EP9-4 超越者の戦闘

 アルテントロピーという情報改変の力を認識し、その性質を僅かながらも理解し始めたユウは、自分がアーマンティルにいた頃よりも遥かに疾く強靭で、また頑健な存在であることを感じていた。

 そして何よりも今の彼は、訳も分からず訪れた運命を世界が己に課した役目と錯覚し、周囲の期待に流されるまま戦っていたあの頃とは、その動機も決意もまるで違っていたのである。


(世界はだれにも運命やることを強制しない。いくら問いを投げ掛けたって、何ひとつ答えてはくれないんだ――。人間ぼくらは世界の解答者……だから僕は)


 ユウの警告など一切無視して敵意を剥き出したXM1が、怒涛の弾丸雨霰を浴びせかけるが、ユウは信じ難い速度でそれを回避する。


「僕は――、自分の意志アルテントロピー運命こたえを導き出す!」



 ***



 状況を観測していたベクターの双眼鏡を持つ手が震えていた。


「何なんだ!? あの小僧ガキは――!」


 無論視線の先はユウであり、そして彼に向けられたベクターの感情は怒りと驚きの両方であった。とは云えその感情の根底に科学者としての知識欲があるのは間違いなく、彼はせっせと観測で得たデータを解析にかける。


「『トールの槌』ではない? 一体あの殊能は……」


 しかしベクターが扱う機械のプログラムは、入力された殊能データがどんなカテゴリの力で、どれほどの強さなのかを判定するプログラムである。故に当然、タブレットにユウのデータを何度入力してみても、彼を満足させる解答は出てこなかった。表示の殆どが『該当なしUnknown』か『解析不能Unparsable』、場合によっては『無限大Infinity』などと返ってくるのであった。


「馬鹿な……アレは殊能ですらないというのか!?」


 ――ディソーダーとして覚醒したXM1神堂マナは、自身の能力が情報次元に働く力アルテントロピーであるとは認識していない。殊能の強化やそれに伴う多少の物理的改変はあくまで無意識の、謂わば本能的なものであり、情報次元の本質を理解して使用しているわけではなかった。その為コンピュータは、XM1のデータに関しては極めて強力ではあるものの、殊能の延長上にあるものとして解析結果を画面に表示していた。

 だがユウに関しては違った。そもそも彼自身は殊能など使っているつもりがないし、IPFの中であれば全力を出せる何をしても構わない状態であった為、科学や常識この世界での設定では説明が付かないレベルの現象を巻き起こしているのであった。


 XM1の激しい弾幕を、飛び跳ねたり身を低くしたりして避けるユウ――しかし巨大な背負式弾倉バックパックの残弾はまだ優に300発はある。


(避けてるだけじゃダメだ。もっと速く動かないと!)とユウ。


 命中しなかった幾つかの弾丸は、ユウに剣で弾かれたり、地面や壁に当たったりして運動エネルギーを失ったものを除いて、XM1の『オレルスの弓』によって空中で折り返し再びユウを襲った。

 巻き添えを食って壊れた周囲の壁や抉られた地面は、亜世界の情報を修復するIPFの効果によって、逆再生の如く立ちどころに復元されていく。


(でもこのディソーダーの攻撃……弾丸の操作に規則性があるぞ)


 再突入した弾丸を含めて、ユウが回避した弾丸の数が百を超えた頃、彼の動きには余裕が見え始めた。


(発射の間隔も一定だし、大分慣れてきたぞ。これなら――)


 ユウは避けても弾丸が減らないことを理解して、それを剣で斬り落としつつ攻撃に転じる隙を窺う――。しかしそれはXM1の想定の範囲内であった。


(ここだっ!)と、弾丸の合間を掻い潜ったユウの一閃。


 だが剣はXM1の胴体の手前で、5層に重ねられた障壁――『ヘイムダルの頭』に遮られる。


「ちッ!」と漏らしつつも、距離を詰めた今こそチャンスであると、追い迫る弾丸を斬り払いながら更に斬り込むユウ。常人の目には止まらぬ速さの斬撃ですら、しかし光の壁によって悉く防がれた。着々とアルテントロピーによる殊能強化をにし始めているXM1の『ヘイムダルの頭』は、最初にユウが鎌を斬り刻んだ時よりも遥かに強固になっていたのである。

 それでも接近戦を諦めないユウが障壁ごと貫こうと、一瞬の突きの溜め動作に入った時――XM1の全体が眩く輝いて、その全身から剣山の如く光の棘が突き出した。


「くっ――?」


 ユウは棘が発生するのと同じ速さで退いた――つもりであったが、数本が手や肩や腿に突き刺さり、痛々しい傷を負った。

 無論その棘は障壁と同じ『ヘイムダルの頭』のエネルギー体、それを変形させたものである。


(こいつ、どんどん攻撃が強化されて……多彩になっていく……)


 ポタリポタリと地面に数滴、ユウの血が垂れた。彼がこのグレイターヘイムに来てから、初めての負傷である。

 ――本来亜世界においては、情報体アートマンである規制官が怪我を負うことはない。それはアルテントロピーによって情報そのものが改変禁止プロテクトされているからである。故に通常の攻撃であれば、髪の毛一本切られることすらない。

 しかしディソーダーの攻撃は往々にしてアルテントロピーを伴う。つまり『破壊という情報』のが試行されるのである。ユウの情報を護る力アルテントロピーがその上書きを阻止するほど強力でない以上、たとえ彼が情報体アートマンであってもダメージを阻止することは能わないのであった。


(やっぱりディソーダーからはダメージを受けるのか……。でもそんなの、戦いなら当たり前だ――アーマンティルではいつだってボロボロだった。こんな傷で怯んでる場合じゃない)


 XM1の全身から生えでた数十本の光の棘は、消えるどころか長さ5メートル強にまで伸びて、蛇の様な柔軟さで機体の周りをウヨウヨと漂っている。離れたユウをその範囲まで手招くように、光の触手へびは宙で遊んでいた。


(あの物質を破れる攻撃、もっと威力の高い技を――)


 ユウは剣の腹を指でなぞり、白銀の刃に強力な雷電を纏わせた――。目線を外さぬ彼が、剣身の表面の空気が弾ける音を聴きながら更にその雷剣を天に掲げると、たちまちに空が翳り、風と共に渦巻く黒雲が発生した。


 遠く離れて見ていたホノカが呟く。


「あれは『トールの槌』……」


 その顕現名なまえをユウも思い出していた。


(こっちでは確かそんな呼び方だったっけ……。でも本当の呪文なまえは――)


 空に踊る龍の如き雷が、グォルロロロと喉を鳴らす。


穿ち滅ぼせ我が雷龍よイザァマト・シュッダー・オル!』


 ユウが剣を振り下ろすと同時に、雷光が辺りを真っ白に包み込み、大気を切り裂く特大の雷撃が大地を叩く――IPFの中ですら、余波で一度は近場の建物が砕けるほどの威力。実技査定の時に放った雷とは、まるで比べ物にならぬ規模の魔法である。


「トンデモねえ……なんて威力だ。あれがユウアイツの本当の力なのか……」


 マナトはホノカと固く手を握りながら、その戦いの行く末を見守っていた。

 やがて燻すような黒煙が消え去ると、上部の障壁を砕かれて装甲まで半分以上を失った、XM1の無残な姿があった。

 ホノカが「倒したの……?」と小声を洩らしたが、当のユウは依然として構えを解いてはいなかった。


(ダメだ、まだ倒せやってない)


 ユウが感じる靄々とした不自然さ――ディソーダーの気配は、破壊されたXM1の内に依然として残ったままであった。

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