EP4-6 三人のネームド
この年の4年生のクラス編成は、歴史の長い学園ネストにおいても異例であった。それというのも一部の生徒の殊能が余りにも突出し過ぎている為、この学年だけは特例として、Aクラスとなる基準を彼らに合わせて大幅に上げたのであった。その結果、学年全体の生徒数は150名と他学年より多いにも関わらず、Aクラスに残れた人間は僅か3名。
そしてその生徒とは、
朝の穏やかな陽光に照らされたゲストホテル最上階。クロエはシルクのローブを纏ってバルコニーへ出ると洒落たチェアセットに腰掛けて、程好い日光に目覚めを感じながらモーニングティーを飲んでいる。しかしその優雅な振る舞いの裏では、今日これからの仕事に関わる情報収集を怠っていない。
[神堂クレトは学科・格技・殊能の全てがA+で、既に国防省への内定が確定しています。恐らくウイングズに入隊するものと思われます]
(私の部下候補ということか……)
クロエは紅茶を啜りながら、視界に映るクレトの顔やプロフィールに目を通す。
[顕現名は『ウルズの刻』。半径20メートル以内の現象を制止させる、擬似的な時間停止能力です。しかし自身に触れているものは止められず、逆に自身が触れていないものは止まってしまうという制限があるようです]
「ふむ。まあそれは本能的な仕様だろう。服まで止めれば自分が動けなくなるし、空気が流れなければ呼吸もままならないからな。――ということは、戦闘時には刃物や鈍器などの武器を使うことになる訳か」
[ご明察の通りです。銃器では発射した弾丸が止まってしまいますので]
「だろうな。――で、他は?」
クロエはカップを置くと角砂糖を一つ足して、緩々とかき混ぜた。
[杠葉コノエも同様に、全ての成績がA+です。また去年から生徒会長を重任しています]
「優等生か。なら協力的ではありそうだ」
[顕現名は『ヘイムダルの頭』。エネルギー粒子の障壁を作り出し、それを操る能力です。エネルギーの総量が決まっているので、障壁の総面積と性能が反比例します]
「ふむ……名前から考えると、障壁という使い方は本来の特性ではないな?」
[ご明察の通りです。『ヘイムダルの頭』というのは古代語で『
「なるほど。性格だな」と言って紅茶を一口。
[天夜シキは学科がAで、それ以外はA+です。ですが殊能の実用性の高さにおいては、他の2人よりも高く評価されているようです。顕現名は『オレルスの弓』]
「矢ではなく弓――か。ならば操作系だな」
[ご明察の通りです。『オレルスの弓』は、外部から与えられた運動エネルギーで動く単純な飛翔体を支配する能力です。制限の多い能力ですが、条件を満たしていれば数量・質量・運動量に関わらず、自在に操作できます。有効距離は約1キロメートルです]
「ふむ。つまり矢や弾丸、投下型の爆弾、衛星からの質量兵器……、範囲内であれば隕石のような落下物も自分の武器にできるということか」
[ご明察の通りです]
「――解った。その程度で充分だ。あとは本人達に直接確かめるとしよう」
クロエは飲みかけのカップをテーブルに置くと部屋に戻った。ローブを脱いで無造作にベッドに放り投げ、真っ黒な規制官のスーツに着替えて部屋を出る。そしてエントランスで深々とお辞儀をして見送るコンシェルジュを後目に、足早にホテルを出た。
***
教室棟の中央を貫くエレベーター。ホールの
――センターで分けられた茶色い髪とダークネイビーのストライプスーツ。身長の割りに線が細く、縁無しの眼鏡と相俟ってインテリ感が強い。その風貌から気弱そうに見えなくもないが、彼はこの学園のAクラスからウイングズへと入隊したエリート――つまりクロエの元部下である。
「急なお越しでしたので、まだ
コツコツと踵を鳴らして足早に歩くクロエに、八重樫シュンは追いすがる様に歩きながら言った。クロエの視線は真っ直ぐ廊下の先に向けられている。
「すまんな八重樫。そう急ぎの用事という訳でもないんだが、特に後回しにする理由も無いのでな」
「いえむしろ光栄ですよ。こうしてまた
「フッ、まさかお前が教師とは――手を焼いているようだな?」
クロエは前を向いたまま口元を綻ばせた。八重樫は困ったように微笑む。
「問題児、というわけではありませんが。中でも神堂は己より優秀な人間を知りませんので――家柄もあるんでしょうが、多少傲慢というかなんというか」
「お前も充分優秀だったと記憶してるが?」と、クロエ。
「恥ずかしながら、
シュンの指差す先に『4-A』の室名札。
「外佐はやめろ八重樫。今の私は単なる顧問だ」
「そうでしたね。――失礼致しました、白峰先生」
八重樫が呼ぶ『外佐』とは正式には『
「私が先に」と足を速めたシュンが、クロエに先んじて教室のドアを開ける。中にいる生徒は二人――。
最後列の机の端に突っ伏して、グランジ風のロングアシメの黒髪を簾の様に垂らし、打ち揚げられた魚の如くグッタリと寝ているのが、『オレルスの弓』の天夜シキ。そして最前列のど真ん中に座って、黙々と自習に勤しんでいる琥珀色の髪の眼鏡少女が、『ヘイムダルの頭』の杠葉コノエであった。
シュンは教室をさっと見回してから、コノエに声を掛ける。
「おはよう杠葉。――神堂は来ていないのか?」
「おはようございます、八重樫先生。神堂君でしたら訓練棟に――ぃ?!」
顔を上げながら応えたコノエが、シュンの後ろに立つクロエに気付いてハッと息を呑んだ。
「!? しし白っ――峰先生っ?!」
生徒会長でありながら意外と世俗的な彼女は、入学式でクロエを見て以来すっかりその信奉者となった生徒の一人であって、今しがた勉強に使っていたタブレットの壁紙も、密かに隠し撮りしたクロエの写真にしているほどであった。
コノエは即座に席から立ち上がると、ズレてもいない眼鏡をわざわざ掛け直してから思い切り一礼し、その勢いで頭を机にぶつけた。
「痛ったぁ……。あ! ――おは、おはようございます! 4年ええA組、ゆ、杠葉コノエと申します、よ宜しくお願い致す!」
「(致す? 変わった口調だな)……ああ、おはよう」
明らかに緊張で噛んだコノエの挨拶をそのまま受け止めるクロエ。
普段は毅然として落ち着いているコノエの、その彼女らしからぬ慌てふためいた大きな声に、隅で眠っていたシキが目を覚まして気怠そうに顔を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます