EP11-6 デイウォーカー
マナとイザベラはとりあえず、目的地であるエイベルデンの町へと向かう道中、OLSのマップにいくつか表示されていた農村や集落を当たることにしていた。
「さあ――? 知らないねえ」
首を傾げる白い頭巾と薄茶色のワンピースを着た小太りの女性。
「そうでスか……」
イザベラの助言もあって、道すがら多少迂回しつつも幾つかの農村を訪ね、アーシャを見かけた者がいないかを確認して回る。戦闘中に失踪したとは云え、それに巻き込まれて連れ去られた可能性は低いという情報が確かならば、点在する村々に身を隠していても不思議ではない、という当たり前の考えである。
――今彼女がいるのはカレノン村という、石造りの平屋の家が10メートル程度の間隔でぽつぽつと建っている、人口300人程の農村である。
規制官の黒スーツは悪い意味で人目を引いたが、昼間から出歩く彼女が吸血鬼やグールの類であるという勘違いをされることは流石になく、せいぜい妙な恰好の女の子がいる、という話題が井戸端会議で取り上げられる程度のものであった。
しかし一方で肝心のアーシャの目撃情報は一向に出ず、マナは何の手がかりも得られずにいた。肩を落とすそんな彼女に、村女が言う。
「あたしも主人も、この村の人たちの顔はだいたい知ってるからね、他所者がいりゃあすぐに気付くよ。畑と家のいったりきたりでもね? もっと大きな、それこそエイベルデンの町にでも行って訊いてみたほうがいいんじゃないかい? と言ってもここからじゃあどうやっても『迷いの森』を通ることになるから、あんたみたいな女の子が行くのは辞めておいたほうがいいかもしれないけどね。ついこの間もサボーさんところの娘が行方不明になったじゃない? あの子もなかなか器量好しだったからねえ……」
結局3つ目に訪れたこのカレノン村の、最後の聴き込みがこれであった。
幸い
「あリがとウございまシた」
マナは訊いてもいない世間話まで始めそうな女性に別れを告げると、その家を後にした。その上を飛んでいた
(やっぱりエイベルデンまで行かないとダメかもしれないね。ここは少し、急いで町まで行ってみるかい?)
「そうですネ……」とマナ。
そこへ遠くから、ガラガラとけたたましい車輪の音を立てて、木製の荷車が村の広場へと入ってきた。
「?」
荷車には大きなボロ布が被せられていたが、その輪郭から、積まれているのが人間の――恐らくは死体であることが判る。マナが興味本位で近寄ってみると、中年の男が
野次馬の一人からヒソヒソと声が上がる。
「ありゃ仕立屋のサボーさん
「――あノ人に何ガ?」と、マナがその男に声を掛ける。
「何がって……そりゃあ、この辺りで生娘がああなっちまうのは知れたことだろう――『迷いの森』の吸血鬼だよ」
(吸血鬼……)
「あんまりデケぇ声じゃ言えねえがな、どうもあの森に出る吸血鬼ってのがな……実は、領主のガウロス様なんじゃねえかって噂だ」
男は声を潜めて大事そうにその情報を洩らしたが、当然そのことはマナらには既知の事実であった。
マナはOLSのデータを再度確認。青白い顔で灰色の髪を縦巻きにした壮年の男が、彼女の視界に浮かび上がる。それがエイベルデン地方の領主、ガウロス・ギュール伯である。
(やっぱりコレに訊くのが早いのかな)
その時マナは、ちらほらと集まり始めた野次馬の中に、彼女をじっと見つめる男の姿があることに気が付いた――それは転移直後に墓地で出会った男であった。
(あ……)
マナは気付かれぬうちに去ろうと背を向ける――が、遅かった。
「おい!」と、男が彼女を指差して叫んだ。
その声があまりに大きい為、周囲の人間の注意は一旦男へ、そしてその後にマナへと向けられた。
(マズいかな――)という彼女の予感通り。
「そ、そいつ、バケモンだぞ! 幽霊だ! アンデッドだ!」
果たして墓地の男は、あらぬ誤解を撒き散らしながら喚いた。今しがたマナと話していた男も、ギョっとして彼女から離れる。そして慄きはすぐに拡散し、村の女の何人かが悲鳴を上げるとそれは加速した。こういう時の混乱というものは、全く根も葉も無いようなことですら真しやかに口走る者がいるもので、野次馬の中の誰かが、早速その誤解を上塗りしてくれた。つまり。
「吸血鬼だ!」――という台詞である。
すると困惑していたマナが逃げ出すより先に、村人達の方が蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出していった。
「あーあ、まったく……」とイザベラ。
二人をポツンと残して、あっという間に無人となった広場には、荷台に乗せられた憐れな女性の遺骸のみ。
「……どうシよう……?」
「とりあえずここは離れるしかないだろうね。妙な噂が拡がって、それこそハンターでも呼ばれた日にゃ面倒なことになるよ」
カァカァと鳴くイザベラの助言に従って、そそくさと村を後にしたマナであったが、彼女らの懸念はその数時間後に早くも実現することとなってしまった。
***
――夕刻のカレノン村。
「また変なのが来たぞ――」
警戒して斧を構える村人だったが、レイナルドの首から提げた
「あれは――?!」
レイナルドらが近付くと、就中目の良い一人が、そのペンダントの特徴に気付く――十字架は横棒が杭、縦棒が剣で形作られていた。それはこの世界では誰もが知る、協会に認められたバンパイアハンターの証であった。
「ハンター……? バンパイアハンターだ!」
それを聞いて村人達がレイナルドに駆け寄る。思わぬ歓迎にたじろぐロマと、囲まれても無表情のまま佇立するレイナルド。
「ああ、ありがたい! ハンター様、丁度さっき吸血鬼が出たんですよ!」
「……さっき……?」と、レイナルドの目が光る。
今はまだ日が完全に沈みきる前であったので、さっきと云うからには昼過ぎである。
「……間違い……ないのか……?」
「そりゃ勿論! 真っ白な肌に真っ黒な服の女! 眼が光ったのを見たってのもいます!」
「…………(昼でも活動できる吸血鬼――)」
沈黙のレイナルドの考えをロマが察し、それを口にする。
「
「……真祖、か」
彼らの知る限り、普通の吸血鬼が昼間に出歩けるはずがなかった――少なくとも人間の血が混ざった
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