EP9. *The way I am《それぞれの戦い》

EP9-1 戦う少年少女

 観客席の方角へとひた走るシュンの目に、1メートル以上ある鉄の腕を振り回し、縦横無尽に暴れるアーマードの姿が映った。

 2体のKW9は思うがまま、或いは何も思わぬままに、目の前の客席や投光器やフェンスを破壊している。全員の避難完了にはまだ到底程遠く、スタンドやその下の通路では多くの人々が混乱と悲鳴を撒き散らしながら逃げ惑っていた。

 無論SSFの兵士達がそれを護ろうと応戦してはいたが、当然の事ながら周囲に民間人がいる状態での発砲は難く、彼らはアーマードを倒すことよりも被害が及ばぬよう避難の誘導を優先している様子であった。とは云えSSFはその名が示す通り、元々が警備や救助を目的として編成された部隊である。彼らの動きや指示に無駄は無く、シュンの想像していたよりも被害はかなり少ないようであった。


(流石ですね、SSFは。群集心理の扱いが見事だ。しかし敵の目標ねらいが決まっていないだけに動きづらそうだ)とシュン。


 彼はクロエから預かったハンドガンをベルトの背中側に差し込み、近場のSSFに声を掛ける。


「ウイングズの八重樫です。銃を借ります」


 日頃から御守として持ち歩いていた部隊章をチラつかせて、恐縮する兵士からバトルライフルを奪い取ると、それを抱えて再び疾走。


(外佐の銃は弾が少ない。威嚇に使うなら――)


 このライフルで充分だ、という思考。彼はSSFの誘導を円滑にする為、とりあえず敵の気を引くことを最優先と考えたのである。またクロエの銃が彼女の言う通り『役に立つ』のであれば、きっとこの古めかしい見た目とは違った性能や威力を秘めているのであろう、とも思っていた。


 やがてアーマードのパーツの細部まで見て取れる距離に達すると、シュンは射線に人間が入らないよう注意しながら銃を構えた。その目には『クヴァシルの血』で捉えた赤い映像と、実際に肉眼で視るKW9の姿が重なって見える。


(駆動部――関節――負荷が最も大きいポイントはどこだ)


 認識した物の位置だけでなく、その状態の詳細すら手に取るように把握する『クヴァシルの血』は、距離が近いほど、そして対象が少ないほどその効果が強まるのである。現在の状況近距離で敵2体であれば、その能力は透視と予知を兼ね備えたレベルにまで達する。


 逃げ損ねて転んだ生徒に向かって振り上げられたアーマードの腕が、一層赤く光って見える。


「そこか!」


 と放った3連射バーストがその肘関節に見事命中。ジョイントパーツが歪み、剥き出したケーブルがピシピシと放電する。

 攻撃を受けたKW9は、その隙に逃げ出す生徒には背を向け、シュンをターゲットとして認識した。するとスタンドを破壊していたもう1体もそれに倣って彼の方へと足を向けた。


「よし――上手く釣れたな」とシュン。


 彼は避難経路と真逆の方向へと走り、自身が敵であることをアピールする為に威嚇射撃を繰り返しながら、アーマード達を団体戦のフィールドの方へと誘い込む。

 果たして餌に釣られた2匹の獲物が鈍重な足で迫り来ると、シュンは弾薬の尽きたバトルライフルを投げ捨て、流れるように背中のハンドガンを抜き出す。両手でしっかりとグリップを包み込み、片足を半歩引いて斜に構える――お手本の様なモディファイド・アイソサリーズスタンス。


「使わせて頂きますよ、外佐」


 シュンはクロエの言葉を信じ、再び敵の弱点を凝視しながらそのレトロな銃の引き金を引いた――瞬間、銃口から発生する凄まじい衝撃波。その反動で彼の身体は真後ろに5メートル程押し飛ばされた。


「――?!」


 弱点どころか装甲ごと粉砕しながらKW9を貫通する弾丸。たまたま背後に重なっていたもう1体の胴体まで難無く通過して、シュンは想定外の1ショット2キルを達成してしまった。


「な――(なんて威力だ……危うく肩が外れるところだった……)」


 背後に壁でもあったならば、反動で叩きつけられて自分までダメージを受けていたところだ、とシュンは苦笑いをしながら銃を見る。


(こんな異常なふざけた武器を片手で連射してるのか、外佐あの人は。――人間じゃないな)


 というのは褒め言葉である。

 シュンは完全に沈黙したアーマードの状態を『クヴァシルの血』で見て取ると、避難所の方へと向かった残り1体の位置を探る。


(まだそう遠くはない……SSFが上手く足止めをしてくれている)


 それを確認したシュンはハンドガンを躊躇いがちに腰へ差し込むと、そちらに向かって走り出した。



 ***



 管理棟の裏に設けられた臨時避難所には多数の生徒や教師、大会を観戦に来ていた各関係者が集まっていた。

 チトセはそこで救護班に交じって負傷者の応急手当をしている。彼女は兵士の脚に止血スプレーをかけて包帯を巻き終えると、銃声が鳴り止まぬ方角を不安そうに見上げた。


(皆、無茶はしないで――)


 アーマードはそこから500メートル程離れた地点――道路が開けて訓練棟や教室棟、学生寮や大講堂へと分岐する広場の辺りで、SSFや有志の軍人達の手によって足止めされていた。しかし厄介なことにKW9の手には、彼らが使用していた銃が握られていたのである。

 ――通常、というのは戦闘時のことであるが、アーマードは腕ごと専用の大型銃火器へと換装されて運用される。しかし現在は人間を模した手腕パーツマニピュレータを装備しており、その下腕部の中には更に『人間サイズの手』も内蔵されているのである。ドアを開ける、物を掴むなどの精密動作を可能としているその手を使って、KW9は拾得或いは強奪したSSFのバトルライフルを使用していたのであった。


「回り込め!」


「避難動線を確保する!」


「手を狙え!」


「こっちへ! 早く!」


 SSFの3名と軍人2名は頻りに互いの行動を確認し合いながら、なんとかアーマードを食い止め、残る避難者を護りながら戦う。その中にはリコの反対を押し切って救助を手伝う1ーAの生徒達の姿もあった。


「風見君、この人を!」とリン。


「分かった!」とトウヤ。


 彼女は『フレイズマルの金』によって透明化した状態で、倒れた者を起こしたり、一人では動けぬ人間がいれば身体能力強化の殊能を持つトウヤの助けを借りたりして、避難者を次々と運んでいた。

 そしてヒロは、恐怖で腰を抜かしてパニックに陥ってしまった者に対し――。


「『大丈夫、もうアーマードは鎮圧されましたよ』」


 といった幻覚を『ガングレリの森』を使って見せて、落ち着いたところで避難に加わるように促したりしていた。


 そんな中で脚を負傷した兵士が、落ちていたライフルに足を取られて転倒した。


「うわっ――」


 彼にアーマードの銃口が向けられる。


「クソっ……(ダメか!)」


 その瞬間にライフルを拾い上げる少女の手――。


「下がって! 『ヴェルンドの鉄』!」


 彼女が手にしたライフルは一瞬で熔けて拡がり、直後に強固な一枚の盾へと形を変えた。その鉄の盾が寸出のところで銃弾を弾き返す。


「あ、ありがとう、助かった」


「ここは護ります、後退して怪我の手当てを」


 と言うのは、唯一直接戦闘に参加しているアヤメである。その身の所々には、金属を変形させて作ったプロテクター。


(動作が雑だから攻撃はもう読める――なら!)


 防御など不要、とアヤメはそれらのプロテクターと今しがたの盾を合成して圧縮し、一振りの日本刀を作り上げた。


「不動流居合術宗家師範代、不動アヤメ」


 鞘を腰に、鯉口を切る――。


「いざ尋常に、参ります!」

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