EP4-5 プロタゴニスト

 クロエの真意を刻み込む様に頷いたユウの肩を、彼女は「よし」と軽く叩き、再び勉強机に寄り掛かるようにして腕を組んだ。


「――では報告を。何か分かったか?」


 スッキリとした表情で気持ちを切り替えられたユウが答える。


「今のところ1-Aの生徒で犯人それらしき人はいません。単純に戦闘能力という点で云えば、ネームドの朱宮さんと鑑くん、それと不動さんが少し抜けている感じではありますけど……」


「――けど不自然ではない、か?」


「はい。正直アーマンティルなら中の上ってところですね。今日の実技査定を見る限りでは、ですけど。少なくとも災厄竜――ガァラムギーナほどの圧倒的な存在感っていうのはありません」


 もし情報犯罪者ディソーダーが皆ガァラムのような存在であるならば、戦闘力それだけでも不自然さが感じられるのでは、とユウは考えた。


「そうか。朱宮ホノカは『スルトの火』、鑑マナトは『アイギスの盾』、不動アヤメは『ヴェルンドの鉄』だったな。――念の為彼らの観測情報はアイオードに解析させておけ」


「解りました」


「『フレイズマルの金』はどうだ?」


「黛さんは、ネームドとは言っても戦闘向きではないですね。性格も大人しいですし。透明になる殊能なので戦術的には汎用性が高そうですけど、彼女がディソーダーっていうことはないと思います」


「ふむ……。Bクラス以下にもそれらしい不自然さは無かった。ならば1年のクラスにはいない――か? もしくはアルテントロピーネームド並みの殊能を敢えて隠している? いや、そんなことをするメリットは無いな……」


 クロエが独り言を言いながら頬杖をついて考え込む。そこへユウが「質問なんですが――」と切り出した。


「ディソーダーはアルテントロピーを持つ転移者、ということは戦闘能力が高い……っていう認識でいいんですよね?」


「間違いではない。前にも言ったが、戦闘行為というのはアルテントロピーを励起するには持ってこいだ。ディソーダーは往々にして戦闘に長けている。100%とは言い切れないがな」


 するとユウが「うーん……?」と首を捻り、少し考えた後。


「それなら鑑くんって……殊能は朱宮さんより見劣りしますし、格技も不動さんほど強くもないですけど――なんかちょっと、皆と違う雰囲気を感じることがあります」


「違う雰囲気?」


「はい。なんて言えばいいのかな……? 社先生も含めて、クラスの皆を引き付けるっていうか――別に魅了してるとか人気があるって意味ではないんですけど、何か色んな形で鑑くんが皆に……影響を与えてるって言った方がいいかな?」


「影響を――? それはお前にも、か?」


 クロエの眉間に微かな皺が寄った。


「あ、いえ。僕は全然。むしろそういう時は蚊帳の外って感じです……はは」


 ユウは照れ笑いとも苦笑いともつかぬ笑みを浮かべて、わざとらしく頭を掻いた。


「ならば恐らく鑑マナトそいつは――『高粘度情報保持者プロタゴニスト』だ」


主人公プロタゴニスト、ですか?」と、ユウはその単語を直訳してみてから首を傾げた。


「ああ。プロタゴニストというのは、亜世界における高粘度の情報保持者のことだ。――『情報粘度』は解るな?」


「固有情報の結び付き、関連性の度合い、でしたっけ?」


「そうだな、もっと厳密に云うならば関係性の複雑さのことだ」


「複雑さ。――なんで粘度なんですか?」


「アルテントロピーに慣れてくれば解るが、粘度というのは規制官の感覚に沿った職業用語スラングみたいなものだ。複雑な関係性を持つ情報を改変しようとすると、関係性それに引っ張られて情報が感じるんだよ。――お前はまだその感覚は無いか?」


「うーん……? そういう感覚は分からないです」


「まあ剣や魔法のような無機物の改変では感じないかもしれんな。有機物生き物相手なら多分解るだろう。粘度が高い存在は直に情報を改変するのが難しい。そういう意味では『改変に対する耐性』とも捉えられるか」


「なるほど」


「話を戻すが――亜世界には、本人の意識とは無関係に一見全く関わりが無いような存在とも複雑な関係性を築く人間、つまり高粘度の情報を保持している人間がいる。彼らの多くは世界的な影響力を持っていたり、または数奇な運命を辿る者だ」


(プロタゴニスト……数奇な運命を辿る人間かあ……)


「そういう人間を我々は高粘度情報保持者プロタゴニストと呼んでいる」


「へぇー。じゃあアーマンティルにも主人公プロタゴニストがいたんですか?」


 興味津々で訊くユウにクロエが溜め息。


「……鈍いのかお前。――剣と魔法の世界アーマンティルのプロタゴニストは勇者お前だよ」


「ふぇっ?! 僕が?!」


 目を丸くして思わず大声を上げたユウをクロエが冷たい目線でたしなめた。


「静かにしろ。別に珍しいことじゃない。転移や転生というのは亜世界全体との関連付けだから、転移者はプロタゴニストになる可能性が高いんだよ」


「(そうなんだ……)じゃあもし鑑くんがこの世界の主人公プロタゴニストだったとしら、彼が情報犯罪者ディソーダーということですか?」


「その可能性は無いとも言い切れんが――どうも腑に落ちないな……」


「何がですか?」


「お前の見立てでは、鑑マナトにアルテントロピー飛び抜けた戦闘力は無いんだろう?」


「ええ、まあ……。でも僕の感想なんて当てにならないですよ?」


 あっけらかんと笑うユウに、目頭を抑えるクロエ。


「言い切るんじゃない、バカ」


「すみません……」


 クロエは小さく溜め息を吐いて。


「――アルテントロピーを持つ者のは信じていい。優れた規制官ルーラーともなれば、情報次元そのものから何かを感じ取ることもあるからな。もし鑑マナトがディソーダーなら、もっと極端に優れた殊能が顕現していてもおかしくないはずだ」


「そういうものなんですか」


「そういうものだよ。過去に私が戦ったディソーダー、この国のクーデターの首謀者であった塔金とうがねヒデキという男は二重顕現者だったしな」


「なら鑑くんはプロタゴニストじゃない?」


「いや。プロタゴニストが必ずしも転移者であるとは限らないし、ディソーダーがプロタゴニストであるとも限らない」


「はぁ……なんか複雑ですね」


ユウお前転生した勇者プロタゴニストだったが、ディソーダーではなかっただろう?」


「そうか……言われてみればそうですよね。じゃあ鑑くんは今回の件とは関わりが無いってことでしょうか?」


「プロタゴニストは大抵の事件イベントに何らかの形で絡むから、完全に無関係ということはないだろうが、少なくともディソーダーではないだろうな」


「でもそうなってくると、1年生の中に犯人候補それっぽいのはいないですね」


 ユウが自分の方ではお手上げといった様子で首を振ってみせた。


「そうだな。まあ念の為1年の監視は続行しろ。特に鑑マナトはどこかしらで可能性がある。……本人が気付いているかは別としてな」


「了解しました。――他の学年はどうします?」


「2、3年にはそもそもネームドがいない。あと生徒で気になるのは4年だが、お前が接する機会は少ないだろう。彼らは私の方で調べてみる。実戦練習適当な言い訳で能力を確認することもできるからな」


 とは云え予想以上の手掛かりの少なさに、これは少々難航しそうだな、というのがクロエの率直な感想であった。

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