EP21 *Toy Box《神の箱庭》

EP21-1 砕かれる柱

 神殿から溢れ出るようにして湧く神々に向かって、一歩ずつ静かに進み始めたクロエの歩みは、次第に速く、大きくなる。

 光の速さを優に超え、同時に空間そのものを縮めながら走るその彼女に、スピードにおいては絶対的な自信を持つユウですら度肝を抜かれた。


(速い――なんてもんじゃない。これがクロエさんの本気なのか)


 彼が遥か先を行くクロエに驚嘆している間に、視認することすら叶わなかった八十八柱神の姿は、既に彼女の射程に収まっていた。

 縮まる回廊とともに進むクロエは、走りながら前に突き出した両手の銃を機関銃の様な速さで乱射――その弾丸は全て精確に神々てきの頭や四肢を撃ち抜き、吹き飛ばしていく。攻撃を受けた神の身体はひび割れて、その隙間から輝く液体と白い閃光が漏れ出したかと思うと、粉々に四散した。


 人間の攻撃など効くはずもないと高を括っていた者達は、いとも容易く5体が消滅。


「馬鹿な――!? 神に死など有り得るはずがない!」


 そう戸惑う彼らを、一切容赦の無いクロエの銃弾の嵐が襲う。


 3体の頭がほぼ同時に吹き飛び、4体の胴に風穴が空き、7体が手足を失った。


 ――14体が消滅し、残りは67体。


 そこでようやく神々は、自分達に迫る黒衣の女が、死と無縁であるはずの神々すら屠る存在メタであることを理解した。そしてクロエが到達する前にと、彼らは手に手に雷や炎や氷の槍を携え、空気を轟かせながら次々とそれを投擲した。

 しかしで飛来するその攻撃を、クロエは走る速度を緩めることなく避けた――左右に身を反らし、屈み、高く跳び上がり、身体を捩じる。


 外された神の槍はユウの横をすり抜け、一瞬の後に遥か後方の雲海うちゅうで、金色の空を焼く光源となるばかりであった。


「遅いな」とクロエ。


 空中で錐揉みしながらのカウンター射撃を2、3、4発。


 ――4体消滅。残りは63。


 世界の法則など無視した回避術を見せるクロエに、数人が再び次の槍を創造しようとしたところへ、一弾一殺ヘッドショットの速射。


 ――6体消滅。残り57。


 すると投擲物飛び道具は無力と見て、一際巨躯の男神がその手に出現させた槌で回廊の床を叩き割った。轟音と地響きが回廊を伝播し、クロエに向かって亀裂が走る。

 ガラガラと崩れる地面――しかし瓦礫とともに雲海へと落下したかに見えたクロエは、そのままの勢いで空中を駆け上がってきた。その足元には、彼女が一歩踏み出すごとに階段が構築されていく。


「おのれ!」と男神は、目の前まで登ってきたクロエに槌を振り下ろす。


 彼女は鉄槌それの頭を銃弾で撃ち砕くと、弾丸を撃ち尽くした両手の銃を即座に投げ捨てた。そして仰け反っている男神あいてがまだ握り締めている得物の柄を掴み、引き寄せながら腹部に強烈な蹴り――神の腕がもげ、吹き飛びながら転げ回る。


「ユウ!」とクロエが叫ぶと、ようやく追い付いたユウが彼女の頭上を天高く飛び越えた。


穿ち滅ぼせ我が雷龍よイザァマト・シュッダー・オル!」


 空中で手を翳し天空に出現させた魔法陣から倒れた神へと向かって、龍の姿を象った特大の雷が降り注ぐ。それで怯んだ隙に、ユウは落下しながら神速の斬撃――着地までの数瞬の間に億を超えた剣閃は、敵の身体を文字通りの粉と化した。


 一方クロエは、横から払われる剣を低い姿勢で避けつつ真下から蹴り上げ、更に後ろから襲い掛かる槍を見向きもせずに素手で掴むと、力任せにそれを奪い取った。

 間髪入れずに彼女の足元から突き出す巨大な氷の棘を、予測していたかのようにヒラリと躱すと、すかさずその氷を足場に飛び上がり、先程蹴り飛ばした剣を空中でキャッチ。

 右手に剣、左は逆手に槍を持ったまま、空中で身を翻す――その回転の最中で剣と槍は複雑に変形しながら小さくなり、クロエが正面へと振り向いた時には、新たな拳銃へと再構築されていた。そして落下しながらの連射で更に6体が閃光とともに爆散。


 ――残り50体。


 着地したクロエに斧を振りかぶる、虎の頭を持つ神。しかし彼女がそれを無視して横を通り抜けると同時に、ユウの白銀の剣がその神の胴体を真一文字に両断した。


 ついに二人を脅威であると認めた神々の中心へ、躊躇いなく躍り出るクロエ。しかし彼女に殺到する、剣、槍、斧、槌といった多様な武器から一斉に繰り出される必殺の攻撃を、クロエはグルグルと踊る様に華麗に潜り抜け、その一撃一撃ひとりひとりに確実な反撃を加えて絶命させていく。

 頭を飛ばされる者、腕が千切れる者、脚が消え去る者――。それらの致命傷は言うに及ばずであるが、ここに至ってクロエの弾丸は、それが掠り傷を与えただけでも問答無用で神々を死に至らしめた。


 ――ユウが3体を斬り伏せる間にクロエが20体を消滅させ、八十八柱神は残すところ27体となった。


 遠くから超然と眺めているだけであったセヴァやラタルら上位の神々は、しかしクロエの凄絶な強さを見せつけられ、その表情は次第に曇り始めていた。


(何という強さだ。我が弟ポテュンですら、八十八柱神全てを相手取ることなどできはすまい。いやそれどころか、あの女はまだ何か力を隠しているようにすら感じる……。かつての戦いにも、あのような規制官はいなかったはずだ。一体奴は――)


 そのように訝しむ雷帝神ラタルと同じく、回廊の反対側でその様子を感じ取っていたメベドも、驚愕或いは困惑に近い表情を浮かべる。


(おかしい……。お姉ちゃんのアルテントロピーが桁外れに高いのは解っていたけど、これはもうそんなレベルじゃない。強いとか弱いとかっていうのとは最早別の次元だ)


 メベドはのアルテントロピーを千里眼の如く使い、不条理とも云える力を奮うクロエの姿を食い入るように見つめた。


(お姉ちゃんは、自分が特異点と呼ばれる理由を理解したと言っていた。その理由――もしくは理解そのものが、あの異質なアルテントロピーを生み出してるっていうのか……?)


 最後に残った八十八柱神の内の2体――一人をクロエが撃ち抜き、一人をユウが細切れにしたところで、彼らは再び神殿の前へと立った。


「ユウ、お前はもう下がれ。ここからは私が一人でやる」


 さしものも、その設定を維持するだけのアルテントロピーを失い、疲弊したユウが片膝を突くと同時にパラパラと崩れ去る。そしてそれに乗じるように、彼の身を護っていた白銀の鎧も、至る所に付けられた亀裂を起点に剥がれ落ちた。


「す……すみません……。あとは、お願いします」


 そう言い残してその場に倒れ込んだユウの座標からだが、クロエの力によって瞬時にメベドの隣へと移される。


「ああ、任せろ」


 たった一人残ったクロエが呟き、円卓へ徐に一歩を踏み出すと、その前に立ちはだかる巨躯。――袖丈の短い金の服に胸当て、精悍な顔つきをした金髪の男。彼を見上げるクロエと、彼女を見下ろすその男ラタルの視線がぶつかる。


「これより先に罷り通ることは、この雷帝神ラタルが許さぬ」


 力強い言葉と気高く輝く瞳を見て、クロエの顔つきが一瞬和らいだ。


「なるほど――いい眼をしている。媚びず、傲らず、自分の意志こたえを知る者の眼だ。べレクの譎詐けっさに惑わされねば、良い規制官になれただろうに」


「戯れ言を」とラタルが返した次の瞬間、クロエの拳は彼を真横に弾き飛ばしていた。

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