EP7-4 団体戦

 試合の開幕と同時に殊能学院のリーダー真壁ダイゴが両手を地面に着ける。するとフィールドの地面が、身を低くして走り込む三人を護るように、ズズズと盛り上がって次第に壁となっていく。クロエが実技訓練で見せた防壁の生成速度を極端に遅くした印象である。一旦壁に身を隠す殊能学院の選手がまだ完成していない壁の隙間から、パラパラと威嚇射撃をする――その弾丸はすぐさまシキの『オレルスの弓』によって宙で転回し、彼らの身体を掠めた。


「うわ! こんなに速いのか!」


「無闇に撃つな! 視認されなければ当たらない!」


 高さ2メートル程の壁が点々と作り出され、やがてフィールドの半分が迷路のように複雑な構造を成すと、学院生の3人はダイゴの指示で壁に沿うようにして左側から進み始める。残った一人は意識を集中すると、自分と全く同じ姿形の分身を作り出し、それを伴って右側から進む。


 一方ネスト第一校のシキは軽い舌打ちをしつつも、嬉しそうに微笑む。


「俺の能力をよく勉強してんな。壁が邪魔で捕捉できねえ――だが」


 開始前の指示通りアヤメは右から、リンが『フレイズマルの金』によって自身を透明化させて左側から進んでいくと、シキは残ったチトセとマナトに向かって言った。


「三城島、準備ができたら言え。鑑は合図と同時に真上に全弾ブッ放せ」


「はい!」、「了解!」と返す二人。


 チトセが両手を高々と空に翳すと、フィールド上空100メートル程の高さで空気が凝結し始め、極小の水の粒がじわじわと発生していく。水滴達が太陽の光を受けて輝き、シトシトと霧雨が降り始める。


「オッケーです!」とチトセ。


「よし、やれ鑑!」


「いきます!」と、マナトが銃口を空に向けると同時に、チトセが両手を振り下ろす。するとフィールドに数瞬のゲリラ豪雨――。


 学院生の三人が構造を完全に把握している迷路の丁度半分に差し掛かろうという所で、彼らのヘルメットにポツリと水滴。

「ん? 雨――?」


 その次の瞬間に彼らは滝の様な雨に打たれた。


「なんだ?! 殊能なのか?!」


 一人の男子生徒がそう叫んだ時、直感的に危機を感じ取った女子生徒が、自身のワープ能力によって目の前の彼を1メートル程た――その直後に、今度は水ではなくペイント弾の雨あられが降り注ぐ。


「うわあああぁっ!!」という彼らの悲鳴が、後方で自身が作り出した小さなシェルターの中で状況を見守っていたダイゴのヘルメット内に響く。


「なんだっ?! 皆どうした!?」


 狼狽する彼のフェイスモニターに、シキに倒された2名の名前と『finished再起不能』の文字。


「カズとミコトがやられた!」、「こっちも分身が!」と仲間達の狼狽する声。


 ――シキは合宿の際の要領で、チトセが降らせた水滴をレーダー代わりにして、視認できない学院生達を捕捉したのである。

 咄嗟に味方によってワープさせられた一人ナオヤと、分身の方に大半の弾丸が向かったことで辛うじて再起不能リタイアを免れた一人シンジは、しかし突如上空から襲い掛かってきた大量の弾丸に困惑していた。


「リーダー、どうすれば……」と縋り付くような声に、ダイゴは最上級生として気概を見せる。


「上に防壁を作り直す! 二人は暫くその場で持ち堪えてくれ!」


 そこでスピーカー越しにパララララという銃声。ナオヤの音声アイコンが光る。声を掛けようとしたダイゴに先んじて彼の声。


「こっちは大丈夫だ! 何とかする! 防壁を急いでくれ――!」



 ***



 ダイゴにそう言い放ったナオヤの数メートル先には、バトルスーツであっても明らかに女子であると判る身体付きの敵――それはアヤメである。彼女は高密度の土壁によって幅3メートル程度に狭められた道の真ん中で、アサルトライフルを片手に堂々と立っていた。


「お相手願います」と一言。


 ヘルメットで顔は定かではなかったが、ナオヤはその身体的特徴から相手それが不動アヤメであると瞬時に悟った。


(『ヴェルンドの鉄』――こいつの殊能は鉄の変形。つまり銃撃戦この種目で有効な使い道は無い……。だったら身体強化系の俺に分がある!)


 瞳に自信を輝かせたナオヤが殊能によって己の瞬発力を高める。そして銃口を持ち上げつつ横に跳び、フルオート射撃。


「!?」


 しかしアヤメはそれを身を捩りながら伏せるように躱し、続く第二波を間髪入れずに跳んで避ける。空中で壁を蹴って方向転換し、受け身を取りながら反撃。


「くっ!」


 ナオヤは素早く反応したものの肩に被弾し、慌てて後退して壁の角に隠れる。立ち上がった無傷のアヤメは、注意深くそちらを見ているが隠れる様子は無い。


(なんであの距離で避けられるんだ――)と、当惑と怪訝に絡み取られるナオヤ。


 彼はアヤメが何か殊能を使ったトリックを用いているのでは、或いは他のメンバーが何らかの補助をしているのでは、という推測を立てたみたが、どう考えを巡らせても思い当たる節が無い。それもそのはず、彼女はそういったものに頼っている訳ではないのであった。


(相手の重心……足運び……目線……)


 アヤメは全神経を研ぎ澄まして、相手の行動を読むことに専心していた。


(呼吸のタイミング……筋肉の硬直……関節や腱の動き)


 それは正しくユウが立ち合いの際に見せた、達人と呼べる者の境地である。


(剣技に限ったことではないのだわ。――いえ人間に限ったことでもない。どんな相手であろうとも、得られる情報の全てを収束すれば次の一手が視える――)


 ユウの動きを穴が空くほど観察し、時には本人に教えを請うこともして、彼女が辿り着いた答えはそこであった。

 一歩一歩確実に距離を詰めるアヤメに対し、ナオヤは攻略こたえを見出せぬまま影から飛び出して、ありったけの弾を浴びせようとするが。


「なんで当たら――っ!」


 予知能力の如くその射線から身を外すアヤメは、彼の隠れていた壁の角に弾をバラ撒き、砕けた壁の破片がナオヤのヘルメットに激しく当たる。


「っ!」


 その衝撃にナオヤがほんの一瞬目を瞑り身体を強張らせたところへ、狙いすましたアヤメのヘッドショット。――ビシャッというペイントの膜がナオヤのヘルメットを覆うと、彼のディスプレイに『finished再起不能』の赤い文字が浮かんだ。



 ***



 ハァハァと、高鳴る鼓動に合わせてディスプレイが曇る――。シンジは狭い一本道で己の分身と背中合わせになって、両方の進路に目を配る。彼の分身は本体から5メートルの距離までしか離れることは出来ないが、それが得た情報はリアルタイムで彼自身にも認識されるのである。


(どこに隠れているんだ? 足音から判断して相手は一人だけど……こっちは分身ふたりいるんだ。どちらが本物か判らなければプレッシャーになっているはず)


 そう考えながら注意を怠らない彼の傍で、先程の雨でぬかるんだ地面がピチャリと音を立てた。


「そこっ!」と言いながら、で乱射するシンジの後ろから。


「そっちじゃないですよ」


「!?」


 シンジが反応する隙を与えず、突如目の前に出現したリンのライフルが火を吹いた。シンジの本体にリタイアが表示されると同時にスッと消えゆく分身――。


「なんで……こっちは二人一組ツーマンセルなのに――」と、悔しさを滲ませるシンジに対し。


「ごめんなさい、私は零人組アンノウンなので」とリン。


 マイクに向かって彼女が「一人撃破ワンダウンです」と告げると、開幕地点から動かぬシキが「了解、よくやった」の応答。そして同じく待機していたマナトに向かって言う。


「さあて、残り1だ。――やってこい鑑」


 するとマナトはライフルを背中に回し、「了解!」と笑顔で意気込んだ。

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