EP3-3 潜入捜査

 学園ネスト新入生の鑑マナトが主席殊能者の神堂クレトに挑み敢無く完敗して地を舐めていた、そのほぼ同時刻――。

 同校キャンパス内の隅にある資材倉庫。金属のパイプや看板の類がキッチリと纏めて置かれているものの、それらの上には埃が塊となって堆積しており永く使われた様子は無い。頼りになる照明も見当たらず、晴天の朝にあってもその内は薄暗かった。排煙用か何かの小さな窓から差し込む光が、漂う埃と蜘蛛の糸を照らし出している。倉庫の中のみならずその周辺にも人の姿は無く、そこはただ静寂であった。


 しかしその無音の空間の真ん中に、突如小さな光点が出現した。

 空中そこに浮かんだ光は瞬く間に膨らみ、人間の心臓へと形を変えた――続いて他の臓器や骨格、血管や筋肉などが次々と出現し人体模型の様なモデルを形成したかと思うと、斑に現れ出た皮膚が侵蝕するようにそれを包み込み、ザワザワと全身の毛髪が生え揃っていく――最終的にそれは、一人の人間少年を成した。そして少年の全身がカーテンの様な光に包まれた後、微かに残った光の粒が黒いスーツに成った。


 どこからともなく出現、或いは創造された少年の髪は柔らかい銀色で、ゆっくりと開かれた瞳は翡翠色をしていた。

 彼は元剣と魔法の世界アーマンティルの勇者、現在はWIRAウィラの規制官となったユウ・天・アルゲンテアである。


 転移が完了するなりユウは、徐に自分のこめかみに指を当てた。すると彼の右眼がぼんやりと青く光り、同時にOLSが起動する。視界の明るさやコントラストが最適化され薄暗い倉庫の中が快適に映ると、間もなくキャンパス内の地図や現在地なども表示される。


[――到着しました、クロエさん]


 ユウが頭の中で念じた通信の相手は、同じく規制官のクロエ・白・ゴトヴィナ。彼女はユウより一足早くこの亜世界『超能力者の世界グレイターヘイム』に転移していた。


[了解した]


 その理由は、グレイターヘイムの時間軸で3週間前――配置されているAEODアイオードが情報整合性の異変を観測したからである。そしてその情報の解析の結果、それがこの学園ネストに関連のある人物がもたらしたものであるという可能性が浮上した。クロエとユウはその調査と情報犯罪者ディソーダーの捜索を任務として派遣されたのである。


[その倉庫にこの学園の制服がある。お前はそれに着替えろ]


 ユウが倉庫内を見回すと、隅に置いてある黒のガーメントケースの枠が判り易く赤い太線で表示された。


[ありました。これですね]と、それを手に取るユウ。


[それに着替えたら大講堂に向かえ。あと15分で入学式が始まる]


 ユウが紺色の制服ブレザーに着替えている合間に、クロエが手短に説明する。


[この学校の名前は『学園ネスト』。第五まである内の第一校に当たる。お前は今年入学する1年、という設定だ]


[僕、17歳なんですけど?]


[大差無いだろう。新入生であれば不慣れな面があっても怪しまれずに済む]


[なるほど……(じゃあクラスメートは1こ下ってことか)]


[この世界では『殊能』と呼ばれる特殊な能力が存在し、一般にも認知されている。この学園はその殊能者の育成機関だ]


[特殊な力……超能力ですか。凄いですね――でも僕、超能力なんて使えないですよ?]


超能力そんなものはアルテントロピーでどうにかしろ。別世界の魔法使い慣れたものでも構わん。原理は違えど見た目には同じようなものだ。情報次元には整合性が働くから、余程異質なものでなければ


[そういうものですか]


[ああ。やり過ぎは危険だがな]


 ベルトとネクタイを締め、ジャケットの袖に手を通すユウ。


[――解りました。やってみます]


[では任務開始だ。ルーシーの予測では情報災害の発生は3ヶ月後――だがまずはこの世界に


 そう言ってクロエからの通信が途絶えると、着替え終えたユウは重々しい倉庫の扉を開けた。



 ***



 学園ネストは4年制であり、その生徒数は合計でおよそ500人程。キャンパスの広さや施設の充実ぶりから考えると極めて少ない人数と云えたが、それはこの学園が求める殊能者としての質の高さを現していた。

 各学年は学力・体力・殊能力の総合成績によりAからDまでの4クラスに分けられ、それはそのまま能力評価ランク付けでもあるが、殊能者の育成機関という特性上、殊能力の評価が最も重視されている。しかし殊能が実用的或いは実戦的なもので、且つ強力であるという者は少ない。その為ほとんどの学年においてクラスの人数はピラミッド型になる。そしてどの学年もAクラスとなると10人に満たないのである。


 そして今日、学園内の大講堂で行われる入学式は在校生の始業式も兼ねており、その全校生徒が参加していた。

 大講堂は外に設置された巨大な時計が目印となっていて、鳥の巣を模した特徴的な校章とともにこの学園のシンボルである。

 内装は全て木製で、吹き抜けの天井が五階ほどの高さまであり、壁には縦に長い磨りガラスの窓が並列している。一見すると講堂というよりは聖堂に近いイメージである。備え付けのクラシックな長椅子がズラリと並び、その広さは第一校の生徒と教師が全員入ってもまだ充分な余裕があった。壁のデザインと一体化した間接照明と天蓋のパネルライトは充分に明るく、建物の荘厳さ・造りの重厚さの割りには暗い雰囲気を感じさせなかった。


 講堂に集まった生徒達は学年毎に縦列で座り、新入生として潜入したユウはAクラスの一番後ろの席に居た。

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