EP20-2 回りだす歯車

 豪奢な装飾で縁取られた山の如き白金の天蓋を、円形に配置された88本の柱が支える大広間。中央には巨大な円卓があり、そこにこの亜世界プライミナスの神々が座していた。


 円卓の手前側に着いているのは、八十八柱神と呼ばれる、普段は人間界に住まう神々であった。その中には人間の他に鷲や梟、狼や獅子の頭を持った者もいたが、そのいずれも屈強な男性、或いは優艶な女性の身体である。彼らが纏う無地で簡素なあつらえの貫頭衣や長衣は、ぼんやりと光る金糸で織られており、その価値は人間が計れるものではない。

 円卓の奥側、八十八柱神に続いて並ぶのは|兄妹神の三人――短い金髪に白銀の胸当てをした雷帝神ラタル、白い長髪に花飾りをした豊穣神ナシャス、波打つ青髪に金の鎧の海皇神ポテュンである。

 中央の上座は空席で、その左の席に黒い炎で造られた服を纏う厳つい顔の老人。その髪までもが炎となっている、冥界の暗黒神アトゥルプ。そして右の席にいる金色の長衣を纏った白髪美髯の老人が、全能神と呼ばれる天界の長セヴァであった。


 緊張の面持ちで待つ神々の中には、何故最高位である全能神セヴァが上座でなく、その右席に座しているのか、という疑問を抱く者も少なくなかった。しかし彼らがそれを問う前に、当のセヴァが口を開いた。


「我が眷属たる神々よ――」


 殷々と、重い鐘のようでありながら雑音を一切含まぬ澄んだ声が、広間全体に響き渡る。


「皆よくぞ集まってくれた。地底神ユルムはこの天界を支える役目がある故、この場には来られぬが、彼にもこの円卓の言葉は届いておろう」


 彼の言葉通り、円卓は上座の他にも1席が空いており、全能神セヴァの視線に釣られて何人かの神が空席そこを一瞥した。


「――この世界の全ての神が一堂に会するのは、かつて規制官ら異界の神々と戦った時以来のことだ。しかし我らは今日、この日のために存在してきたといってもよい」


 その言葉に海皇神ポテュンをはじめとする、事情を知らぬ若者達が怪訝な表情を浮かべる。


(異界の神々……この日のために? セヴァ親父は何を言っているんだ――?)


「これより我らは、全たる神の王――エンリル王をお迎えし、大いなる界変の礎とならん」


 すると宮殿の奥から円卓の広間へ、一人の男が革靴の踵を鳴らして入ってきた。――肩にかかる長い黒髪に黒い瞳。そして純白のフォーマルスーツ。豊穣神にも劣らぬ絹のような白い肌に、一切の感情を持ち合わせすことの無い端正な顔。言わずもがな、ベレク・宇・エンリルである。


 彼は無言で、上座の巨大な椅子に腰を下ろした。


(これが神々の王? ただの人間では――)という感想を抱いたのは、ポテュンだけではない。


 八十八柱神の一人、なかんずく反骨心の強い狼の頭を持った神が立ち上がって言った。彼は神々の中でも最も若く、べレクを知らない。


「全能神セヴァよ、これは何の冗談であろうか? その人間が貴方の云うエンリル王とやらなのか? そんな者のために我ら神々が集められたと?」


 その不遜な台詞に「控えられよ」と、雷帝神ラタルが一喝。全能神と暗黒神に次ぐ力の持ち主である彼の静かな気迫に、狼の神は不承不承引き下がった。

 しかしベレクはそんなやり取りを完全に無視して、円卓の神々を順に見回しながら、全能神セヴァに問い掛けた。


「準備はできているな?」


「はい。あとはこの天界を支える地底神ユルムがおりますが、その者を除いた全てが集結しております。何なりとお申し付けください」


 恭しく頭を垂れるセヴァ。


「解った。では始めるとしよう」とべレク。


 するとセヴァが席を立ち、ポテュンに目をやる。


「我が息子、海皇神ポテュンよ。其方はこれより異なる世界へと赴き、エンリル王の敵を排除せよ」


「異なる世界? 親父が創ったこの宇宙の他にも、世界があるっていうのか?」


「うむ。そして異世界にも規制官と名乗る神々がいる。其方はエンリル王の力によって転移し、神の力を以てその者らを滅ぼすのだ。それこそが己の使命と心得よ」


 その台詞を聞いてポテュンは不敵な笑みを浮かべると、徐に立ち上がった。


「異世界の神か――ハッ、おもしれえ。やってやろうじゃねえか。不届きな紛い物に、本物の神の力を見せてやる」


 そう言って彼は強く拳を握り締めた。



 ***



 ――源世界/WIRA本部――


 宇宙世紀の世界インヴェルセレでメベドから真実の一端を明かされたアマラとガァラムは、その事の真相を確かめるべく帰還した。しかし転移装置クリサリスを出た二人を待ち受けていたのは、悪い意味で予想だにしない状況であった。


「…………」


 クリサリスの縁に裸で立つアマラは、釈然としない顔で周囲を見下ろす――。その視線の先には、彼女に先んじて帰還したガァラムが、白い拘束衣ガウンを着せられ銃を向けられたまま立っていた。

 その銃を持ち、また武装してクリサリスを包囲している20名程の女性達は、全員が白いスーツに身を包み、美しいブロンドヘアーに優しげな微笑みを浮かべたインテレイド、型式名称FD3Y3――愛称サリィである。


「……どういうこったよ? サリィ。状況を説明しろ」とアマラ。


 すると彼女の眼下に立つ一人サリィが、いつもと変わらぬ笑顔で応える。


ガァラム・竜・オルキヌス、及び同アマラ・斗・ヒミカの両名は、情報次元規制法におけるFRADフラッド誘発の罪により拘束、との命令を承っています」


「んだと? 何で俺らが――局長と話をさせろ。何かの間違いだ」


「承認できません。命令はジョルジュ局長から発せられたものです」


「(局長から? まさか……)――クロエはどこにいる?」


「お答えできません」


「チッ」と舌打ちするアマラの前に、ゆっくりと白い床が迫り上がってくる。彼女が渋々それに乗ると、床は再び元の高さに下がった。


「これを着用ください」と、サリィから差し出される拘束衣。


「…………」


 アマラはそれを奪い取るように受け取って、嫌々ながらも大人しく羽織る。その様子をガァラムは何も言わずに見つめていた。


「どうぞこちらへ」


 サリィの集団に促され、アマラとガァラムは粛々と転移室から通路へ。既に二人の規制官権限は剥奪されているようで、OLSは何の反応けしきも見せなかった。


(……こりゃメベドの言ってたことはマジみてえだな。サリィたちへの指示がハッキングによるものじゃなけりゃ、局長も仲間ぐるだったってことかよ)


 二人がいくらも歩かぬうちに、サリィは通路の壁の一部を開き、アマラとガァラムをその中へ招き入れた。――正方形の部屋は狭く、無論物品の類は何一つ無い。天井が光っている為に暗くはないが、窓や換気口といった些細な抜け道すら無かった。


 サリィは出口あなを出た所で振り返り、にこやかに会釈をする。


「処罰の決定まで、こちらでお待ちください」


 すると壁が閉じ、完全なる密室が形成された。


「………………」


 閉じ込められた二人は立ったまま、暫くその壁を見つめる。だがやがてガァラムが視線をアマラに移して尋ねた。


「どうするつもりだ?」


 その問いにアマラは周囲をさらりと観察した後に答える。


「どうするもこうするも、しかねえだろ」


 諦めの口ぶりでそう言いながら、しかし彼女はちょいちょいと手招きでガァラムを屈ませた。

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