EP15. *War in the peace《バハドゥ攻略戦》
EP15-1 偶然の出逢い
アマ・ラやタウ・ソクらを乗せた解放軍の機動戦闘艦インダルテは、単艦奇襲作戦を敢行すべく、空間の歪みを利用した
「次元歪曲収差脱出まで、5……4……3……2……1……脱出しました。――ステルスオン、慣性航行に移行します」
歪んだ鏡に写ったようであった宇宙の景色が元通りに収束すると、指揮塔の下にある第二艦橋の窓からも自然豊かな惑星――バハドゥの姿が見えた。
「へぇ、なかなか綺麗な惑星ですね」
「嘘だろ? 気持ち悪いぜ、青と緑の星なんて」
「あれって地面なのかな――え? あの青いとこ、全部水なの?」
初めてカリウス星系の外に出た解放軍の若い面々は物珍しくそれを眺め、口々に感想を述べた。その中で――。
「地球みたいだな……」と、呟くタウ・ソク。
すると横にいた、スラリと背の高い長い黒髪の女性がタウ・ソクに尋ねた。
「チキュー? 何ですか? それ」
彼女は、今回の作戦で第3中隊を率いるビャッカのパイロット、マユ・トゥである。
解放軍に入隊したのはタウ・ソクよりも少し後だが、何でもそつなくスマートにこなす彼女は、機甲巨人の操作でもその才能を発揮し、1年半という短いキャリアでビャッカの正式パイロットになった。
特別人目を惹く様な美人という訳でもなかったが、いつも溌溂としていて、戦時と云えど女性としての身嗜みを忘れぬ彼女には隠れたファンも多い。
「あ、ああ――それは……」とタウ・ソクが説明を渋ると、二人の後ろからアマ・ラが姿を見せる。
「そういう
「アマ・ラさん――」とマユ・トゥ。
彼女が振り返ると、アマ・ラが両手を頭に乗せて立っていた。
「チキュウってのは方言みたいなもんで、国によって呼び方が違うんだけどな。――俺はそこの星の生まれだ」
「へえー。アマ・ラさんってカデラの出身じゃなかったんですね? 機甲巨人の操縦もそこで?」と、興味深そうに訊く。
「うんにゃ、機甲巨人に乗ったのは2ヶ月前からだ」
その言葉に「え――」と絶句するマユ・トゥ。
「それって……解放軍に入ってから、初めて乗ったってことですか?」
「うん、そうだよ」
「それであんなに強いなんて……やっぱり天才っているんですね……」
表立って示すことはなかったが、自分の
「そんなヘコむなって、マユ・トゥ。俺はちょっと特別だから比べてもしゃーねーよ。――つってもお前だって結構イイ線いってるぜ?
「本当ですか!?」と明るくなったマユ・トゥだったが、その『他の奴ら』が周りにいることを思い出して、すぐに畏まった。
そこで艦内放送――今回の作戦を指揮する参謀コタ・ニアの声。
「――こちらブリッジ。……アマ・ラ、そろそろ出発の準備をしてくれ」
「おっと、もう時間か――。そんじゃ、ちょっと
アマ・ラは二人に手を振ると、颯爽と部屋を出ていった。
彼女はコタ・ニアとの事前の打ち合わせで、鹵獲した帝国軍の小型輸送機に乗ってバハドゥに一人潜入し、その内情や戦力の配置などを調べる役目を負ったのである。無論それは、短期決戦を望む解放軍の奇襲第一波が、敵の主戦力及び重要拠点を確実に叩く為であった。
しかし同時に彼女には、規制官としてファントムオーダーの手掛かりを少しでも探れれば、という思惑もあるにはあった。
「んじゃアマ・ラ、行ってきまーす」
アマ・ラの気楽な声とともに、彼女を乗せた四角い箱状の輸送機がインダルテの艦底のハッチから発進した。
***
ダークブラウンのチェックスーツにオレンジのネクタイ。襟には帝国軍の
アグ・ノモは、ガー・ラムがここに自分を派遣した理由を考えた結果、やはりパイロットとしての戦力価値以外に、この星系に自分を配置する意味があるとは思えなかった。だとすればこの街――ひいては惑星こそが、ただ友人の職場というだけではなく、近く己が守るべき場所になるということである。
(ここが戦場になると云うのか……この平和な星が。俄には信じ難いことだが、しかし――)
彼がガー・ラムと直接会話を交わしたのは、僅か数回ほどである。しかし会う度にガー・ラムの底知れぬ強大さ――星の消えた宇宙を覗くに似た、魂ごと飲み込まれそうな人智の及ばぬ奥深さを、彼は感じたのであった。
(ガー・ラム――あれほどの人物が何故今まで台頭してこなかったのかは謎だが……小賢しい男ではない。むしろ私の知るどの将軍よりも、遥かに大局を見ている――。ならばそうもなるのか……)
僅かに宙に浮いて滑る車が一定の間隔で絶え間なく通る道路。その脇の歩道を、疎らな人通りの中、アグ・ノモはゆっくりと歩きながら建物や景色を見て廻った。
元々の国民性なのか、それとも統治者であるザ・ブロ将軍の善政の賜物なのか、道行く人々の顔には戦の影に怯えている様子は無い。人並みの悩みはあろうが、それぞれがそれぞれの人生を自由に謳歌している――彼の目にはその様に映った。
(良い街だ)とアグ・ノモ。
数年ぶりの再会を果たしたタナ・ガンに何か手土産でもと、彼が立ち並ぶショーディスプレイを眺めていると、そこへ乱暴な口調の少女の声が聞こえた。
「おい、そこのアンタ」
アグ・ノモは、まさか帝国領地で軍の徽章を付けている自分がアンタ呼ばわりされるなどとは思ってもいなかったので、
「おいってば。――アンタだよ、アンタ」
「………………」
無言のままアグ・ノモは、ディスプレイに映るスーツやジャケットを観覧している。
「コイツ聴こえてねえのか……? おーい、俺の声聴こえてるー?! そこの派手なネクタイのひとー!」
アグ・ノモは自分のオレンジ色のネクタイが特別派手だという認識はなかったが、念の為周りを確認してみる――が、周囲にはそもそもネクタイの人間が見当たらなかった。
「――私か?」とアグ・ノモが振り向くと、歩道の真ん中には白いワンピースを着た短い赤髪の少女。かなり小柄で褐色の肌。
「お? そうそうアンタだよ。聴こえてんじゃん」
彼女は自分の身体の半分もある黒いキャリーバッグに、覆い被さるようにもたれた状態で、チョイチョイと手招きをしてみせた。
「
丸くて大きな瞳の彼女がニヤリと笑うと、真っ白な八重歯が目立って、まるでイタズラ猫のような印象があった。
「……ああ構わんよ、お嬢さん」とアグ・ノモ。
「おー、助かるよ! ありがとう、派手なネクタイの人!」
悪びれた素振りも見せず、その少女――アマ・ラは、屈託のない笑顔で言った。
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