EP6-11 花火

 打ち上がる色とりどりの光に照らされながら、ユウが哀しげな声で呟いた。


「……フェメ、という女の子がいたんです」


 彼の脳裏に浮かぶのは淡い金髪を結い上げた、野花のように笑う可憐な少女――アーマンティルへ転移した際、目を醒ましたユウが最初に出逢った王国の姫である。勝気で我儘な彼女は、その後強引にユウの旅に付いてきて、色々とお節介を焼いたり勇者一行パーティを騒がせたりもした。しかし彼女の笑顔はいつも輝いていて、大抵最後には皆にその笑顔が伝播するのであった。


「彼女が…………」と、言葉を詰まらせるユウ。


 太陽のようであったその少女のことを思い出すと、ユウの胸は今でも強く締め付けられるのである。


「フェメは……冒険たびの途中で、僕を庇って死にました」


 込み上げる感情を堪えても、ユウの唇は微かに震えていた。


「彼女は最期に、僕の腕の中で言ったんです。『ユウ、世界を守って』――って。……だから僕は彼女に誓ったんです。災厄の竜ガァラムギーナを倒して世界を救う、と。……でも結局、勇者としての僕が歩んでいた道は途絶えてしまいました」


 右手に伝説の剣を握り、左腕にフェメを抱えていた、まだ未熟な勇者であったあの時――思い返せばあれほど固い決意をしたのは、彼の人生で初めてであったとユウは思う。しかし規制官として世界の真実を知り、神にも等しい力アルテントロピーを使えるようになった今――その腕の中には何も無い。彼は空っぽの両手を寂しげに見つめた。


「アーマンティルで僕が過ごした日々が無意味なものなら、僕を庇って死んだフェメの日々も無駄だったんでしょうか……? 彼女の人生は、無意味だったんでしょうか……」


 そのままユウが話すことを止めたので、クロエが問う。


「お前自身はどう思う? お前にとって、その娘の死は無駄だったのか?」


「そんなことは――! ……ないと、思いたいです」


 それだけは認めたくないと声を大にしたものの、断言が出来ずに尻込むユウ。会話の内容までは聴こえていなかったが、その声を耳にしたシキが遠くから彼を見た。それに気付いたユウは声を小さくする。


「ただ僕は……規制官としても勇者としても、何を信じて生きればいいのか、解らないんです。――クロエさん、人は『なんで生きている』んでしょうか?」


「……そうだな。――仮に私がその答えを知っていたとしても、お前が存在に対して絶対的な真理を求めているのであれば、私がそれを伝えることはできないよ。そもそも伝達手段言語そのものが絶対的なものではないからな」


「じゃあ僕は、一生この疑問を抱えていくんでしょうか……」


 するとクロエは「ふむ――」と顎に手を当てた。


「情報次元は真理だけで構成されていると云っていい。情報自体に真偽など無いからな」


「? ――何の話ですか?」と首を傾げるユウに、「まあ聴け」とクロエ。


「第一技術的特異点シンギュラリティである最初のインテレイド『アダム』は、宇宙それを『サンヒター』と呼ばれる42個の不分割な情報子によって、完全に表すことができると証明してみせた。つまり源世界において『宇宙の真理』というのは、現在進行形で解析されつつあるということだ。無論インテレイドたちの手によってな」


「真理の解析……それって僕の質問の答えも含まれているってことですか?」


「そうだ。だが情報子サンヒターは人間が理解できるレベルの情報ではない。真理それを理解できるのはインテレイドだけだ」


「じゃあ僕ら人間は、永遠に真理こたえに辿り着けない――ってことですか……」


「少なくとも情報子サンヒターによる記述においてはな。だが、別の見方もある」


「別の見方?」


「ああ。私たち人間には、インテレイドとは比べ物にならぬほど強いアルテントロピーがある。それは規制官ほど強いものでなくとも、全ての人間が持っているものだ。それがどういうことだか解るか?」


「人間だけの強いアルテントロピー……」と、反芻しても答えが出てこないユウに対して、クロエは柔らかに説いた。


「インテレイドは既に在る真理こたえを読み解くことしかできないが、人間は自ら真理それを作り出すことができる、ということさ。私たちと彼らの違いはそこにある。インテレイドはどれほど優れていても『単なる傍観者』――しかし人間は、たとえ愚かであったとしても『世界に対する解答者』なんだ」


(解答者――世界に対する……)


 空に特大の花火が一つ上がると、衝撃波が彼らの肌を撫でた。その残響が止むとクロエ。


「それが在るところのもので非ず、それが在らぬところのものであるもの」


「――?」


「シンギュラリティより前、お前がいた時代の源世界の人間が残した言葉だよ。――情報次元の発見は、即ち宇宙の誕生や存在根拠の解明でもあった。しかしその結果、人間私たちという存在は情報が性質上行う自己最適化の中で、偶然発生した情報具象化の産物に過ぎないことが判った」


「……難しい話ですね」と、ユウは言葉通りの表情をしてみせた。


「言ってしまえば『創造主かみさまなんて何処にもいなかった』ということさ」


「神様が……? どういう意味ですか?」


「創り手が存在しないということは、ということだよ。何かの目的があって創られた訳ではないのだからな。しかしたとえ創造主がいなくとも現に人間は存在する。それはつまり『何故存在するのか?』という問いよりも先に、『如何なる存在であるか?』という問いがあるということだ」


「如何なる存在か――ですか」


「ああ。情報次元は淘汰と最適化を繰り返しながら、常にその問いを全てのアルテントロピーを持つ者に投げ掛けている――『その一歩は何の為』、とな」


「その一歩は……(何のため……)」


「朝起きてベッドから出た時の最初の一歩、家を出て何処かへ向かう時の一歩、立ち向かう為、或いは逃げ出す為の一歩――。踏み出したそれらの歩みに込められた意志が、自分自身が何者であるかという、世界に対する答えだ。我々人間はそれに答えることでしか前に進めない」


 花火がクライマックスを迎えると、離れたマナトとホノカの許へヒロ達が、クロエの言う『野暮なこと』をしに行った。シュンとリコは教師らしく生徒達の未来を語り合っていて、シキとコノエは学園生活最後の選抜試合への決意を新たにしているところであった。


 最後の大玉がハラハラと散り終えると、クロエは徐に立ち上がってユウに言った。


「要するに己の道というのは何かを信じて選ぶのではなく、選ぶという覚悟によってのみ作られるということさ。――ユウ・天・アルゲンテア」


 クロエの台詞を咀嚼していたユウは、改めて名を呼ばれて「はい」と彼女を見上げた。


「お前が話していた少女――フェメという娘の死は無駄ではない。何故ならそれは、その少女が自分の意志で導き出した世界への答えだからだ。そして彼女の答えに対しても、彼女との誓いを守れなかったことに関しても、お前に責は無い」


「――はい……」


「規制官は時として、自分の中の善悪を超えた判断を迫られることがある。だがその結果それが自分の罪責せいであるなどと思い込む必要は無い。……いいかユウ、もしもお前に咎があった時は、誰よりも先に私がお前を責めてやる。だからお前は自分を責めるな。顔を上げ、前だけを向いて進め」


「――はい」


 散らばっていた皆にリコが声を掛けそれぞれがホテルへと歩き出す中、クロエの言葉に頷いたユウもまた、力強く立ち上がって迷いの無い一歩を踏み出した。

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