EP9-5 意志の力

 XM1の身体は今だ煙を上げ、雷撃の予熱が周囲の空気を歪ませている。


(くるか――?)と身構えるユウ。


 見た目には上半身の大部分を破壊され停止している状態ではあったが、しかし案の定数秒も経つと、散らばった装甲片や粉々になったパーツ達が浮き上がり、みるみるうちにXM1の身体は復元されて振り出しに戻った。――それはアルテントロピーを持つ神堂マナが、生存本能からXM1という無機物からだに対し局所選択的に発生させているIPF復元機能のお陰であった。


 ユウがそうと理解していたかはともかく、少なくとも中途半端な攻撃ではXM1は倒せない――彼はそう認識した。


(さっきの特大魔法を連続して撃ち続けるのは難しいけど、拘束魔法と絡めて使っていれば足は止められる……でも――)


 考えながらもじっと敵の姿を見据えるユウ。その視界ではXM1が触手の数を数本まで減らし、代わりにより長くより硬い、叉棘さきょく状の武器へと変化させていった。


(でも、こいつは皆を傷付けた。先輩たちや朱宮さんを――僕の大事な人たちを。情報犯罪としては無過失だったとしても、こいつ自身は悪意の塊だ)


 悪意をもって人を傷付ける存在を認めることなど出来ない――。そう思うからこそ彼は勇者なのである。


(クロエさんは僕に『足止めをしておけ』って言ってた……。でもあれは足止めってそのままの意味じゃない。僕にはまだ止めるしかないあいつを倒せないって意味なんだ)


 彼女の言葉その指示の意図が理解出来るユウには、クロエが彼を見守りながらも彼には期待していない、という事実が何よりも悔しかった。


(アルテントロピーには亜世界の法則も限界も関係無い。だったら……敵の攻撃よりもっと速く、敵の防御ごと断ち斬れる攻撃だってできるはずだ!)


 XM1は、ユウの立つ位置に届くまで棘を長く鋭くすると、それを獲物を狙う蛇の頭の様にもたげた。そして更にはレールガンの照準もユウに合わせ、聞き取れぬ怒号の如き奇声を発して、一気に襲い掛かった。


「ちぃッ!」


 先程と同様の弾丸の嵐に加え、変幻自在に伸縮追尾する光の棘――その威力も増し始めると、ユウの動きには余裕が無くなった。


(焦るな、もっと速く動くんだ!)


 ユウは弾丸を避けるのが精一杯で、何とか攻撃を凌ぎつつも、打ち漏らした棘は少しずつ彼の身体の端々を削り始めた。


(もっとだ、もっと速く……)


 敵の攻撃は絶え間ない。制服が血で滲み、肌に張り付く。血風が赤い霧を生む。


(まだ足りない――)


 身を切られる痛みすら置き去りにして、ユウの意識は一層深く、アルテントロピーを感じる情報次元の海へとのめり込んでいく。


(まだだ……もっと速くなれる――)


 ユウを襲う凶弾と刺突の波状攻撃は苛烈を極める。周囲に爆音と破砕音がこだまする。


(速く――)


 攻撃を避ける――ことよりも、自身の情報を操ることに集中するユウ。彼は自分の中にある常識を己の意志で書き換えていく。


(もっと速く――)


 既にそのスピードは音速を超えていた。そして波及する攻撃で破壊される建物や巻き上がる土埃――そこに復元される同様の物が入り乱れ、周囲は混沌の様相を呈していた。


(まだだ、もっと――)


 立ち昇る噴煙。破壊の限りを尽くされる市街エリア。その中で尚加速するユウに、弾丸は次第に彼の動きを追うことすら叶わぬようになり始めた。


(もっと――)


 ユウの動き自体で生じる衝撃波は、激しく土砂を巻き上げ、煽りを食った周囲の建物にも亀裂が走る。


(もっと音速はやく――)


 やがて超音速の弾丸すら相手にされなくなったXM1は、すると棘の先に纏わりつくような炎を灯した。徹底的に強化された『スルトの火』は既に炎というよりも白く輝く熱源体である。もしその棘が一瞬でも触れたならば、大抵の物質は刹那の内に消し炭となるであろう。しかし――。


(もっと――!)


 マッハ6を超える弾丸も、摂氏4000度で燃える棘も、加速の止まらぬユウに触れることは出来なかった。


(もっとだ!)


 それどころかXM1は――というよりは最早この世界の誰にも、速過ぎる彼の姿を確認出来なくなっていた。

 遠くから観察していたベクターも、戦闘の継続状況何が起こっているのかすら理解できない状態である。


(もっと光速はやく!)


 更に加速を続けるユウが、そのスピードのまま棘の触手を剣で斬ろうとするが、神堂マナのアルテントロピーによって保護されている物体には通用せず、雷鳴の如き衝撃音とともに弾かれる――。


(もっと破壊つよく!)


 だが返す次の太刀はユウの更なる情報強化を得て、その触手を一撃で断ち斬った――そして荒れ狂う勢いで全ての触手とレールガンまで細切れにする。

 銃と棘攻撃手段を失い、自身の再生も間に合わないとみたXM1は、全身から発する凄まじい劫火で辺りを包み込んだ。AEODアイオードのアンプリファで増強されたIPFが無ければ、瞬く間に周囲の建物が融解するほどの熱である。


「――!!」


 ユウの身体に熱風が絡みついた瞬間、彼の制服もその炎に焼かれた――かと見えたが。


「そんな火炎ものぉぉぉーッ!!」


 ユウは全身を侵蝕する『炎の情報』を新たに『服の情報』へと改変し、彼の身を包み込む火炎レッドは瞬く間に規制官黒色ルーラーブラックへと塗り替えられた。

 黒のフォーマルスーツへと着替えを果たしたユウは、大地を蹴って空高く飛び上がる。その手の剣が真っ白に輝く――。


『ぃいィギィゆゥゥぅぅぅッッ!』


 神堂マナの口から壮絶な咆哮。XM1はユウの攻撃を防ぐ為に、上方に数十枚ありったけの光の障壁を重ねて展開する。しかし真価を発揮した規制官の前に、それは無駄な足掻きでしかなかった。


全ての力をこの瞬間にアゥル・ファセ・ディ・エリオン――!」


 空中で詠唱したユウと障壁の間に虹色の魔法陣――そこを通過したユウの全身もまた、白銀の光芒が織り込まれた虹を纏う。


「終われぇぇぇぇぇぇッ!」


 急降下しながら縦に一閃――1枚目の障壁がガラスの如く砕け散る。そして2層目も貫通し3層目4層目、5層6層、7、8、9――留まることを知らぬ剣撃は何十層ものバリアを斬り裂いて、XM1の身体から噴き上がる炎すらも切断。本体さいごまで届いた白銀の刃が、鐘を鐘で割るような強烈な金属音を響かせてXM1の胴体を断ち斬った。

 IPFから漏れた衝撃波は遠く学園全体にまで渡り、指揮官の天幕や建物達のガラスを揺さぶった。


 ユウが片膝を突いて着地すると同時に、XM1の『スルトの火』や『ヘイムダルの頭』は霧散していった。


「………………」


 仁王立ちのXM1の真下じめんには、長々とした底の見えぬ斬撃痕。――数秒の間を置いてから、縦に真っ二つになったXM1の胴体がズズズとずれ落ちる。そして二つの鉄塊が倒れる音。

 それを聴くとユウは、空を仰いで「ふぅーっ」と大きく息を吐いた。大気に溢れ視界を曇らせていた塵芥がIPFによって沈静化し、彼の目の前に晴れやかな明るさが取り戻される。


(なんとか……終わった……)


 ユウは精神的な疲労を押し込めて、徐に剣を鞘に納める――その微かな鍔音が響くほどに、既に市街エリアは閑静なものであった。

 ユウは達成感を噛みしめるようにもう一度深呼吸をしてから、辺りを見回した。


(大丈夫――だよね?)


 綺麗に両断されたアーマードが1体転がっていることを除けば、早くも復元を終えた市街エリアの景観は、凄絶な闘争の後とは思えぬほど平穏そのものといった様相であった。

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