EP4-4 最強を名乗る資格
只ならぬ空模様を見上げて「あれ……」とホノカが口を開いた。
「えっ――ウソ……」と呟くアヤメに続いて。
「ひょっとしてこれ、白峰がやってんのか?」とトウヤ。
「おいおいマジかよ。こりゃ電気じゃなくて――」とヒロ。
「天候操作――だと?」とマナト。
「じゃあまさか……二重顕現……」とリン。
「冗談でしょ?」とチトセ。
だがそんな周囲のざわつきは一意専心のユウには届かない。黒雲が充分に発達し雷鳴と稲光を内包し始めると、ユウは掲げ開いていた手を握り締め――。
「はあっ!」と叩きつけるように振り下ろした。
目が眩むほどの閃光と空間を引き裂く雷鳴、地面から足に伝わるズシン!という衝撃。一瞬後に、巻き上げられた土砂と人工芝が突風に乗ってやってきた。
「きゃあっ!?」と、可愛らしい悲鳴が女子の間から飛ぶ。
やがて煙る視界が晴れ、役目を終えた黒雲が何事もなかったかのように掻き消えていく――。
「………………」
ポールは勿論跡形も無く消滅し、地面はそこを中心としてクレーターの如く、半径50メートル程が抉り取られていた。丸い輪郭はチリチリと真っ赤に燃え、風に舞う焼けた人工芝、そして周辺にはそれらが焦げた不快な臭いが流れていた。――まるで爆撃を受けたかのような凄絶な光景。それを前にした生徒達は言葉を失っていた。
***
春風吹く昼の心地よい暑さから一転、花冷えを感じさせる夕刻前――。淡青と帯黄色のバイカラーの遠景を背に、学生寮の門前に立つクロエ。
臨時顧問として赴任している彼女の服装は、ウイングズの白い軍服ではなく、スタイリッシュな黒いフォーマルスーツである。それは
下校時であり、ワラワラと歩く生徒達の中には彼女に話しかけたそうにしている者も多かったが、両腕を組んで佇立するクロエが纏う張り詰めた空気はどこか近寄り難い雰囲気で、好奇心旺盛な者でもひっそりと遠巻きに見物するか、黙って一礼して彼女の前を通り過ぎるしかなかった。
やがて一日の授業を終えて教室棟から続々と帰ってくる生徒達の中に、ネストのブレザーを着て肩掛けのバッグを背中に回し、独りトボトボと歩いてくるユウ。彼はふと顔を上げると、遠くで待ち構えるクロエの姿に気付いた。
「あ、クロエっ――姉さん!」
OLSで定期的に連絡は取り合ってはいたものの、初日から互いに授業や業務で忙しく、直接顔を見るのは入学式以来、2日ぶりである。正直初めての亜世界任務で心細さを感じていたユウは、満面の笑みでクロエに駆け寄った――が。
「……あれ?」
もともと冷めた表情のクロエの顔であったが、それがいつもより更に険しいような気がしてユウの足が遅くなる。
「おい」と、クロエが一言。
その響きだけでユウは、これがいつもの『叱られるパターン』であることを正しく理解した。そして当然心当たりが無い訳ではない。
「何だ、これは」
クロエは手に持っていた1枚の書面を見せつける。
***
ユウの部屋――学生寮の各部屋は構造上の位置によって多少違いはあるものの、間取りは全て1Kの一人用。決して広くはない。部屋には学校支給のタブレットを差し込んでそのままディスプレイとして使える勉強机と、睡眠学習用のスピーカーが内蔵されたベッドが標準仕様で備え付けられている。内装はオフホワイトを基調としたシンプルなもので、壁や天井に手を加えることは原則禁止されているが、実際には生徒達の多くが思い思いにポスターなどを飾ったりしていた。
ただユウの部屋は入居間もないこともあって、そういったコーディネイトどころか荷解きすら未だにされておらず、ベッドの布団が少しめくれている以外に生活感を表す要素は見当たらなかった。
「何をやらかしたんだ、お前は」と、クロエ。
彼女は断りもなく勉強机の前の椅子に腰を下ろすと、制服のままベッドに畏まって座っているユウに言った。その手には学園の推薦状。
「……すみません」
「まあ大体の想像はつくが――さっきお前の担任の社とかいう女が、私の所へ是非にと持ってきたぞ。絶賛を添えてな?」
「……すみません」
「まったく。私が目立つのは今更だが、潜入捜査のお前が目立ってどうする」
「……すみません」
「
「…………すみません」
ユウが泣き出しそうな顔で謝るので、クロエは溜め息を吐いて立つと、彼の銀色の髪にポンと手を置いた。
「まあ初任務で勝手が分からんのだろうが、それは誰が何処の世界に行っても同じだ。規制官の現場はいつだって、文字通りの別世界だからな。私が最初に『馴染め』と言ったのはそういう意味だ。そして任務で大事なのは亜世界を観察し、理解し、想像することだ。過度の干渉はするな」
「……はい」
「
「はい」――と頷いたユウの脳裏には、アーマンティルでの冒険の日々とその終着点。
唐突に人生の目標を奪われる理不尽さは、死にも似ている。世界そのものの消滅を回避する為というクロエらの目的を理解すれば、ユウとしてはまだ受け入れることも出来たが、それがもし身勝手な振る舞いや想像力の欠如によってもたらされたものであったならば、到底彼が納得することは出来なかったであろう。
「
「はい……(勘違い? 規制官が強くないって?)――でも僕は、クロエさんやリアムさんほど強い人を知りません。僕はともかく、クロエさんたちは正に最強と言うに相応しい人だと……」
するとクロエは首を横に振った。
「私たちは強いのではない、弱くないだけだ」
(弱くない――だけ?)
「いいかユウ、強いというのは『弱いということを知って尚、前に進み続ける者のこと』だ。最初から強い者に最強を名乗る資格など無い」
自戒のようにも聴こえるその台詞は、しかしユウの心の隅にへばり付いていた傲りを打ち砕き、同時に規制官が規制官足る所以を理解させるに充分な重みがあった。
(そうか。だからあの時クロエさんは僕に――)
ユウが規制官になりたいと言った時、その申し出をクロエは『君が弱いからだ』と一度は拒否した。しかしその言葉はただそれだけの意味ではなく、ユウに『人として強くなって欲しい』という期待を込めた彼女なりの優しさでもあったと、ユウはこの時初めて理解することが出来た。
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