けながら、ユウが答える。
「
その言葉に、クロエは暫し沈黙で応えた。
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