EP15-2 少女とエース

 道の両側には様々な店が立ち並び、歩く人々の内の多くはそこに訪れる買い物客であるらしかった。大半は親子連れか恋人同士といった様子で、それぞれの幸せを感じ取れる笑顔が溢れていた。

 そんな中を、特大のキャリーバッグの片側を浮かせて、斜めにした状態で引き歩くアグ・ノモ。彼は動き難さと暑さのあまり、一旦足を止めてスーツのジャケットを脱ぐと、それを担ぐように肩に掛けた。

 バッグは元々そういった持ち方でも運べるよう、片側の車輪が滑らかに動く設計をされている為、普通はそれほど難儀するようなことはないはずであった。しかし如何せんそのバッグは大き過ぎるし、その重量も成人男性ですら手を持ち替えながらでなければ、指が負担に耐え切れぬ重さであった。


「(重いなこれは。一体何が入っているんだ?)……お嬢さん、つかぬことを訊くが――」


「中身はなんだってんなら――それは乙女の秘密だ」とアマ・ラ。


 質問の出鼻を挫かれたアグ・ノモは問いを変える。


「……何処まで運べばいいのかね?」


 手ぶらで飄々と歩くアマ・ラの後に付いて、しっとりと汗を滲ませるアグ・ノモ。二人はかれこれ30分、こうして歩き回っていた。その姿は傍から見れば、年の離れた恋人の買い物に付き合わされ、荷物持ちとしてこき使われている彼氏――の様にも見えないことはない。

 周囲の人々からは彼に向けて――「あらあら、お気の毒に」、「頑張れよ、彼氏!」といった勘違いの視線が向けられていた。もし彼らが、この男こそバハドゥを統治する帝国軍の軍人、それも解放軍から恐れられる屈指のエースパイロットであると知れば、そのギャップにさぞかし仰天したことであろう。

 アマ・ラは自身がそんな仕打ちをしているとも知らずに、軽快な足取りで答えた。


「うーん……何処にしようかなあ? バッグそいつはとりあえず道具さえありゃ、自分で直せんだけどね。――どっか近くに修理工具そういうの無いかな?」


 彼女は服や雑貨などの店々のディスプレイを、楽しそうに眺めながら言う。


(――では今まで歩いていたのは何だったのか)


 という感想を抱く奴隷彼氏アグ・ノモは、閉口しつつもこの街の要所要所にある軍関係の施設のことを思い出す。


「(修理場所か)……無いことはないな」


「あ、マジ? なんだよ、それなら早く言ってよー。30分も散歩しちゃったじゃん」


「いや……私は君が目的地どこかへ向かっているものだと――」


「アハっ、そっかー。ワリぃワリぃ、俺この惑星まち初めてなんだよね。つい珍しくなっちゃってさ?」


 茶目っ気たっぷりでウインクしてみせるアマ・ラ。その無邪気な笑顔にアグ・ノモは軽く失笑しながら言った。


「そうか、ならばもう少し付き合おうか?(……不思議な少女だな)」


「あ、いいよいいよ。俺他にも行かなくちゃいけないとこあるし。場所教えて」


「そうか……」


 彼はバッグを一旦立てると、手首に付けた通信端末で最寄りの軍事施設の位置を調べた。


(巨人の整備場が近いか――)


 幸いにして彼らのいる場所から徒歩10分程の距離に、帝国軍の機甲巨人の整備工場があった。アグ・ノモは気儘に歩くアマ・ラを呼び止めると「では私に付いてきてくれるかな」と言った。



 ***



 ショッピングモールに隣接した大きな公園を抜けた先に、帝国軍の整備場があった。

 敷地は高い塀に囲まれていて外から様子を窺い知ることは出来なかったが、それは清潔感のある白く真新しい壁で、そうと知らなければその場所が軍事施設であるとは気付かなかったであろう。

 巨大なコンテナを積んだトレーラーが出入りする正面のゲート脇――警備の兵にアグ・ノモが何やら話をしているのを、アマ・ラは遠くから見つめていた。彼が振り返って手招きをすると、彼女はそれに従って中へと入る。


「……アンタ、軍人だったのか」と、意外そうにアマ・ラ。


「ああ、今日は休みだがね」


 脱いでいたジャケットを改めて羽織り、着衣を正したアグ・ノモの襟には、小さな帝国軍の徽章。アマ・ラはそれに目をやりながら。


(まあ、返って好都合か――)と内心で呟く。


 幾つかの白い建物や整列するトレーラー達の横を通り過ぎて、5階ほどの高さがある吹き抜けの巨大な倉庫に辿り着くと、中には紫紺の機甲巨人ガルジナが整然と並んでいた。


「はー、すげぇ数だな」


 ズラリと立ち並ぶガルジナを見たアマ・ラが感嘆の声を漏らすと、アグ・ノモが笑顔で尋ねた。


「機甲巨人を見たことは?」


「うーん……まあ何回か見たことはあるよ? 機械関係は得意だし、物作るのも好きだしね」


「そうか。――帝国軍は女性の整備士や開発者も少なくない。機械が好きならば、巨人関係のそういった仕事を目指してみるのも悪くないと思う」


「そうだなあ……ま、考えとくよ」


 アマ・ラはぬけぬけとそう返すと、それとなく尋ねる。


「ここって基地かなんかなの?」


「いや、ただの整備場だ。基地は市街地からはかなり離れたところにある」


「ふーん……。じゃあパイロットは? こんなにあったら基地まで運ぶの大変じゃね?」


「正式なパイロットはここにはいないが、機甲巨人は動かすだけであれば然程難しいものではないのだよ。歩いてトレーラーに乗れれば充分だ」


「なるほどねー。……じゃああの紫の奴は、この工場だと何機ぐらいあんの?」


「あれはガルジナという機体だ。私はここの所属ではないので正確な数は知らないが、敷地内にはこのような倉庫が3つぐらいはあったはずだ」


 アグ・ノモはまさか相手が解放軍のエースの一人であるなどとは露ほども知らず、単なる好奇心旺盛な自国の少女であると思い込んで、その情報を話す。


「へえー……(ってことは、全部で50から60機ってとこだな)」


 そんな諜報はなしをしている内に、アマ・ラらはその機体の列の前まで来た。

 装甲板を外され、骨格が剥き出しになったガルジナの傍らにいた整備兵に、アグ・ノモが声を掛ける。


「君、すまないが、こいつを直してやってくれないか?」


「なんだ? こっちは忙しいん――」


 場違いな私服姿の二人に整備兵は怪訝な視線を向けたが、アグ・ノモの徽章と顔をまじまじと見てから、その正体に気付くと「あっ」と声を上げた。――整備兵は工具を片手に素早く敬礼。


「失礼致しました! ――了解致しました、こちらのご婦人のキャリーバッグですね?」


 いそいそとバッグの状態を確かめる整備兵を見ながらアマ・ラ。


「アンタ――ひょっとして結構お偉いさん?」


「そうでもないが、どうやら多少は顔が知れているらしい」と、アグ・ノモが笑う。


「申し訳ありませんが……このバッグのモーターは、内側からでないと直せないですね。お開けしても宜しいでしょうか?」と整備兵。


 アグ・ノモが視線でアマ・ラに問うと彼女が答えた。


「あー……じゃあ自分で直すからいいよ。中は乙女の――帝国ひとには言えない恥ずかしい秘密が詰まってるからさ? ちょっと工具借りていい?」


 整備兵が「どうぞ」と、修理に使いそうな工具一式を箱ごと貸してくれたので、アマ・ラはバッグを人目につかぬ所に運んでもらい、そこで独りでてきぱきと、バッグに内蔵されたモーターを直し始めた。

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