EP8. *Mirrors Project《暴走する闇》
EP8-1 ある男の手記
管理棟裏の倉庫にクロエが辿り着いた時には、そこは既にもぬけの殻であった。広々と開け放たれたシャッターは背高の倉庫の中に太陽光を受け入れ、肉眼でも隅々まで見渡せるほどの明るさであったが、試作機はおろかアーマードの姿など一つも見当たらない。
「すまないが、ちょっといいか」と、クロエは近くを歩いていた警備員に声を掛ける――ユウも知る、中年のあの気さくな警備員であった。
「おお。こんにちは、白峰先生。さっきユウ君にも会ったんですよ。随分とロボット、いやアーマードでしたね? アレに興味があるみたいで長いこと観てたようでしたけど、やっぱり男の子はああいう――」
「そのアーマードは何処に?」とクロエ。
「ん? ああ、それなら大分前に研究所の博士が来てトラックでまた別のとこに運んでいきましたよ? 調整があるとか何とか。試合用の奴は閉会式で使うらしいんで、スタンドの方じゃないですかね。運営の人達は並べるアーマードが半分になったって嘆いてましたけど、それだけ第一校の
「そうか……。試作機の運送先は聞いてるか?」
「デモをやるってんなら、個人戦をやってるエリアの方じゃないですかね? 機材はあっちの搬入口から入れてるから、多分奥の4番倉庫辺かな。市街エリアの奥の」
「市街エリアか――(やれやれだな)」
指揮所が設置されているのは演習場の平地エリアの端で、市街エリアはその西にある。今クロエがいる倉庫は平地エリアから東に進んだ所にある管理棟の更に裏――キャンパスのほぼ最東端であった。つまり彼女はベクターらと完全に行き違いになった形である。
「ありがとう。引き止めてすまなかった」
「いえいえ! 天下の令外特佐のご用命とあればいつでも、ってもんですよ」
警備員が笑顔で去ると、クロエはしかしすぐには戻らず、念の為その倉庫の内を歩いて見て回った。すると隅の辺りでクロエの視界に違和感が生じた。
(――?)
「…………」
クロエは違和感を覚えた場所を暫し凝視した後、こめかみに指を当てて、聞き慣れぬ音を口から発した。複数の言語を重ねて逆再生で早送りしたような、信号とも言葉ともつかぬ奇妙な音であった。――これは元素デバイスの管理メニューを呼び出すためのインテレイドの指示言語で、本来人間では発声し得ぬものであったが、彼女はそれをアルテントロピーによって行ったのである。
管理状態へと移行した元素デバイスにクロエが「デバイス探知」と言うと、彼女の右眼が緑色に輝いた。その視界には、床に散らばる、今まで視えなかったナノサイズ以下の極小の青い粒子が映った。
(これが原因か――)
(機能を回復できる程の量が残っていればいいが――)
クロエはデバイスに向けて話し掛ける。
「OLS有効状態まで復元、最終接合を3メートル以内で再構築」
そして集めた粒子を両手で包み込んでからから離すと、欠片達は直径0.1ミリ程の塊になった。その粒がクロエの掌の上で更に強く輝いてから僅かに浮き上がる。
「………………」
クロエがそのまま待っていると、周囲に残った元素デバイスが磁石に引き寄せられる様に集まってきた。やがて全ての欠片が合体すると、粒は辛うじて1ミリを超える程度まで大きくなった。しかしクロエがOLSでアクセスしてみても何の応えも無い。
(やはり欠損が大き過ぎるか――)
そこでクロエは軍服のポケットから、手の平サイズの黒い楕円形の板を取り出した。源世界でアマラから借りた、IPFアンプリファの試作品であった。当然それも元素デバイス製のものである。
彼女は再び特殊な音声により管理モードを起動すると、そのアンプに向かって言う。
「結合解除、有効フェイズに従い再構築」
すると間もなくアンプは青く光り、サラサラとした滑らかな動きでもって、彼女の手の平の塊に結合していく――。やがて直径数センチの小さな球体が出来上がると、青い光は消え失せて真っ黒なガラス玉の様な物体が現れた。
[――アイオード、動けるか?]
クロエは
[……おはようございます、ルーラー=クロエ。現在の機能は約13%、情報迷彩の維持及びアプリオリ観測が使用不可能です。またIPFアンプリファの効率が1%まで低下しています]
[何があった?]
[最終エマージェンシーの記録は断片的にしか存在していません。ディソーダーによる破壊と推測されます]
[解っている。残っている情報を転送しろ]
[承知しました]
(……手記――?)
最初に彼女の目に付いたのはそれであった。
(鑑計画を考案した男が記していたものか)
手帳か何かに達筆な字で書かれた物をスキャンしてデータに落とした物――その内容は、日記と研究のメモを兼ねているようであった。
――『十一月二日
季節としては少々早い雪が降った。私の研究にも冬が訪れたようで、殊能者を作り出す実験は一向に成功しない。人工培養装置内では活性化しているNgLが、装置から人体へと移した瞬間に活動を停止してしまう。様々なサンプルで試してみたがどれも失敗に終わった。』
(…………)
丁寧に毎日書かれている内容を、流し読みしていくクロエ。
――『十二月十五日
昨日はラボの入口に降り積もった雪を除くのに半日を費やしてしまった。先日あの男が云っていた、殊能自体の獲得は後天的なもので重要なのはNgLと遺伝子の結び付きである、という話に偽りは無かった。彼の言葉通り実験を進めると、本人の血液から採取したものであれば、一度不活化したしたように見えるNgLでも再び殊能量波を生むことが確認できた。』
――『十二月二十四日
あの男が云うには、理論上、殊能量波のパターンを正確に読み取りそれを脳のNgL受容体に送り込めば、任意の殊能を顕現させることができるということだ。しかし生憎私の専門は生体殊能学で機械工学ではないし、そもそも今の科学でそのような計測器を作ることは難しいだろう。』
それを読んでいたクロエに、ユウからの通信が響いた。
[クロエさん、アイオードの反応が――]
[ああ。今私が復元したところだ。それよりお前は4番倉庫に向え。ベクターが試作機とともにそこにいる。私もこれから向かう]
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