EP15-4 作戦開始

 暗闇の中に浮かび上がる、真一文字の緑光。それは機甲巨人ビャッカの頭部に搭載された、スキャニングカメラ――謂うなれば巨人の眼である。

 機動戦闘艦インダルテは両刃の西洋剣を横に寝かせた様なデザイン。刀身に当たる上部甲板のハッチがゆっくりと開くのに併せて、その暗闇に佇む光る眼が、2つ3つと増えていく。――ハッチの中には、真っ白なビャッカ部隊が出撃の合図を待っていた。


「――第3中隊、準備よし」と、薄暗いコックピット内のマユ・トゥ。


「――第2中隊、準備よし」


 本来アマ・ラが隊長を務めるこの部隊は、潜入工作で前日さきに降りた彼女の代わりを、副隊長の若い男性が率いていた。

 ブリッジからコタ・ニアの緊張気味の声で、「タウ・ソクは?」との問い掛け。

 ――その当人はハッチ後方の格納庫で、ヴィローシナのコックピットの椅子に、ヘルメットを抱えたまま飛び込んだところである。ラグビーボールの様な横長のヘルメットを急いで被ると、ヘルメットの後ろに突き出ていたプラグが、彼の後頭部に埋め込まれた端末に挿し込まれる。更に椅子の背もたれから伸びたケーブルが、巣穴に帰る蛇の如くズルリとヘルメットに繋がると、主人を得た巨人のコックピット内部に淡い緑色の光が満ち溢れた。

 タウ・ソクは自分の視界が肉眼から巨人の眼モニターへと切り替わると、素早く計器類をチェックして通信を返す。


「遅れてすいません――第1中隊、準備よし」


 コタ・ニアが「よし」と言うと、女性のオペレーターの声が全機に響く。


「全機起動確認――第3、第2、第1中隊の順で発進してください」


 皆の「了解」が同時に返る。


「3A1、マユ・トゥ。――発進します」


 インダルテから飛び出したマユ・トゥの機体に続いて、彼女が率いる第3中隊、そして第2中隊も次々と発進した。後方の2機は菱形のコンテナを引き連れて出る――その中身はアマ・ラ専用のビャッカ改である。

 出撃したビャッカ達の背部スラスターから、推進剤が虹色の粒子となって、キラキラと噴き出した。

 最後にハッチ立ったのは、青と白のツートンカラーの機体――ヴィローシナ。前回の出撃時とは多少デザインが変わり、肩の装甲板がくの字に折れて、膝から三角に飛び出た装甲も若干長くなっていた。


「タウ・ソク、ヴィローシナはバーニアを地上用に換装してある。挙動は肩から入るイメージだ。姿勢制御立ち回りに注意しろよ?」


 整備長の野太い声がそう響いた。


「了解しました! ――1A1、タウ・ソク。――ヴィローシナ発艦します」


 全機が宇宙空間に出揃い、それぞれが隊列を組んだところでコタ・ニアからの通信――。


「おさらいです。――アマ・ラから送られてきた襲撃ポイントは、座標G35の戦略基地と、J14の地対宙迎撃施設の2箇所。前者は指揮系統の要、後者は防衛の要です。第1と第2中隊は基地の司令部、第3中隊は砲台施設を無力化してください。施設制圧後にアマ・ラが偽装情報兵器ジャミングデコイを起動します」


 全機――「了解」。


信号デコイは市街地に配置済みです。基地の機甲巨人が市街地そちらに向かったら、第1第2は基地を強襲してください。それと目標地点は市街地から離れていますが、対機甲巨人では極力ビーム兵器の使用は避け近接戦闘を」


 このコタ・ニアの指示は、一般建造物や民間人への被害を考えてのものであった。

 ――機甲巨人の装甲は攻撃を防ぐのではなく、斥力によって『弾いて逸らす』性質である為、例え相手に命中したとしても、当たった箇所が装甲であれば、そのビームはあらぬ方向へと飛んでいくだけである。宇宙戦を想定して作られているビーム銃の射程は、およそ100キロメートル。それが弾かれれば、遠方の市街地にすら被害を及ぼす可能性があった。


「タウ・ソク――」と、コタ・ニアからヴィローシナへ個別通信。


 降下地点を地図と照らし合わせて、突入角度の確認をしながらタウ・ソクが「はい」と応えた。


「バハドゥに来た理由は不明ですが、アマ・ラからは、アグ・ノモもいるとの報告がありました」


「っ――ヤツがここに?! アマ・ラは無事なのか?」


「勿論彼女は無事です。しかし彼とは直接会って話したとか……」


「――直接話を? どういう状況で?」


「詳細は不明です。実は彼女の言葉が何を示しているのか、まだ解読できずに困っているんですが……報告には『公園でジェラートを食べた』と」


(……『公園でジェラートを食べた』? どういう暗号いみだ――?)


 報告それはそのままの意味であったが、彼らには知る由もない。


「ともかくアグ・ノモ――彼のバタンガナンが出てくれば、ビャッカの性能では太刀打ちできません。彼が現れた場合、君が最優先で対応を」


「了解しました」


 それから間もなく、先頭を飛ぶマユ・トゥが各機に告げる。


「3A1より各機へ――突入準備をしてください。……第3中隊、航行姿勢」


 その指示の元、ビャッカ達が飛行したまま、手足を前に出して前屈状態になると、腕や脚の装甲板が組み合わさって、やじりの様に鋭利な角錐型へと変形する。


「高速航行――行きます!」


 マユ・トゥの号令に合わせて全機が一斉に加速した。



 ***



 第3中隊マユ・トゥらの降下ポイント――帝国軍の地対宙迎撃施設。周囲を森に囲まれたその施設では、樹々に混ざって、末広がりになった砲身の巨大なビーム砲台が幾つも空に向かって屹立している。それらを制御する管制塔に、けたたましい警報が鳴り響く――。


「何事だっ――?!」と、年配の施設長官。


「正体不明機を確認――いえ、この識別は……解放軍です! 数は16!」


 レーダーを確認する男が言うまでもなく、管制塔の窓からは、青雲の先に虹色の帯を引く無数の流星――降下するビャッカ達の姿が見て取れた。


「げ、迎撃……迎撃用意――!」


 狼狽する施設長官がおざなりな指示を出すと、砲台を操作する管制官はマニュアルとは違う流れに困惑した。


「え……ど、どの砲塔でしょうか――?」


「そんなもの、全部に決まってるだろうがっ!」と、怒鳴る長官。


「は、了解しましたっ! では1番からエネルギーの充填を開始します」


 管制官がビーム砲のホログラムに直接触れて操作すると、その横に表示されているゲージと数字が徐々に上昇し始めた。


「なにやってるんだ! まとめてやれ!」


「し、しかし……砲台の充填は個々に行わなければケーブルに負荷がかかるとマニュアルに――」


マニュアルそんなものは無視に決まってるだろ! 襲撃って言うんだぞっ?! こういうのは!」


 実戦など一度も経験したことが無い兵士達が、そんな有り様で右往左往している、その上空――。


「各機、航行姿勢解除――シミュレーション通りにいきます」とマユ・トゥ。


 雲を抜けた辺りで、傘を開くようにビャッカが航行姿勢解除両手脚を広げた――尖った装甲の先端が雲を引く。

 スカイダイビングの要領で落ちるビャッカは、各々が予め決めた砲台に近付くと、両腿と背中のバーニアを吹かして、地響きとともに鮮やかに着地――同時に前腕の装甲の裏から、鈍色の薄い剣を抜き放った。

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