EP7-10 主席と次席
市街エリアのフィールドに新たなアーマードKW9が配置準備されている間、OLSでユウからクロエに通信が入った。
[クロエさん、ちょっといいですか]
[どうした、ユウ]
[やっぱりちょっと気になることがあって――]
[なんだ?]
[さっき管理棟裏の倉庫にいた時なんですけど、クロエさんから通信が来る直前に、元素デバイスにノイズみたいなのが入った気がしたんです]
[ノイズ――?]と、クロエが眉をしかめる。
[はい。視界にほんの一瞬だけ]
[ふむ……(
クロエは暫し考え込んだ。
――情報次元論を元にインテレイドが基礎設計及び構築したOLSは、量子化した元素デバイスから、人間には認識不可能とされていた7つ目以降の
(だとすれば、私の通信にユウ以外が持つデバイスが反応――いや割り込もうとしたのか?)
クロエの推測が正しければ、
[――管理棟裏の倉庫だったな?]
[はい。試作型のアーマードが置いてあるところです]
[解った、私が確認してこよう。お前はいつでも動けるようにしておけ]
[了解しました]
クロエが指揮所のモニターを横目で見ると、画面には『学園ネスト第一校 4年 杠葉コノエ』と、次に出場する選手名が表示されていた。
「……少し出る。八重樫、あとを頼むぞ」
「了解しました!」
シュンの肩を軽く叩いてから彼女が指揮所を出る時、モニターから戦闘開始の音が聴こえた。
(
ユウの言う倉庫は広大なキャンパスの反対側にあり、それなりの距離がある。クロエ自身はアルテントロピーによってそこへ瞬間移動することなど造作も無いことであったが、情報改変によってこの亜世界に存在し得ない現象を無理やり引き起こすことは当然情報犯罪に当たる為、規制官の彼女がそれをする訳にはいかなかった。
IPFアンプリファを搭載する
***
個人戦を観戦する会場では、コノエの戦闘に対して驚愕と感嘆のどよめきが起こっていた。
「杠葉先輩――凄い……」と、チトセが無意識に言葉を零す。
「さすが生徒会長だな……」とマナト。
コノエは他の選手のように開始早々に隠れて近付く――などという戦術とは全く正反対の行動に出た。つまり真正面から堂々とアーマードに向かって歩いていったのである。
同じ様に真っ直ぐコノエへと向かうアーマードと彼女との距離が、チェーンガンの設定距離である150メートルを切ると、果たしてアーマードは足を止めて慈悲の欠片も無い弾幕の雨を放出した。しかし弾丸は全てコノエが目の前に展開した六角形の光の障壁――『ヘイムダルの頭』によってシャットアウト。
その障壁は、琥珀色の髪をゆったり躍らせて歩くコノエの前を、彼女の歩行速度よりも速いスピードで先行して、弾幕を押し返すかの様に敵との距離を縮めていった。
正面を塞がれたことで銃器の類を無効化されたアーマードは、障壁を迂回するようにドローンを飛ばす。しかしコノエに近付いたドローンはスタンガンを射出する暇も無く、彼女の掌から伸びる光の剣でアッサリと貫かれて大破した。
観客が茫然としながら「圧倒的過ぎるだろ……」などと呟く中――アーマードの目の前に立ちはだかるコノエ。ただでさえ小柄な彼女が4メートルを超えるKW9と対峙すると、その様はまるで大人と赤子である。しかし戦闘力においてその関係は逆であった。
「降参なされたほうが宜しいかと思いますよ?
そう言ってコノエが、アーマードの正面に構えた障壁にそっと触れると、壁は横に伸びながら直角に折れて、動きの遅いアーマードが逃げ出すより速くその四方を完全に囲った。囲いの高さは機体全高よりも上で、飛行機能など備えていないアーマードが無論乗り越えられようはずもない。
なんとか状況を打破しようと、アーマードが囲いの中で銃を旋回掃射して壁の内側をペイントで染めると、コノエが感心するように微笑んだ。
「アーマードでも悪足掻きをするんですね。AIが人間に近付いてる証拠なんでしょうか?」
首を傾げつつ彼女が右手を上げるとその手や肩から、鋭く長大な光の槍が次々と発生した。槍はそのまま囲いの上まで浮き上がると反転し、針の様な刃を金属製の獲物に向ける――。
「でもやっぱり、無駄でした」
彼女が言い終え、手を振り下ろした瞬間、槍は急速に降下してアーマードの体を悉く貫いた。
終了のブザーが鳴り響くより速く彼女の勝利を確信し得た観客達はスタンディングオベーション。ホノカが果たした逆転劇の時とは違って、その行動は健闘を称える喝采というよりも冷めやらぬ興奮のままに立ち上がった、という感じである。
会場の大型モニターに、平然とスタートエリアに戻るコノエの姿に重ねて『記録9分45秒(暫定1位)』という表示がなされ、それを見た会場は一層沸き立った。
***
そして個人戦ラスト――。既にホノカとコノエの二人が対象破壊という最高評価を獲得し、言わずもがな第一校の個人戦優勝は確定していたが、本当の意味での『個人』の記録はまだ出揃った訳ではない。そして去年は団体戦に出場していたクレトであったが、一昨年の個人戦で大会新記録を樹立した彼への観客からの期待は、これまでの誰にも増して高いのであった。
シンと静まり返り固唾を飲んで皆が注目する中――開幕の合図。クレトは滑らかな歩行から疾走へと、車のギアを段々と上げていくかのようにその前進を速めていった。スプリンターさながらの速さで猛進するクレトが躊躇いなくチェーンガンの射程に入ると、アーマードの両腕は即座に射撃を開始。
しかしその弾丸は『ウルズの刻』によってクレトの20メートル手前で次々と静止し、連なるニ筋の射線の横をクレトが走り抜けていくと、殊能の範囲を出た
間もなくアーマードのAIは銃撃を無効と判断し、武器を催涙グレネードに切り替える――それがクレトの進路上に転がり、擲弾から噴き出した青白い煙がクレトの行く手と視界を遮った。しかし『ウルズの刻』は
クレトはトップスピードのまま
――開始からここまでの時間は約1分。
クレトは静止するアーマードの前で呼吸を整え、透き通った音で守堂神威を抜いて正眼の構え。
「神堂流――」と、呟いた直後に電光石火の一太刀。
そして。
「――
続く二太刀目からは素人目には追えぬ速さの連撃が、何の抵抗も無く空を斬るように鋼の胴体を擦り抜けていった。瞬く間に十の斬撃を終えると、クレトは刀を鞘に納めると同時に殊能を解除。――時間の楔を抜かれたアーマードが、要を失った積み石の如くガラガラと崩れ落ちた。
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