EP5-4 M計画

 ベクターの解り易い反応を視界の端で捉えたクロエは、思考会話でAEODアイオードに伝える。


[アイオード、こいつらの生体データを取れ]


[承知致しました]と、クロエの横に浮かぶAEODアイオード


 駆け引きの苦手なベクターが余計なことを口走る前にと、カゲヒサが口を開いた。


「M計画ですか……。確かそれは――そう、対殊能者を想定した新型機械の計画……でしたかな? いやはや儂も忙しいもので、全ての計画を把握しているわけではありませんからなあ」


 そう取り繕うように話すカゲヒサらの声の波長、体温と発汗量の変化、瞳孔の開きや視線、心拍数などをAEODアイオードが計測する。それらの生体データから言葉の真偽を見抜き、クロエに報告する。


[全てが嘘ではありませんが、隠したい事が多いようです]


[そうか]とクロエ。彼女は一呼吸の間を置いてから再びカゲヒサに訊いた。


「――Mというのは、何の略だ?」


「それは当然、マシーン……でしょうな。何せ機械ですから」


 ほとんど淀みなく答えるカゲヒサの言葉に対し「嘘です」と即座にAEODアイオードが報告する。


「なるほどMachineマシーンか。だがそれなら敢えて略す必要性は無いように思えるがな」


 クロエは暫く考え、そして唐突に呪文でも唱えるかの如く単語を並べ始めた。


「Magic、Marionette、Masquerade――」


 カゲヒサとベクターは「?」と疑問の眼差しを合わせる。云うまでもなくクロエは、並べた単語の中からそれに対する彼らの反応を見ようというのである。


「Material、Memory、Military、Mirror、Modify――」


 そこで[Mirrorミラーです]と、AEODアイオード


 クロエはそこで言葉を止め、カゲヒサの目をじっと見つめた。


「如何されましたかな?」


 彼女の意図が全く読めぬカゲヒサは、濁った瞳に怪訝の色を浮かべて問う。


「いや。……用事は済んだ。私はこれで失礼するとしよう」とクロエ。


 そして彼女が立ち上がり帰ろうとした背中にカゲヒサが声を掛けた。


「お待ちを、外佐」


「……何だ?」


 クロエが振り返る前にカゲヒサが目配せをすると、ベクターが口を開いた。


「実は今度の選抜対抗試合で、私が開発を担当しているアーマードのコンセプト機『XM1』の発表があるのですが……そこでデモンストレーションと性能評価試験を兼ねて、個人戦の優勝者にその機体との模擬戦を行わせたいと思っております……。つきましては白峰外佐にもその試験にご参加頂けないでしょうか? 2対1ということで……」


「優勝者と私が組んで、アーマードと模擬戦? 私の方は一向に構わんが、なのか?」


「そこはあくまでデモですので――お手柔らかにお願い致します」


「……そうか解った。では、邪魔をしたな」


 クロエが足早に部屋を出て行くと、カゲヒサは彼女がエレベーターで降りて建物を出ていくのを監視モニターで確認してからベクターに言った。


「あの女、何故M計画の名を……どこまで勘付いておるのやら分からんな」


「流石はフェニックス勲章の英雄、といったところでしょうか……。独自の情報ルートを持っている可能性もありますね」


「うむ。デモの了承を得たとは云え、油断は出来んぞ?」


「確かに外佐はその力も含め、得体の知れないところがあります……。しかしXM1完成の暁には例え『ユグドラシルの王』とて――」


「新型の試験であれば、事故が起こることもあろうからな。個人戦の優勝者は間違いなく神堂の息子だ。あの小僧共々あの女も――。しくじるでないぞ、失敗は許されん」


 そんな不穏な空気かいわの中、二人のすぐ横には透明化したAEODアイオードが残っている。無論その会話は全てOLSによってクロエに筒抜けである。


[――だそうですが、如何なさいますか?]


 AEODアイオードの問い掛けに、ビルを出て歩くクロエが返答する。


[放っておけ。あんな連中が密談しているんだ、大方の察しは付く]


 人混みを抜けたクロエが、大通り脇の歩道にあるタクシーの標識の前で立っていると、すぐに自動運転式の無人タクシーが走ってきて彼女の前に停車した。


[それよりM――いやミラーだったな。そのミラー計画とやらについて調べておけ。ディソーダー今回の事件と関わりがあるかは判らんが、どうにも気に掛かる。まあそうでなくとも、捜査の邪魔になるようなら早めに潰しておく――無関係なら放置するが]


[承知しました。研究施設を発見した場合はいかがなさいますか?]


[お前が行って確認してこい。進入やハッキング等の干渉は許可する]


[承知しました]


 タクシーに乗り込んだクロエが「ネスト第一校へ」と言うと、無人タクシーのドアは滑らかに閉まり、車はゆっくりと走り出した。



 ***



 学園ネスト――1年の生徒達はAクラスとBクラスが合同で、昼間の野外演習場で授業を受けていた。授業と云ってもその内容は軍隊の訓練を多少緩くしたようなもので、今行われている基礎体力訓練も同年代の一般的な子供には過酷な運動量を要求するものであった。


「はぁーい、男子は一旦休憩してぇ女子と交代でーす」


 担任のリコが白衣の袖で隠れた手をバサバサと振ると、ランニングを終えた男子生徒達が次々に集まり、滝のような汗を流しながらその場にへたり込む。

 ボトルに入った補水液をグビグビと流し込み喉を鳴らすマナトの横に、息絶え絶えのヒロが倒れ込んだ。


「あーダメだ……もう死ぬ……マナト、あとは頼んだ……」


 仰向けになったヒロが親指を立てた拳を弱々しく突き上げると、マナトが彼の顔にボトルの水を浴びせた。


「冷てっ! あーでも気持ちぃー……」


って何だよ、ヒロ。お前まだ10周は残ってるぞ?」


「――だから、俺の分も走ってくれってことだよ」


「ざけんな、俺だってもう限界だっつーの。頼むならそこのバケモンに言え」


 そう言ってマナトは、彼らの横で一人だけ涼しい顔をして立っているユウの顔を見た。ヒロも寝転がったまま彼の顔を見上げる。


「ん? どうしたの?」と、ボトル片手に爽快な笑顔のユウ。


「……ホントにバケモンだな、こいつ。なんで平然とこなしてんだよ……」と、ヒロ。


 入学から一週間が経ち、彼らはお互いを下の名前で呼び合うようになっていた。それが示す通りクラスの関係は良好で、当初険悪であったホノカとマナト、そしてホノカに一方的に嫌われていたユウも、既に大分打ち解けていた。担任のリコに対しても『社先生』から『リコ先生』や『リコりー』といったフランクな呼び方に変化していた。

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