EP1-5 災厄の竜
この剣と魔法の世界アーマンティルにドラゴンは数いれど、災厄竜ガァラムギーナだけは唯一無二の絶対的な存在である。その体躯は山の如し、咆哮は空と海を揺るがし、強大な魔力は大地をも砕く――そう言い伝えられていた。故に人々は、決して彼の竜に抗うことなく怯えて暮らし続けていた。しかし4年前、実に数百年の時を経て現れた新たな勇者により、その恐怖の中に希望の光が宿ったのである。
転移者ユウは彼らの希望と願いを背負い、彼の剣の師であるレグノイと、その親友であり大魔法使いでもあるレンゾとともに、長い旅の終わりである
――ガァラムギーナの根城の地下大空洞へと続く森。
ほとんど人が踏み入れることはなく、手付かずで好き勝手に育った獣道に響く甲冑の音。
「そろそろ見えてくるはずだよ」と、レンゾ。
唯一
「何か変だな……」
間もなく森を抜けようというところで、レンゾが怪訝な顔をした。
「確かに……呪壁の気配がしない」と、ユウも同様の表情。
「どういうことだ――?」
状況を掴めぬレグノイが問うと、レンゾが答える。
「僕らが向かっている地下への入口は深淵の洞というのだけれど、そこには封印の門があるんだ。その門にはガァラムギーナが――かどうかは判らないけど、とにかく恐ろしく強力な呪いが掛けられている」
「ああ、それは解っている。その呪いを解くために、我らは解呪の証を手に入れたのではないのか?」
「そうなんだけど、その呪いの瘴気が感じられないんだ。僕は精霊ほどではないにせよ、それなりに魔力には敏感だからね。大抵の呪いの類は、ある程度近くに在れば判るんだけど――全然その気配がしない。もうかなり近くまで来ているはずなのに……」
そう言ってレンゾが不可解だと顎をさすっていると、やがて遠くに木々の切れ間から石門が見えた。
「あれは?!」
するとユウが異変に気付いてそちらを指差した。彼が示す先には砕けた石の門扉――それが木を薙ぎ倒して片側だけ転がっている。
「なんだ、これは――! まさか既にガァラムギーナが外へ?」と憂慮するレグノイに、レンゾが答える。
「いや、それはないと思う。この門に施された呪いは敵の侵入を防ぐためのものだから、ガァラムギーナやその配下のモンスターが通るなら、わざわざ門を破壊する必要はないはずだよ。それにガァラムギーナが地上へ出てくれば、僕やユウがすぐに気付く」
隣で頷くユウ。
「しかし、では何故これほど巨大な門扉がこんなところまで――? 引き摺った跡すら見当たらんぞ……?」
レグノイは何らかの衝撃で壊れた扉と洞の入口を見比べて呟いた。その入口には身の軽いレンゾが先に向かう。
「レンゾ! 何か見つかった?」と、ユウ。
「特に誰も――いや、待って?! なんてことだ……そんな、あり得ない――」
驚愕して言葉を失っているレンゾのところへぞろぞろと足早に皆が集まると、レンゾは破壊を免れた片側の扉の縁を示した。
「これは……」
門の縁には、微かではあるが赤黒い光がこびり付いており、それが息絶え絶えのミミズの如くウネウネと動いている。それを見てユウが思わず絶句した。
「まさか……解呪されていないのか?」
レグノイが剣をスラリと抜いて、剣先をうねる光に近付ける。するとレンゾが慌てて叫んだ。
「触っちゃダメだ、レグノイ! 術式は破壊されてはいるけど、ひょっとするとまだ呪いが発動するかもしれない」
「それほどか……」と剣を納めるレグノイ。
「うん。これは解呪の証を持たない者や資格の無い者――つまりガァラムギーナに仇なす者に対する仕掛けなんだ。直接触らなくても危険だよ。発動すれば最後、勇者だろうと大神官だろうと、誰が何人いようとも逃れられない。絶対致死の恐るべき呪いだ」
神妙な面持ちでそう語るレンゾであったが、レグノイは訝しげに、その門を這う光を睨んだ。
「だが実際壊されて開いているぞ? 呪い殺された死体も見当たらん……。大砲などで遠距離から破壊したのではないか?」
「そんなもの、100発撃ったって傷一つ付かないよ。そもそも大砲なんかで壊せる物なら、わざわざ辺境の地にまで解呪の証を取りに行ったりなんかしないよ」
そう言ってレンゾは、ユウが首から下げた赤い宝石を見る――。
「それに呪いの発動条件は、恐らく『門を開けようとすること』だ。遠距離であっても砲撃した瞬間に射手は呪い殺される」
「ではこの状況をどう説明するのだ?」と、レグノイ。
「それが解らないんだよね」と、レンゾは手をヒラヒラとさせてみせた。
それをレグノイが険しい顔で睨みつける。
「そんな顔しないでよ。だって現実的に考えて――『絶対致死の呪いを無視して魔術防壁の施された巨大な石扉をこじ開ける』なんて、あり得ないんだから」
レンゾが首を振りながら溜め息を吐くと、ユウが「とにかく」と切り出した。
「――中に入ってみよう。呪いが破壊されているのは想定外だったけど、今はこれ以上話に時間を割いてる暇は無いよ」
「そうだな、ガァラムギーナが魔力を蓄える前に」と、レグノイも同意。
「でも状況が余りにも異常だ。
兵士の中には多少不満がある者も、ホッと胸を撫で下ろす者もいたが、ここに至ってユウの提案に異議を唱えるものはいなかった。そして三人は兵士達を残して、緊張と決意を胸に洞窟へと足を踏み入れたのであった。
***
勇者ユウらが目指す先――灼熱地獄の如き地下大空洞。時折地面から少量のマグマがささやかな爆発音とともに数メートルの高さまで噴き上がり、また遠くで地鳴りがしたかと思うと、暫くしてから突然どこからともなく岩石が降る。
その世界にいかにも似つかわしい巨大な漆黒の竜と、まるで場違いと思えるスーツ姿の三人。その中のアマラが口を開いた。
「うっわー……デカっ!」
声を上げ彼女の目の前の巨体は、三人を覗き込むように首を曲げた状態でも50メートル近い高さである。巨像のような頭が、地下全体に殷々と響き渡る声で再び言葉を発した。
「何者だ……? その見慣れぬ恰好――勇者ではないな」
煌々と黄色く光る蛇の様な眼を細めてその竜――ガァラムギーナは、横一列に並ぶクロエらをじっくりと順に睨める。
するとクロエが臆することなく歩み出て、竜に向かって言った。
「
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