EP5-3 陰謀の二人

(ネスト理事長の塔金カゲヒサとLEAD研のベクター・ランドか。軍部に根付いた塔金家と兵器開発の第一人者ならば、繋がりがあってもおかしくはないが……)


 どうにも気に掛かる、というのはクロエの勘である。


[この『M計画』というのはどんな内容だ?]


[少々お待ちください――。……該当する資料はありません]


[なに? データが削除されているなら復元しろ]


[削除されたデータの中にも関連性がある情報はありません。この計画が実在する場合、恐らく閉鎖施設のような場所で、外部アクセス不能な機械類を使用しているものと推測します]


[なるほど――(公にしていない施設、バックドアも不可、会話も秘匿回線のみか。軍の隠蔽だったとしてもこれは過剰だな)]


 するとクロエは颯爽と立ち上がり、視界に溢れる書類の山を片付けて言った。


[映像は先週のものだな? ならばベクター・ランドと塔金カゲヒサが会うのは明日ということか。――時間は?]


[塔金カゲヒサの秘書のスケジュール帳には『15:00に来客予定』とあります。来客名は書かれていませんが、指示のタイミングから見てランド博士の可能性が高いでしょう]


[よし――。では直接出向いて問い質すとしよう。アイオード、お前も来い]


[承知しました]


 AEODアイオードの返事を聞くと同時に、彼女の右眼から青い光が消える。そしてクロエは歩き出した。



 ***



 豪奢で重厚感溢れるアンティーク調の部屋――学園ネスト統括本部ビルの60階に、その部屋はあった。学園ネストは全国に5校あるが、それらを運営するのがネスト理事会である。ここはその理事長である塔金カゲヒサ、つまり学園ネストという育成機関のトップの部屋である。

 街並みを一望できる窓を背に、革張りの椅子に座る老人。――ダークブラウンのチェックのスーツを着て、強い顎髭を蓄えた白髪の老人がネスト理事長、塔金カゲヒサである。その風貌には巨大な学園グループを背負うだけの貫禄があった。

 机を挟んで彼の向かいに立つ眼鏡の男は、カーキ色のくたびれたスーツ。肉の付いていない痩せた顔の中で、眼だけが異様な輝きを帯びている。彷徨う幽鬼の様な彼は、最先端兵器開発研究所――通称LEADリード研の統括開発本部長、ベクター・ランド博士である。


 カゲヒサが電子葉巻の煙を大きく吐き出すと、モワモワと立ち昇る白い煙がベクターの視界を遮った。カゲヒサは微動だにしないベクターに重々しく尋ねる。


「では計画もいよいよ大詰め、というところだな……?」


「はい。先月の起動試験では想定通りのデータが得られました。機体自体は細かな調整さえ済んでしまえば、いつでも」


 ベクターが不気味に顔を緩ませて答えると、カゲヒサは満足げに頷いた。


「善哉善哉。ならば選抜試合にも間に合うな? あれは軍事関係者も大勢集まる、丁度良い機会だ」


「勿論、間に合わせます。デモンストレーションには最適の場でしょうから」


 その二人の会話を遮るようにピリリッと机の横の小さなスピーカーが鳴り、女性秘書の声。


『失礼致します理事長、お客様がお見えです』


「む? ……今日は予定を入れるなと言ったはずだ。帰らせろ」


『それが――』


「なんだ?」と、苛立ちを見せるカゲヒサ。


『お見えになったのは、その……白峰クロエ様でございます』


「なに、白峰だと……?」


 暫く考え込んだ後、カゲヒサが答える。


「……お通ししろ。――博士、すまんがそちらの書斎の方に。我々が会っていると知れば、余計な詮索をされるかもしれん」


 カゲヒサは部屋の横のドアを指差し、リモコンでその鍵を開けた。


「白峰令外特佐とは、また面倒なのが来ましたな?」


 そう言い残してベクターはそそくさと書斎に閉じ籠った。


(面倒か……まったくだ。極秘任務と言って4年近くも行方を眩ませて、今度は突如臨時顧問などと。あの女は一体何を――)


 間もなく正面の扉がノックされ、秘書が真っ白なウイングズの軍服を着たクロエを中に案内した。その後ろからは完全に透明化した40センチ程の浮遊球体が、音も無く彼女に追従して入ってきたが、それに気付く者は誰一人としていなかった。

 ――球体はAEODアイオード。転移した規制官と同じく情報体アートマンであるこの球体型インテレイドは、亜世界における全ての観測手段を透過する『情報迷彩』と呼ばれる技術によって護られた、絶対的な観測不可誰にも知られることのない存在である。唯一それを確認できるのは、インテレイドという存在メタの情報を持ち、アルテントロピーにより情報体アートマンを可視化できる規制官のみである。


「いやあ、これはこれは。久しゅう御座いますな、白峰外佐。相変わらずお美しいお姿で……ウイングズの軍服がここまで映える女性など他にはおりますまい」


 カゲヒサが部屋の奥の椅子から立ち上がって、わざとらしいで迎えようとすると、クロエは手振りでそれを制した。


「見え透いた世辞はいらん。長居もしないので茶も出さなくていい。少し訊きたい事があって来ただけだ。――座るぞ」


 クロエはカゲヒサの応答を待たずに、部屋の中央にある応接ソファに座った。一瞬苛つくような表情を見せたカゲヒサが「して御用件はいかに?」と尋ねる。するとクロエは彼の方を向いたまま、書斎の方には目もくれずに言った。


「心当たりがあればお前も答えてくれて構わんぞ、ベクター・ランド博士」


「――?!」


 クロエの後方に位置する書斎に潜んでいたベクターは驚きながらも渋々と出てきて、座っているカゲヒサの横に並んだ。


「お……お久しぶりです、白峰外佐。お元気そうで」


 そう言った彼は伏し目がちで、クロエの顔を正面からは見ようとはしなかった。


「私の入隊時以来、だったな? 兵器開発おもちゃ作りは順調か?」と、クロエ。


 その言葉にベクターは不機嫌そうに表情を曇らせた。


「相変わらず手厳しいですね……。外佐からすれば玩具みたいな物かも知れませんが、一般兵士や並の殊能者相手には、私の開発した兵器は充分過ぎるほどの成果を上げていますよ……」


 するとカゲヒサが再度「御用件は?」と、急かすように割って入った。


「ああ。お前が絡んでいそうな計画の中に、1つ詳細不明なものがあってな? 詳細それを訊きに来た」


 カゲヒサは「ほう」と目を細め電子葉巻を吸い上げると、大きく吐きながら言った。


「殊能に関する研究は、軍部でも特に機密性が高いですからなあ……」


 まるで他人事のように言うカゲヒサの反応はクロエの想定を超えてはいない。表情も声の抑揚も一切乱れることなく、彼女は淡々と返した。


「私は殊能絡みだとは言っていないが――なるほど、隠しているのは殊能に関する研究か」


 その返し斬りに内心焦りを感じたカゲヒサは、しかし慌てた様子は表に出さず余裕のある苦笑いを見せる。


「いやいや。儂はただ、外佐がネスト理事の儂に関わることと仰ったので、そう言ったまで。立場上の機密はあれど白峰外佐に隠し事などとは――。して、その計画というのは?」


「詳細不明のものは『M計画』と呼ばれているものだ」


 するとカゲヒサの横に立つベクターが僅かに目を逸らした。

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